幽界行脚

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四十七 妖精国探検

 レックスは語を改めて妖精国の物語りを始めました。――

 僕が妖精に興味を待ったのは、僕自身の好奇心から計りでもないので、一つにはブランシ(ワアド氏の愛娘)がしきりに気にするからでもありました。一体妖精は在るか? 否か? という事すら問題なのでした。僕は徹底的にこの仕事にかかりましたよ。

 とにかく逢う人毎に質問を出して「妖精は在るだろうか?」と訊いて見ましたが、大抵の人は馬鹿馬鹿しそうに笑って相手にさえなってくれません。一人か二人の僅かな人が「在る」というので、喜んで穿鑿せんさくすると、何の事! それは僕が以前兄さんに話した事のある、あの自然霊なのでした。

 此時このときワード氏は云いました。――

『ああ、そうそうその事なら自分もよく知ってる! W・A・の詳しい話で「死後の世界ゴーンウェスト」の中に自然霊の説明をした覚えがある。』

 レックスはうなずきながら話を続けました。――

 其中そのうちある人が僕にういうのです。「君は馬鹿だな。小供こどもの真似がしたければ、小供こどもと遊んだらいいじゃないか……。」

 笑われた僕は、この言葉から、当人の思いもつかぬ素晴らしい暗示を得たので、早速公園に出掛けました。そして遊んでいる大勢の小供達こどもたち片端かたっぱしから捕えては、妖精を見たか、と質問して見ました。

 小供達こどもたち返答へんじは矢張り大人と大差なく、中には見た事は無いが、見たいものだと云う小供こどもも少しはありましたが、僕を笑う小供こどもも少なくはありませんでした。しかし僕は失望せずに、毎日根気よく日参しては小供こどもの間を探ったものです。

 ある日妙に仲間外れになって、たった二人して遊んでる少女を見掛けましたが、この子供連から僕は初めて手掛りを得る事が出来ましたよ。僕は例の如く、

妖精フェアリーはあるか無いか? 君達は知っているの?」

と訊くと、二人は一寸含羞はにかんだ顔をして僕を見ながら、

「エエ知ってるワ。けれどこんな処には居やしないワ!」

「ジャどんな処にいるの?」

「妖精のフェアリーランドへ行かなけりゃだめよ。」

「その国は何処どこにあるの?」

「知ってるけれど……。教えてフェアリーに怒られると困るワ。――大変秘密なんですもの……。」

 少女達は中々話してくれないので、僕はそれから毎日の様に彼等の傍へ行っては話し掛け、此方こっちから妖精の話を種々いろいろ持ち出すと、小供達こどもたちはつい釣り込まれて「フェアリーはほんとにそんなことをするのよ!」とか、「アラ、フェアリーはそんな事しないワ!」等と、だんだんと馴染みがつくに従って打ち解けて来た結果、とうとう彼等の二人が僕を妖精国に案内してくれるという事になり、そこで三人連れで出立しました。

 しばらく歩いて行くと、僕達はいつか町を離れて、野原に出ましたが、其中そのうち道が森の中にはいると、雑木に蔽はれた大岩の前に出ました。少女達がこの木を掻き分けると、すぐ眼の前に洞穴ほらあなの入口が現われたではありませんか! この岩をよく見ると彼処あち此処こち羊歯しだ蘚苔こけの繁茂した美しいものでしたよ。

 その少女達の名は、ベリルとジョイスというのです。此時このときべリルが「サァはいりましょう。」というのでみんなして入りました。初めは中が狭くて、僕はかがんでやっと歩きましたが、きに高さも巾も増して、僕でも真直まっすぐに立って歩ける様になりました。

 不思議なのは、内部がさして暗くない事で、灯火あかりもないのに道がハッキリ見えるのです。

 間もなくその孔道の端へ来たのか、岩壁に突き当りました。すると、ジョイスがその岩の表面を探っていましたが、瘤の様に突き出た処を引くと、岩壁の一部分がパーンと開いて、眼の前に一つの入口が現われました。僕等が足をその内部なかに踏み込むと、今度はベリルが又他の岩の突角を引張りましたが、槓杵ででも動くのかその大きな岩の戸がたちまち元通りにピシャリと閉じてしまいました。

 四辺を見廻すと此処ここは大きな石灰石の大広間で、ピカピカ光った石筍状の白柱がニョキニョキ並んでり、燐光色の薄明りがボンヤリと室内を照していました。

「綺麗でしょう?」とベリルが叫ぶと、ジョイスが負けずに。「私はピンク、ホール(薄桃色の広間)の方がいいと思うワ。」と云うので、僕は、「ホントに美しいネ。」と褒めましたら、ジョイスが美しい場所はまだ沢山ある事、そして侏儒こびとの王様の宮殿は、どんなにか素晴しいものであろう等と話すのでした。

 しゃべりながら歩く中に、天井がアーチ形の廊下になり、それからピンク・ホールに入りました。成程此処ここでは同じ石筍状の柱でも柔かい薔薇ばら色を帯びています。僕もこの室の方が、前のより美しいと思いました。

