幽界行脚

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五十二 楽園の谷

一九一八年二月四日の訪問日にワアド氏は、早速レックスに向って前回の話の続きを求めたので、彼は直ぐにその話しに移りました。――

 そこで妖精王は一人の臣下を召し出して、僕と二人の少女を連れて、入った時とは全く異った出入口から出城の案内をする様に命じました。自分達は驚くばかり立派な庭園や公園や、広い野原や、それから多くの町や宮殿を通り抜けると、遂に琥珀で出来ているかと思われる美しく輝いた高壁に行き当りました。その城壁についている城門は象牙で、錠前は全部黄金製なのです。番兵がいましたが、其中そのうちの重だったのが小門をあけてくれたので、僕達は其処そこを通り門外へ出ました。僕はその門はもう消えた事と想像して後を振返って見ましたが、依然と白光りに輝いて居ましたよ。

 突然鋭い声で呼び止められました。

このの象牙と黄金の城門からこの谷へただ通る事は出来ないのだ。あなた方はどういう人達であるか?」

 其処そこで僕は妖精の王から貰って来た紹介状を渡すと、この男は早速読みましたが、其間そのあいだに僕は充分彼を観察したのです。

 この男は妖精とは違い幽界人に相違ないのでしたが、僕が普通第六層で見る人々とは格段の相違で、遥かに進歩した階級に属する人と見受けました。その証拠は頭の上には薄青のオーラが輝いていますし、時々指の先からも光りを放っていましたもの……。しか其他そのほかは我々と同じ人間でした。

 僕の見る処では幽界の他の層では善と悪とがまじっていますが、この第七層はすべて進歩した人々ばかりで、叔父さんの話によれば、此処ここの人達は直ぐに霊界の最上層に行くのだとの事、悪くて第二層より下には行かぬという話しです。

 さて今の門衛が僕の渡した手紙を読みおえると、彼は仲間を呼んで僕達の案内をさせましたが、広々した草地を通り、森を一つ抜けると、見渡す限り美しい庭園となって居る土地へ出ました。その庭の広場には彼方此方あちこちと樹木の間に薔薇其他そのほかの蔓花で囲まれた小奇麗な小屋が建っていましたが、案内者は一軒の家へ僕達を連れて行き、其処そこに住む中年配の夫婦に紹介してくれました。僕は其人そのひと達の一代記を聴きましたよ。

 それは純な愛情で堅く結ばれた二つの魂が、生前の生涯の義務を果したに過ぎないものでした。死後この二人は真直ぐにこの第七層に来たので、幽界に於ける他層の有様は少しも知らないのです。彼等は霊界へ移る日を待ちながらも、若しや別離の憂いはないかとの危惧の念もある状況でした。

 それから僕は叔父さんから教わった通りに霊界の状態について話しましたが、この人達は同じく霊界でも僕があまりよく知らぬ最上層に行くのでしょうから、僕の話も大した役には立つまいとの感もあったのです。

 僕がの老夫婦に向って、死んだ時、あなた方は一時別々になったのではないかと尋ねたところ、御婆さんがう答えました。――

「私が死んだ時、夫は非常に落胆した結果、二十四時と経たぬ中、直ぐに私の後を追って死んだのでした。ですからきに霊となった私は彼の傍を去らずに慰め励し、いよいよ躯を棄てると同時に、二人は手に手を取って此処ここまで来たのです。其時そのとき二人の美しい天使が道しるべをしてくれましたが、屡々しばしば此処ここその天使達の姿を見ますから、其後そのごもきっと私達の守護神なのでしょう。」

 の人々は見るも心地のよい夫婦でしたが、自分達の周囲の事情にさえ、暗い様子でしたから、誰かもっとこの社会に詳しい人の処へ連れて行ってくれる様に案内者に頼みました。

 彼が歩みながら僕に話した事は、――

「ああした夫婦生活はこの国の特徴とでもいうか、休養と熟考の時期で、次の霊界に於ける生活の準備場所ともいうべきこの層内には、ああした境涯が多く見受けられるのです。言葉を換えていうと、この世界は幽界中の沈思の国とでもいうべきでしょう。しかし中には他人の生活、他人の利益のために懸命に努力しつつある人々も無い事はありませぬ。これからその方面を紹介しましょう。」

 しばらくしてある町に達しましたが、他の層では見かけぬ特殊な美を発揮している場所でした。その案内人がいうには、――

この町は地上にあった町の幽体ではなく、全く此処ここで創造される町なのです、一つなの作業振りを観察して御覧なさい。」

 建築家と思われる一人の指図に従って多数の人々が一つの建物を建てている処でした。異様な機械類がありましたが、それは空中から幽素を引き抜いて幽質の建築材料を造るために運転中なのでした。しかしこの様な機械力を借りずに全然意力で材料を作出している人々もあった様です。とにかくなが一寸魔術と思わせる様な何か特種の方式に従って働らいていましたが、案内者の説明によると、そうした儀式めいた手段は働らく人の意志の集中をたすけるためだとの事でした。

 見て居ると彫刻師は大ていは念力で種々の型を作出していましたが、人によると普通の工具を使って仕事をしてる向きもありました。ですから同時に二つの方法が用いられているので、一方には現界の如く幽体の工具で物のかたちを刻む者があると、他方には単に意志の力で幽質を変化して用を済まして居る人もあるといった工合ぐあいです。

