霊界通信 小桜姫物語

五十、銀杏の精

 とお野原のはら妖精ようせい見物けんぶつませますと、指導役しどうやくのおじいさんは、わたくしむかってわれました。――

『このあたり見掛みかける妖精達ようせいたちがいしてみな年齢としわかいものばかり、性質せいしつ無邪気むじゃきで、一こう多愛たあいもないが、おな妖精ようせいでも、五百ねん、千ねん功労こうろうたものになると、なかなか思慮しりょ分別ふんべつもあり、うっかりするとヘタな人間にんげんかなわぬことになる。たとえばあの鎌倉かまくら八幡宮はちまんぐう社頭しゃとう大銀杏おおいちょうせい――あれなどはよほど老成ろうせいなものじゃ……。』

『おじいさま、あの大銀杏おおいちょうならばわたくし生前せいぜんによくぞんじてります。うぞこれからあそこへおくださいませ……。一その大銀杏おおいちょうせいもうすのにってうございます。』

承知しょうちいたした。すぐ出掛でかけるといたそう……。』

 どこを通過つうかしたか、途中とちゅうすこしもわかりませぬが、私達わたくしたちたちまちあのなつかしい鎌倉かまくら八幡宮はちまんぐう社前しゃぜんきました。はばひろ石段いしだん丹塗にぬり楼門ろうもんむらがるはとむれ、それからあのおおきなこぶだらけの銀杏いちょう老木ろうぼく……チラとこちらからのぞいた光景ありさまは、むかしとさしたる相違そういもないように見受みうけられました。

 私達わたくしたちは一おう参拝さんぱいませてから、ただちに目的もくてき銀杏いちょう近寄ちかよりますと、はやくもそれとづいたか、白茶色しろちゃいろ衣裳いしょうをつけた一人ひとり妖精ようせい木蔭こかげからあゆで、私達わたくしたちちかづきました。たけは七八すんかたにはれい透明とうめい羽根はねをはやしてりましたが、しかしよくよくればかおは七十あまりの老人ろうじんかおで、そしてに一じょうつえをついてりました。わたくし目見めみて、これが銀杏いちょうせいだとかんづきました。

今日きょうはわざわざこれなる女性じょせいれてました。』と指導役しどうやくのおじいさんはろう妖精ようせい挨拶あいさつしました。『御手数おてかずでも、なにかとおしえてあげてください……。』

『ようこそ御出おいでくだされた。』とろう妖精ようせい笑顔えがおわたくしむかえてくれました。『そなたはづかなかったであろうが、じつはそなたがまだ可愛かわいらしい少女しょうじょ姿すがたでこの八幡宮はちまんぐう御詣おまいりなされた当時とうじから、わしはようそなたをぞんじてる……。人間にんげん世界せかいもうすものはまたたうつかわれど、わしなどは幾年経いくねんたってももとのままじゃ……。』

 れた、落附おちついた調子ちょうしでそうって、いたる妖精ようせいはつくづくとわたくしかおちまもるのでございました。わたくしなにやらむかし馴染なじみ老人ろうじんにでもめぐりったようながして、なつかしさがむねにこみげてるのでした。

 ろう妖精ようせいは一そうしんみりとした調子ちょうしで、談話はなしをつづけました。

じつもうすとわしはこの八幡宮はちまんぐうよりももっとふるく、もとはここからさしてとおくもない、とある山中さんちゅうんでたのじゃ。しかるにあるとし八幡宮はちまんぐうがこの鶴岡つるがおか勧請かんじょうされるにつけ、その神木しんぼくとして、わしかずある銀杏いちょううちからえらされ、ここにうつえられることになったのじゃ。それからかぞえてももうずいぶんの星霜つきひつもったであろう。一たん神木しんぼくとなってからは、勿体もったいなくもこのとおみき周囲しゅうい注連縄しめなわりまわされ、誰一人たれひとりさえれようとせぬ。なかには八幡宮はちまんぐうおがむと同時どうじわしむかってわせておがむものさえもある……。これともうすもみな神様かみさま御加護ごかご、おかげ他所よそ銀杏いちょうとはことなり、何年なんねんてどえだれず、みきちず、日本にほん国中こくじゅう無類むるい神木しんぼくとして、いまもこのとおさかえてるような次第しだいじゃ。』

なが歳月としつきあいだには随分ずいぶんいろいろのこと御覧ごらんになられたでございましょう……。』

『それはました……。そなたもらるるとおり、この鎌倉かまくらもうすところは、幾度いくどとなくはげしい合戦かっせんちまたとなり、ときにはこの銀杏いちょうしたで、御神前ごしんぜんをもはばからぬ一人ひとり無法者むほうものが、とき将軍しょうぐんたいして刃傷沙汰にんじょうさたおよんだこともある……。そうした場合ばあい人間にんげんというものはさてさてむごいことをするものじゃと、わしはどんなになげいたことであろう……。』

『でもよくこの銀杏いちょう暴行ぼうこうくわえるものがなかったものでございます……。』

『それは神木しんぼくである御蔭おかげじゃ。わしほかにこの銀杏いちょうには神様かみさま御眷族ごけんぞく多数おおぜいいてられる。しいささかでもこれに暴行ぼうこうくわえようものなら、立所たちどころ神罰しんばつくだるであろう。ここで非命ひめいたおれた、かの実朝公さねともこうなども、いまはこのかかって、守護しゅごあたってられる……。イヤ丁度ちょうど機会おりじゃ。そなたも一おうそれ方々かたがたにおにかかるがよいであろう。いずれもここにおそろいになってられる……。』

 そうわれておどろいてかえってると、甲冑かっちゅうけた武将ぶしゃうたちだの、高級こうきゅう天狗てんぐさまだのが、数人すうにんしたたたずみて、笑顔えがお私達わたくしたち様子ようす見守みまもってられましたが、なかでもつよわたくしいたのは、にも気高けだかい、若々わかわかしい実朝公さねともこうのお姿すがたでした……。


 さなきだに不思議ふしぎ妖精ようせいかい探検たんけんに、こんな意外いがい景物けいぶつまでもえられ、こころからおどろることのみおおかったせいか、そのわたくしはいつに疲労つかれおぼえ、夢見ゆめみ心地ごこちでやっと修行場しゅぎょうばげたことでございました。


四十九、梅の精

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五十一、第三の修行場


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