 その次はブルウ・ホール(青い広間)で、此処ここは柱でも、天井でも、壁でも皆トルコ玉に似た青味を帯び、それを越すと、此度こんどは白石英の大広間に出ました。

黄金きんを御覧なさい!」とべリルに云われて、気が附くと石英の間に縞状に走った黄金やその他の鉱物が其処此処そこここに光って見えます。今まで通った三つの広間は天然のままらしいのでしたが、この石英の広間は柱の形から見ても、あきらかに人工を加えたもので、磨き上げてはないにしてもキッチリ真四角に切ってありました。

 その部屋の左手に半円天井の扉がありましたが、ベルリが其処そこを指しながら云いました。――

彼処あそこから土の精や、侏儒こびとの住む処に行かれるの。だけど私未だ行った事はないの……。」

何故なぜ?」と僕が訊くと、

「だって何だか恐いんですもの……。」二人して異口同音に答えました。「帰してくれないかも知れないわ!」

侏儒達こびとたちは一体何をしているの?」

「地面の中から黄金や宝石を堀出して、綺麗なものをこしらえているのよ。妖精フェアリーから聞いたけれど、それはそれは立派な宮殿があるんですって……。」

 二人共見附けられはしないかと、ビクビクしてる様子なので、大急ぎで此処ここを後にしました。

 それから通った多くの部屋は天井も床も壁も、皆な同じ材料で出来上って居ましたが、室内の色彩はそれぞれ趣を異にしていました。薄紅の柱があるかと思えば緑のものもあり、又空色もあるといった工合ぐあいです。其中そのうちに行手にピカリと一つの星が輝き出して、それに近づくに従って四辺の燐光がだんだん消え、昼間の白光に近づくのでした。しばらくすると、何処どこからともなく、チョロチョロと水の流れる音が聞え初め、間もなく道の片側、左手の壁の下端に小さい流水があるのに気附きました。其中そのうち羊歯しだの様なものが見え出すと、次の瞬間、僕達は洞穴の外に飛び出していました。

 見るとその河は小さい流となって、眼の下の谷の中へと、岩角を縫って落ち込んでり、谷底で大きな大理石の天然の瀧壷へ注いでいました。僕達の立っていた処から谷の中へと、ウネウネした小径が降っていましたが、谷へ下りる前に僕はずその又となく美しい景色を一眺めしましたよ。

 どちらを向いても、眼の届く限り、丘の上も谷の中も蒼々と繁茂した樹木、咲き誇る百花の天地でした。瀧を縁取る優雅な羊歯しだにも、水際で微風にそよぐ葦にも何ともいわれぬ風情が漂うているのでした。

 さてその自然に出来た段々の下り坂を降りて行きますと、両側に咲く野の花も千差万別、時節には一切お構いなしの状態で、満開の野薔薇のばらが水面に垂れ、下にはすみれ桜草さくらそう微笑ほほえんでるといった有様、向うを見ると、大きな樫の木の下に翁草おきなぐさや風鈴草が咲いてり、桔梗や撫子は青々した牧草の間から並んで咲き、罌粟けし、雛菊、金鳳花きんぽうげ等は到る処に入り乱れて美を競うといった状態でした。

 花の名はの位にして置きましょう。つまりあらゆる花が一斉に咲いていると思って下さい。あんまり忍冬すいかずら麝香じゃこう草の好い匂いがするので、僕はつい手を延ばして忍冬すいかずらを一花摘み取ろうとしました。

「1字下げ]

「アッ……それをってはいけません! フェアリーの住居じゃありませんか!」

 ジョイスに叱られて、吃驚びっくりして手を引っ込めたが、もう遅い! 僕は妖精に睨められてしまいました。何か僕の顔につかったものがあると思うと、鼻をイヤというほどつねり上げられてしまった。我知らず手を上げて払いましたが、手の届かぬ中にもう何処どこかに飛んで遁げてしまったのです。

 ホッとしたと思うと、次の瞬間には、踝の処を手ひどく突く者がある。見ると小さな生物が薔薇ばらの蕾の中に逃げ込む処でした。襲撃が敏活なので驚いてる中、此度こんどは髪をグングンと引く奴があるので、頭をかばおうとする間もなく、其奴そやつは僕の帽子をとって池の中へ投り込んでしまいました。

「フェアリーが怒っているのよ。」ベルリが云いました。「花をとろうとしたから……。」

「どうしたらいでしょう?」……と云いも終らぬ中、又もや蝿の様なものが鼻の中へ飛び込んだのでクシャンとくしゃみが一発出た。すると鼻の穴から地面の上へ転がり出たその生物いきものは、平気なもの、ピョンと勢よく跳び上って、酸模すかんぽの葉陰へ逃げ込みました。

