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他界に在る ジュリヤの音信

 

ウイリヤム・ティ・ステッド氏略伝

 ウイリヤム・ティ・ステッド氏は一八四九年、英国ノウザムベランド州の僻田舎かたいなかに生れた。父は組合教会の牧師で、家貧くわずかに地方の私立学校に行きしのみである。れとてもしばらくにして退学し、幼少の時よりる商家の徒弟でっち奉公ぼうこうをした。しかるに彼は程なく新聞記者を志望し、漸次ぜんじその方針を辿り、二十歳にして『ノウザルン・エコ』の編輯長へんしゅうちょうと為った。三十歳にして倫敦ロンドンに出で、ジョン・モルリー氏の下に、有名なる『ペルメル・ガゼット』の編輯へんしゅう助手となった。一八八三年モルリー氏が引退するに至って、ステッドはつい編輯長へんしゅうちょうとなった、時に氏はようやく三十三歳であった。

 れの活動ぶりは実に猛烈であった。彼は当時新聞界の陋習ろうしゅうわずらい遂にこれを改善し、現代的の風潮を作興さっこう大に功がある。彼はまた奮闘的の記者であった。いわゆる「現代バビロンの小女供物」という題名の下に、幼女誘拐の罪悪を剔抉てっけつし、又南亜戦争の際にはその無名を痛論したことは顕著なる事蹟である。右の誘拐問題に関する筆禍のめ、三箇月の禁錮に処せられた。爾来じらい『ペルメル・ガゼット』社に於ける彼の位置は、ようやく維持し難く為った。一八八九年彼はついに退社した。その翌年『レビュー・オブ・レビュー』雑誌を興し、一八九三年には『ボルドルランド』(幽明間の『疆域きょういき』)と称する心霊雑誌を興した。

 彼は本来の熱心に駆られ、さも火の車のように欧州の各地を巡歴し、当該国の元首又は大政治家を訪問し、前後を忘れて率直の熱弁を振った。無邪気なる彼は余りに外交の複雑に暗く、又国際間の実情に門外漢であっため、遂にその功を奏し得なかった。

 ステッド氏はノースクリフ卿及びセシル・ローズと無二の親友であった。 ノースクリフ卿は当時新聞界の偉人でありしこと、又セシル・ローズが南阿ローデシア国を建設したことは、共に世界歴史の事蹟である。の三者は去世紀の第四期に於ける三幅対の英傑である、その閲歴えつれき及び性行の酷似した点がすくなくない。彼等はず高等教育の恩沢に浴しなかった、いずれもみなな自成人物である。彼等は実に異常遠大の達観を為したけれども、また往々にして事物の軽重を誤ったとう。る人は若し彼等の天才に加うるに、高等教育の訓練を以てしたならば、の溢るる能力を正当の順路に利導したであろうと、評するものがある。それはあるい然様そうかも知れんが、彼等は高等教育を欠きし為にの不利を免れぬとしても、おもうに系統的学制の型に拘泥せず自在にの天才を発揮して成功したであろう。

 ステッド氏は一九一二年客船タイタニックの悲愴なる沈没に際し、多数の乗客とその運命をおなじうした。一九二〇年テームス河の岸壁に同氏の紀念碑除幕式の際、 ノースクリフ卿が送った頌賛表の一説に、「余はステッドを多方面より知りしことを大なる僥倖ぎょうこうと思う。彼は偉大な好漢であった、ことに若き人及び批判者に対して然様さようであったが、余はすなわち後者の一人である。彼が人格の一端として、何人もこれに言及しなかったことは、彼の驚くべき一般知識であった。余はかつて彼と共に往時羅馬ローマ人が占拠した、英国の某地に一日を送ったが、彼の巨大なる頭脳に英国上古史の該博なる知識が蓄蔵せられてあるを見た」と。又ジョン・モルリイ氏は彼を評してう、「新聞の使命に関する、彼の切実なる義務及び責任観念は、実に深刻であって、いずれの国を問わず又何人といえども、これに超越する者がないと言っても、現時多数なる謹厳の操觚者ジャーナリストに対し、敢て侮辱の言葉でないであろう」と。其他そのほかステッドの多き友人中セシル・ローズとの友情ほど深くつ著しきものは無かった。の二人の親友は南亜戦争に関し全然反対の位置に立ち、ステッドはボール民族の掩護者となり、ローズは主戦論者であった。しかし最後の南亜協定に至っては、かねてステッドが抱持した理想も又ローズの理想(正義、自由及び平和)も、ほとんど完全に実現せられた。

 ステッド氏は天性異常の霊力をもちし人である、特別その修養もなきに、遠隔地に在る友人又は他人の思想が求めずして、氏の鋭敏な遠感力に感受せられ、往々その人々の困惑を来したこともあった。畢竟ひっきょうするに他界のジュリヤが氏の手を借って、天外の音信を伝うるに至ったのも、の偉大なる霊力に帰因するのであろう。

 ステッド氏は筆を執ること至って容易であった、随って論文著述等あえすくなくない。就中なかんずくボルドルランド雑誌は氏の心霊現象に関する論説の機関であったが、該雑誌は僅々きんきん五箇年にして廃刊せられた。同氏著作中「ジュリヤの音信」は最も広く世に行われ、実に世界的名著である。

(一九二五年十二月号レビュー、オブ、レビュース掲載ヴィカム・スチード氏記述ステッド氏略伝及びエンサクロビディヤ、ブリタニカ中ステッド氏の伝記参照)

昭和二年二月二十日

訳者識


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