幽界行脚

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五十一 高級妖精ハイフェアリー

 レックスの話はきへきへと進んで行きました。――

 それから、僕はその魔術師に連れられて、可成りの長距離を歩みましたが、道々高級妖精について、彼は語るのでした。――

「あなた方がこれから見たいと思われる妖精は、滅多に人間は見られぬもの、わしにもうまくこの案内役が果しおわせるかさえ疑わしいのじゃ。しかし折角遠路を遥々と来られた事故ことゆえ、何とか方法がつきそうなものじゃ。

「処で一寸訊ねたいのじゃが、あなたは一体この妖精国が幽界のどの辺に在るか知ってられるかの?」

「第六層です。」と僕が答えると、

の通り! しかこの高級妖精は霊界と幽界との境目に当る第七層に住んでり、場合によっては霊界にさえ行く事の出来る精なのじゃ。この妖精に限って霊界へはいり得たのは、彼等が地上において人類を援けた功績によるので、その徳の報いによって彼等自身の救いを完成したのじゃ。」

 この爺さんの博識振りに感服した僕は、

「僕はこの国であなたほど幽界の事情にくわしい人には未だ逢いませんでしたが、どうしてあなた丈特にちがってられるのでしょうか?」

「それはわしがもと人間であったからじゃ。あなたの如くわしこの妖精国を探りに来たものだが、元来不可思議な、現代人の忘れ果てた科学に興味を持って居たものじゃから、この国の有様が気に入ったので、そのまま留まる事にしてしまったのじゃ。」

 僕はそれから種々いろいろ妖精の性質について観察した結果をこの人に話しましたら、彼は僕の意見に賛成してくれました。

 とかくする中、我々は河に行き当ったのです。この河には橋があり、橋の入口には龍が一疋頑張っていました。

 この奇怪な動物は、鷲の様な頭に、蛇の胴、獅子の足という異形で、背に所謂龍の翼というものを生やしていましたが、僕等を見ると、その翼をサッと拡げて通路みちを塞ぎ、次の様な質問を出しました。

「何の権利でこの門にはいろうというのか?」

 魔術師が答えました。

少女こども達は無邪気イノセントであり、武士は知識の追求者であるからじゃ。そして我自身は神秘の智慧を持つ者じゃ。」

「少女達の権利は認めるが、武士のは認めぬ。又智慧があるならその証拠が所望じゃ。」

 魔術師は身を屈めて、地上に何やら不可解の記号や円を描き、二重の三角だの、五芒星形だのを画き終えると、その真中に立って呪文様のものを唱え、ある名前を呼びました。するとその龍がウヤウヤしく平伏して、首を下げて敬意を表しながら、

「それでは御三方はどうぞ御入門下さい。しかし今一人の方は門外に御残り下さい。」というのでした。

 残されては大変と、僕は高級妖精を見たいのは、兄さんへの報告のためである事、すぐ戻るから一寸丈でも内部へ入れてもらいたい事を種々いろいろ懇願した結果、龍のいう事には、

「そういう事情であるならば、きへ入られた三人から王にじきじき嘆願して特に許しを受けて貰うより他はない。」

 其処そこで僕を残して、三人は門内へ消えました。外から見ると町は黄金色に輝き、聳え立つ円塔は宝石でキラキラとまばゆい程でした。たった一人ぼっちになって、気味の悪い怪物と鼻をつつき合わして待つのは、あんまりいい気持ちではありませんでした。

 さんざん待った頃、ベリルが橋を渡って戻って来ました。その時彼女と一緒に出て来た人の気高く美しかった事! 姿は僕の守護神ほど大きくはなかったが、人間というより神様に属するものといいたいほど神々しい人でした。

 身にけた鎧は黄金造りかと思われる程光輝燦然としたもの、肩から下った外套様のものは陽炎かげろうの如く薄く半透明なもの、それが日光に映じて絶えず変色し、あらゆる虹の色を出しているではありませんか! そのおもてを見上げると、ただ立派な顔立かおだちというのみではなく、一道の光輝を放っているのです。頭の上に戴いた兜の上には龍の形がついていました。この立派な武士は僕に向って叫びました。