 其処そこで僕は質問を発して、何故なが意力を使わないかを案内者に訊すと、彼は答えて、――

この世界においても人々は霊的発達の程度及び意力の強さにおいて一様でなく、性格が余程しっかりした者でなければ意力を以て自由に物の形態を変化せしむる事はむずかしいので、勢い生前通り工具を用うる必要を生じて来るのです。」

 僕は工事の監督をしていたその建築家に向って、その建物の目的を尋ねた処、彼は答えて――、

「この建物は科学研究のための大学で、研究室、講堂等といったものが出来るのです。我々の目的は二つあるので、(一)は科学の秘奥を究める事、特に幽質について研究をなす事、(二)は生物及無生物のあらゆる物質に合体しつつある幽質に対し、現界人が研究を深める様に印象づける事。我々は純粋の研究と応用方面とをいずれに偏する事なく、相俟あいまって進歩せしむる予定であります、勿論むろん此両方面に従事する人々は自然種類の異なった人物となるでしょうが……。」

 僕達はこの建物を去って画室が沢山附属している絵画陳列館に入りました。此処ここでも人々は二種に別れて、幽素から意力で絵具を製出せいしゅつして居ます。即ちある画家は太陽からそれを取るといった工合ぐあいでしたが、同時にもっと機械的な方法で絵具を取寄せる人達も見受けました。しか如何いかなる場合でも、彼等は地上で作製された絵具の幽体を使用して居りません。彼等の話によると普通の幽体で描いた画は光沢や力が欠けて居るというのです。その例証として、一人の婦人が第六層から持って来た一つの絵を彼女自身が第七層で描いた画の傍に置いて、種々と微妙な相違点を説明してくれました。手短かに云うと、第六層の絵には生命がない。しかるに第七層のものは生きて居るかの如く刻々変化して見えるのです。不可思議な光線が絵の中に閃めいて、細かい光波が絶えず画面を走っているかの如く思われました。

 それから案内者に連れられて華麗な織物の工場に行きました。仕事は大部分機械力で、大気中から材料を取り、それを糸に変えるという方法をとって居り、この糸は絹より火に似た光輝を持っていました。これが美しい織物になるのですが、乳状の美光を放つものが多く、織って居る最中でも光線の工合ぐあいで種々の色彩に変化する有様でした。

 其他そのほかいろいろのものを見たり聞いたりしました。音楽会へも行けば詩の独唱も聞き、又立派な肖像を見もしました。それからこの世界で味わった多くの体験の中でただ一つ、誠に気の毒な感じを持たせたものがありますから、それを御話しましょう。

 ある若夫婦に出合った時、どうもこの二人が四辺あたりの幸福さに似ず何処となく憂欝ゆううつなので、その理由を尋ねた処が、その若妻のうには、――

「生前私達は馬鹿馬鹿しい考えにえられて、子児を生むのは物質的な下劣な事だと考えていました。其故それゆえ結婚して同棲生活をして居るのに、私達はいて禁慾生活を送ったのです。今となって見ると、私達がどんなに愚かであったか、神から授かった本能を無視し、生みの苦を知ろうとしなかった事をつくづくと考えさせられます。私はもう我子を胸に抱く事の出来ない哀れなものとなりました。私達は二人とも不完全な人間といわねばなりません。お恥かしい次第です。若し私がその過失を取消す事が出来、我子というものに母の愛を注げる境遇になれたならば、どんなに幸福になれ様かと思いますが、もうそれも叶いません……。私達は気の附き様が遅かったのです。永久にこの淋しい胸を抱いて暮さなければならないでしょう……。」

 此度このたびは男の方が話しました。――

「馬鹿な奴等とあなたは御思いになるでしょう! 実際ですから仕方がありません。けれど二つの魂が完全に愛し合うという側から見れば、我々二人の愛は純なものでした。肉体的の愛に走って精神的の愛を疎んずるのは確かに愚かな事に相違ないのですが、精神にのみ傾いて肉を軽んずるのもまた誤りであるという事を我々は今始めて悟ったのです。人間が物質界に居る間は矢張りその世界の法則に従う事が必要です。霊的生活を少しも傷つけずに出来るのですから……。しかし中庸をとる事は困難なものか、ある人はあまり早く霊的のみに流れ、ある人は肉に溺れ過ぎるという有様です。我々は物質界の法則に支配されている時それに従わなかったため、今日苦しんでいますが、我々が今又この世界の法則を認めない事もまた同じ様な苦しみを生じます。ただ一つの希望は時期が来て我々が再び物質界へ生れ更って、生活のやり直しをする事なのですが、はたしてこれが叶うものでしょうか?」

 僕の返答はうでした――

判然はっきりとはえませんが、私の考えでは、あなた方は今すぐではないかもしれぬが、将来望み通りになれると思います。あなた方はこのまま霊のみの上層世界に進まれるのには未だ少し資格が足りない様に見えますから……。もっともこれは受合われもしませんが……。」

 この人々が去った時、案内人は少女達の昔馴染の人達の所へ案内したので、ジョイスとベリルは其侭そのまま留まる事となり、僕一人は淋しく別れを告げて案内者と前進しました。

丁度この時ワアド氏は地上に戻るよう牽引を感じたので、急いで、幽界を離れました。


五十一 高級妖精

目  次

五十三 レックスの帰路


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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