霊界通信 小桜姫物語

七十六、生木を裂れた男女

 あまり多愛たあいのないおはなしばかりつづきましたので、今度こんどすこしばかり複雑こみいったおはなし……一つ願掛がんかけのおはなしいたしてましょう。この願掛がんかけにはあまり性質たちいのはすくなうございます。たいていはおとこ情婦おんなができて夫婦ふうふなかわるくなり、嫉妬やきもちのあまりその情婦おんなのろころす、とったのがおおいようで、たまにはわたくしところへもそんなのがまれることもあります。でもわたくしとしては、全然ぜんぜんそうったいやらしい祈願きがんにはかかりわないことにしてります。呪咀のろいかみは、あれはまたべつで、ただしいものではないのでございます。はなし種子たねとしてはあるいはそのほう面白おもしろいかぞんじませぬが、生憎あいにくわたくし手許てもとには一つもそのわせがございませぬ。わたくしぞんじてりますのは、ただきれいな願掛がんがけのおはなしばかりで、あまり面白おもしろくもないとおもいますが、一つだけ標本みほんとして申上もうしあげることにいたしましょう……。

 それは鎌倉かまくら旧家きゅうかおこりました事件ことで、主人あるじ夫婦ふうふようやく五十になるか、ならぬくらい年輩ねんぱい、そして二人ふたりあいだにたった一人ひとりむすめがありました。母親ははたいへん縹緻きりょうよしなので、むすめもそれにひなまれなる美人びじんまた才気さいきもはじけてり、婦女おんなみち一ととおりは申分もうしぶんなく仕込しこまれてりました。これ年頃としごろになったのでございますから、縁談えんだんくち諸方しょほうからあめるようにかかりましたが、俚諺ことわざにもおびみじかしたすきながしとやら、なかなかおもつぼにはまったのがないのでございました。

 するととき鎌倉かまくらのあるところに、能狂言のうきょうげんもようしがありまして、親子おやこ人連にんつれでその見物けんぶつ出掛でかけましたおり不図ふと間近まじかせき人品じんぴんいやしからぬ若者わかものかけました。『これならむすめ婿むことしてはずかしくない……。』両親りょうしんほうでははやくもそれに目星めぼしをつけ、それとなく言葉ことばをかけたりしました。むすめほうでも、まんざらわる気持きももしないのでした。

 それから早速さっそくひとたのんで、だんだん先方せんぽう身元みもとしらべてると、生憎あいにくおとこほう一人ひとり息子むすこで、とても養子ようしにはかれない身分みぶんなのでした。これには双方そうほうともたいへんにこまき、なんとか工夫くふうはないものかと、いろいろ相談そうだんかさねましたが、もともとおとこほうでもおんなってり、またおんなほうでもおとこきだったものでございますので、最後さいごに、『二人ふたりあいだ子供こどもができたらそれをる』という約束やくそくちまして、とうとう黄道こうどう吉日きつじつえらんでめでたく婿入むこいりということになったのでした。

 夫婦ふうふなかいたって円満えんまんで、双方そうほう親達おやたちたいそうよろこびました。これでもなく懐胎みごもって、おとこでもうまれれば、なんのことはないのでございますが、そこがままならぬ浮世うきよならいで、一ねんっても、二ねんぎても、三ねんれても、ドウしても小供こどもうまれないので、婿むこ実家じっかほうではそろそろあせりしました。『このぶんけば家名かめい断絶だんぜつする……。』――そうってさわぐのでした。が、三ねんではまだわからないというので、さらに二ねんほどつことになりましたが、しかしそれがぎても、矢張やは懐胎かいたい気配けはいもないので、とうとう実家じっかでは我慢がまんがしれず、むをないから離縁りえんしてかえってもらいたい、ということになってしまいました。

 二人ふたりなかはとてもこまやかで、わかれるなどはさらになかったのでございますが、そのころなによりも血筋ちすじおもんずる時代じだいでございましたから、お婿むこさんは無理むり無理むり、あたかも生木なまきくようにして、実家じっかもどされてしまったのでした。今日こんにち方々かたがた随分ずいぶん無理解むりかい仕打しうち御思おおもいになるかぞんじませぬが、往時むかしはよくこんなことがあったものでございまして……。

 かくうしてきもかれもせぬなかかれたむすめの、そののちなげきとったらまた格別かくべつでございました。一とつき、二たつきうちに、どことはなしにからだがすっかりおとろえてき、やがて頭脳あたますこしおかしくなって、良人おっとびながら、夜中よなか臥床ふしどこからしてあるきまわるようなことが、二も三かさなるようになってしまいました。

 保養ほようめに、このむすめ一人ひとり老女ろうじょ附添つきそわれて、三崎みさきとお親戚しんせきあたるものの離座敷はなれざしき引越ひっこししてまいりましたのは、それからもないことで、ここではしなくも願掛がんがけのはなしはじまるのでございます。


七十五、入水者の救助

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七十七、神の申子


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