「王命を御伝え致す。貴下には御入門あれ! 城内を御一覧の後、御退去になれば苦しからぬとの事であります。」

 たちまち龍が傍に退いて道をあけました。

 僕はベリルに随ってその美しい都へ踏み込みました。広い道路の両側には梨、桃、蜜柑、其他そのほかの花樹が満開の有様で、この美しい道に沿うて歩む中、眼も覚めるばかりに壮麗な宮殿へ着きました。

 一寸見は黄金で建てた如く思われる輝かしいその宮殿を、近寄ってよく観ると、僕等には不可解の物質から出来ていたのです。形容して見ると、銀色の朝霧を固めて金色の日光で照し出したとでも云えましょうか。色は絶えず変化して、金色かと思えは、銀乳白色となり、次にはあらゆる紅色を出すといった工合ぐあい。透明でもないが不透明でもない。つまりその中間のもので、色も質も瞬間も同じ状態に止らぬ不可思議な物質でありました。しかしその建物の形状丈は不変に見えました。円屋根と尖塔の連続、数知れぬ程多くの庭園、櫓あるいは露台、うしたものの総てが地上には見出す事の出来ぬ、理想的妖精国宮殿を思わしめるに充分でありました。

 宮城内に入り、立派な広間を数々通りましたが、奥へ行くほど壮麗さを増し、遂に僕等は先へ来た連中と一緒に妖精王と女王の玉座の前に立ちました。

 王の顔はあまり輝かしいので、正面まともに見る事が出来ぬ程でありました。けれども彼が口を開いた時、その優しい音楽的な声で、僕は恐怖心を忘れ、実に平和な気持ちになれました。

「知識を求めて来られた人! 何なりと余の知れる限りは御答え申そう。遠慮なく尋ねてよろしい。」

 親切にういわれたので、僕は早速質問に及びました。

「王よ、あなたはどういう御方でいられますか? そして私がこの国で見る妖精人等は、どうして幽界のこの七層に住む事になったのでありますか?」

 王は答えて云いました。――

「昔しは余も単なる妖精人であった。城に住居を構え、武勲を現わし、人間界にその功名を讃えられる日を待つ騎士の一人に過ぎなかったのである。しかるに或日の事余は不可思議なる精神状態に陥り、茫然自失の間に地上の生活及人類の苦しみと愚さとを夢見たのであるが、その如何いかに彼等の悲しみが愚かしく、又如何いかに容易に彼等を救い得るかを悟ったのであった。

「醒めて後、此等これらの事を考慮した時、余は妖精の生活が如何いかに目的のない空虚のものであるかを悟った。真の悲痛や罪悪を知らぬ彼等はただ空な芝居気分に魅せられて生きて行く。妖精国には真の悪は影を潜めて姿を現わさぬ。しかしながら人間界においてそれは一の実在なのである。故に人の世では必勝を期し難い騎士も、妖精国においては常に栄冠を保証されてるのである。

くして余は美しき妖精国を後にし、暗き森林地を過ぎて、土の精等の住む洞穴に達した。彼等はその地に留まる様に要求したが、余は耳を貸さず前進して幽界に出でた。それより後は人が避け様と欲する罪と苦しみを故意に求めて下へ下へと下降したものである。しかし地上の生活を経験せざる余は幽界におい如何いかに努力するも無効である事を知った。

ここおいて余は更に地上の世界へ赴いた。そして人の子達の悲みがこの心に喰い入り、その嘆きにこらえぬに至るまで彼等の間に人知れず止まったのである。

しかしながら人間とは根本的に性格を異にする自分にとって、彼等を救うという仕事は遂に不可能に終ったのであった。

憂欝ゆううつなるある日の事であった。余は人々がエルサレムと呼ぶ町近くのある丘の上に立ち、其処そこおいて十字架の処刑を受けんとする三人の人を見た。二人は余の存在を知らぬものの如くであったが、中央にある十字架上の人は余の姿を認め、そして言った。――

 オオ空中の精よ! 人の愛を知らぬ人よ。此処ここへ来て下さい。

 その人の傍へよって、自分は言った。――

 私は人々をたすけるために苦難と悲痛を学びたいのです。苦悩の王者とも見えるあなたなら私に苦痛というものを知らして下さる事が出来ましょう?

