幽界行脚

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五十三 レックスの帰路

 一九一八年二月十一日ワアド氏がレックスに会うと、彼は早速前の話を続けました。――

 それから案内者と僕は数多くの庭園や、大学や又立派な町々やを通って、遂に林に這入はいりました。それがだんだん深林となり、道が急峻となって、遂に山又山という土地になりました。しばらく山越えをした後、狭い谷へ入りましたが、遡って行くと岩の鼻が迫って、下に洞窟が現われました。さてその穴を奥へ奥へと進むに従って四辺あたりは段々に暗くなり、遂に全く闇となりましたが、幸い同行の案内者の躯から微かな光が出るので、岩にも躓かず、穴にも落ちずに歩み続ける事が出来たのです。

 漸次に静かな音楽的な響きが聞えて来ました。最初は快感を覚えたこの音が、_だんだん進むに従って鋭い騒音となり、遂に今迄聞いた事もない様な物凄い叫喚と変りました。

 吃驚びっくりした僕は案内者に訊すと、彼は答えました。――

「この物音は第六層から第七層へ移る人々が後に残した最後の煩悩といったもので、うした旅人が此処ここを通る時には、肉感的の情熱を棄て去るまで、相応の期間内はこの洞穴に留まらねばならないのです。そうして彼の感情が精練され、霊的のものとなった時、初めて彼はこの先きの平和の国へ旅立つ事が出来るのです。中には自分の情熱の響きにじ怖れて、後へ戻り、再び第六層に帰る人が無くもありません。あなたは今の道を逆行していますから、変な感じを受けるのです。」

 叫喚は益々劇しく耳もつぶれるばかりになりましたが、我々は委細構わず突進して行く中、不意にパッと四辺あたりが明るく感じたので、見ると眼下は絶壁なのでした。狭い岩棚がある丈で、その向うは底知れぬ深谷なのです。谷の向側はと見れば、路が一筋ウネウネと向うの小山まで続いているのですが、どうしてこの谷を越すかが僕には問題でした。

 よく見ると、向う側の岩壁には橋の造りかけと思われるものが沢山架っていて、中にはもう少しで手前の壁までとどきそうだが、飛ぶには少し間が広過ぎるという位、大部分出来上ったものさえありました。

 案内人が説明しました。――

「どんな人でも幽界の最上界、即ち第七層に入って平和の中に沈思したいものは、自分自身で造った橋を渡らねばならないのです。彼処あすこを御覧なさい!」

 成程! 一人の婦人が谷を越そうと精を出して橋を架けています。しばらく見ていると、随分辛抱づよい難工事で、何度となく石の工事が崩れるのでしたが、彼女は根気よく仕事を続けていました。

「あの女は其中そのうちに成功する。」と案内者が云いましたから、僕は質問しました。――

「どうして僕丈は妖精国を抜けて第七層に行く事を許され、又少女達もその道を通ったのに、そのまま戻らずに留まってよい事になったのですか?」

 案内者は答えました。――

この二つの道の他にも第七層へ行く道はあるのですが、今眼の前にある谷越しが最も普通の行程です。あなたは未だ小供こどもの性質を大分持っているから、妖精国を通過して這入はいる事が出来たが、他の性質のために少女等の如く第七層に留る事を許されなかったのです。そして一つにはあなたには死後の生活の実相を社会に伝えるという大役がある。それを果さしむるために特にこの経験を許されたのであります。即ちあなたの計劃けいかくは神のよみし給うたものというて宜しい。これから私の役目はあなたが戻れる様にする事なのです。」

 そう云いながら彼は不可解な呪文様のものを唱えました。すると谷の手前から向う側へと、見る見る橋が架ったのです。「それでは御機嫌よう!」ういわれて僕は大急ぎでその橋を渡りました。渡り切って振り返ると、その橋はだんだんと消えて行く処で、次の瞬間には再び深い峡谷を見るのみとなりました。案内者は一寸のあいだ向うの崖から僕を見て居ましたが、こちらが挨拶をすると、踵をかえして洞穴の口に姿を消し、同時にその入口が掻き消す如く、失せてしまいました。

 それから荒れた道を上ったり下ったり、幾回か廻りめぐって、やっとの事で広々した土地へ出る事が出来ましたそして遂に家に達した訳です。

 レックスが物語を終えたので、此度このたびは叔父さんが話し出しました。――

『これで大体幽界の内容も解った事と思う。とにかく一冊の書物になる丈の材料は集まったからこれから当分は内輪の会合としようではないか。時々訪問して貰って連絡を取る事は、我々にとって歓ばしいのみでなく、自然お前が物質の重荷に負けぬ事になるから……。

『お前の希望次第では、将来又霊界の上層をもっと探索する事にしてもよい。わしはこれから第二層へ移る準備をせねばならぬから、もう間もなく霊界へ戻る筈じゃ。』

 此時このとき御母さんが云いました。――

『私はどうも無益むだな暮し方をしている様だから、これから何かしなければなりません。取り敢えず小供達こどもたちの世話でもしようかと考えていますよ。レックスに訊くと、此処ここには思いがけぬ程可成かなり大勢の小供こどもが居るらしいからね。私は小供こどもが好きだし、レックスの話では、妖精国から第七層へ行く道の方が楽でもあり、又いい道らしい。大人は行かれないとしても、小供達こどもたちに妖精やその国の話をしてやって、導いてやる事は出来そうなものです。今では妖精を信じる小供こどもが少ないから、大ていはただこの幽界で普通の大人になるまで暮しているらしい。だから若し私の話で小児達がベリルやジョイスの様に妖精国を通って第七層へ行く様になれば、ほんとに役に立つ仕事だから、ぜひして見たいものと、楽しみにしているのですよ。私はいつでも小児の良い友達だったもの……。』

 ワアド氏の帰る時刻が来たので、ここで別れを告げました。


五十二 楽園の谷

目  次

五十四 休戦と幽界


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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