 これを聞いたその人は微笑んで答えた。――

 それは非常に難かしい要求ではあるが、叶えてあげましょう。ず私の手及足からこの釘を抜き出して、私を自由の身にして下さい!

「自分は立上り、その釘を抜かんと試みた。しかし釘は物質、余は非物質、すべての努力は空しく、甲斐なき労苦の間に、余は今迄に知らぬ一種の感情が湧き出ずるを覚えたが、それは即ち余の求むる悲しみというものであったのである。

「沈黙の間に苦しむその人を援け得ぬ無能の状態において、余は初めてこの新しき気持ちを味わい得たのであった。そしてこの悲痛の苦しみは刻々と遂に堪え難きほど身に迫るのを覚えたのである。

の時その人は再び口を開いた。――

 如何いかなる手段も無益です。あなたには私をたすける事は出来ない、しかその努力の間にあなたの願望は成就した。これからあなたも私の如く人を愛するものになれるでありましょう!

「不思議にもその時を境として、以前から余の心中にあった処の人類のために尽したいという漠然たる希望がとうとうと烈火のごとき勢を以て急激に燃え上ったのであった。余は直ちにその場を去って目的の遂行へと急いだ。

くて余は夜間さえも、労苦のために喘ぐ人々の重き心を慰め、邪道に踏み迷うた者共を正しきに導き、我意がいを振う奴輩やつばらを服し、愚者を誡める等、あらゆる善事を行った後、再び妖精人の間へと立戻り、妖精人等に自己の経験を語った結果、余に準じて、地上へ赴き人類のために貢献しようとする者が多く出でたが、此等これらの人々の中、ある者は今日もなお地上に留って努力を続けてる者もあり、妖精界へ立戻って余等と共に現在此所ここに住む者もあり、更に霊界へ進歩したる者もあり、行く道は各々異るのである。余の思う処では、妖精人等は必ずしも地球上の人間生活をする必要はないかもしれぬ。しかしながら、よしそれ程迄に物質的の世界でなくとも、あるいは他の遊星においてでもよろしい、とにかくある現実の世界に住むという事は確かにせねばならぬ事の如く考えられる。余は苦しみというものを学んだが、不幸にして未だ死というものを知らぬ。恐らくこの経験なくして人は完全なるものとなり得ぬ事であろう。」

 一気に此処ここまで語って来た妖精王は、此時このとき一寸言葉くちを切って再び続けました。――

「余は今恐らく普通人類よりは賢明であると信ずる。そしてこの世界のあらゆる知識はことごとく余の知る処である。故にしあなたの身のめにとあらば、昔し地上で為した如く、喜んでこれ以上多くの事を伝えたく思うのであるが、今の処これにてやめねばならぬ。既に多くの疑問が生じた事と考えられるが、ただれ丈の事は必ず記憶して貰いたい。それは苦痛なくしては霊魂を完成し得ぬ事、及び愛なき処には平和を見出し得ざる事である。」

 次いで女王が同じ様な物語りを話しましたが、王の経験とただ一つ特に異なった処は、彼女は苦痛というものを愛人に叛かれたある女性の懊悩おうのうによって学んだという事でありました。

 帰路はちがった道をとってもよろしいというので、第七層を見物して、幽界へ戻れる方向を撰む事にしました。王の云う処によると、少女達は進歩の許す限りいつ迄も第七層に居っても差支えはないが、僕丈は急いで通過せねばならぬという命令でありました。魔術師は此処ここで仲間を離れて妖精国へと後戻りをしたのであります。

此処ここでレックスが話を切ったので、ワアド氏は別れを告げました。


五十 妖精人

目  次

五十二 楽園の谷


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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