「歌でも唄って見ましょうよ。」 ジョイスの思い附きで、二人は声を揃えてフェアリーの歌を唄い出しました。

 歌声が聞え出すと、妖精達は悪戯を止めて、花の口から顔を出す様になりました。桔梗の中からは空色の着物をている小人が出て来ました。薔薇ばらの葉の間にいる桃色や白色の妖精達の中には、小枝につかまってブランコをしてるのもありました。脚下の桜草の花が俄かに動き出すのもありました。青草にまでも生物が住んでいる様でした。

 妖精達に取り上げられた僕の帽子はと見ると、睡蓮すいれんから飛び出した白と黄色の制服をた元気な小さい水兵さん達が、其中そのなかに飛び込んで行きました。そしてめいめい汀にある水草の尖った葉を引抜くのでしたが、草の妖精がプンプン怒るのを、一切お構いなしの調子で、幾人かが水の中へ突き落されていましたつけ。

 睡蓮すいれんの精は水に落ちても一向平気なもの、再び帽子の中へ這ひ上り、満員になった時、とった草の葉のかいでその帽子の船を池の中へ漕ぎ出しました。が、きっと少し重過ぎたのでしょう。直きに飽きたらしく、帽子が岸の岩につかった時、皆な飛び下りてしまいましたよ。

 僕はヤッと帽子を取戻しました。しかしとられた御蔭で一寸面白い場面を見た訳です。帽子を見ると、成程、妖精達が漕ぎにくかったのも道理です。中にはいっていたのでは仕事ができないので、皆なへりへ上って小さいオールを振り廻す。そして大ていは動く拍子に水の中に落ち込むのでした。帽子の底に立ったのでは、緑が高くて何処どこも見えない程小さい連中ですからね。

 妖精には随分種々いろいろなものがありますよ。どれも何処どこか人間に似ていますが、とにかく小さい! 翼はあるものも、ないものもあります。花の精は自分が住んでいる花の色通りの着物をています。そして何処どこかにその葉色に似た緑色をつけています。

 はねはやした妖精があると云いましたが、その翼にはなりかけ離れた恰好のものがあり、蝶の様な羽根のある妖精は、その翼も着物も同色でした。蜻蛉とんぼの様に半透明な細い翼をはやしたのも沢山見かけましたが、その羽根が宝石かと思われる様にピカピカしたのや、乳白色のもの、銀白のもの、赤、青、緑と千紫せんし万紅ばんこうとりどりの状態でした。そうかと思うと蝿の一種かと思われる様な形体かたちをしたものもあり、又蝙蝠の様な翼のある大型の妖精も見受けましたが、その翼の色彩も地上のものの様に濁った黒褐色ではなく、赤だとか、緑だとか、あるいは青だとかいった工合ぐあい種々いろいろ華美はでなものでした。

 妖精の躯は一様に小さいのですが、それでも恰好は様々です。花の精は何処どこか人間らしいとはいうものの、細っそりとした、優美なものがあるかと思えば、ズングリ短かく肥って、無様ぶざまな、御伽噺に出てくる熊の子の様な、見ても可笑しい顔をしたのもありました。

 着ている衣類には一寸首を捻らされましたよ。普通の衣類の様でもあるのに、棲んでる花の性質をそれぞれ現わしてるのですからね……。しかけものの毛皮とちがって、躯の一部ではなく、上にる事丈は確です。一例を挙げると、変な形の、小さい帽子を被っているのが沢山ある事です。とにかく、見て美しいと思う妖精は、矢張り薔薇ばらという様な美しい花の精で、仔熊の様な可笑しいのは大てい名も解らない雑草のものだという事は判りました。

 さて、少女達こどもたちの歌がやむ頃には、妖精共は僕を憎んだ事なんかはとっくに忘れてしまったらしく、悪戯いたずらもしない代りには、もうソツチのけのていたらく、皆なでベリルとジョイスの周囲に大きな輪をつくって、小さいながら高い声を張り上げて、美しい歌を唄いながらダンスをやり始めました。その時僕はんだか虫の音を連想しましたよ。すると不意に何処どこから出て来たのか例の仔熊が三疋ばかりピョンピョンとそのなかに飛び込んだので、大騒ぎになり、折角出揃った綺麗な妖精連中は、我勝ちに逃げ出しました。池に飛び込むもの、葉の蔭に引っ込むもの、団栗どんぐりの御猪口の中に馳け込んで、麦の葉の橈を操って、水上へ漕ぎ出るものなど、すべてが支離滅裂になってしまいました。

 それから僕達は此処ここを出掛けましたが、僕はずジョイスにたしなめられました。「もうあんな事をしては駄目よ!」これは僕が忍冬すいかずらを摘もうとしたからです。勿論むろん僕はもう再びその失敗を繰返さぬ事を約束しました。

 森の方へ向って進みましたが、其中そのうち路傍から啼声が聞えるので、脚下あしもとを見ると、すみれの精が涙を流しているのです。ペリルが側へよってきました。――

「どうしたの?」

「姉さんが死んでしまったの……。此処ここを見て頂戴!」

 見ると傍に枯れたすみれが一本ありました。今度は僕が代って、

「姉さんは何処どこに死んでいるの?……此処ここには枯れた花丈しかないが……。」

「姉さんが居なくなったから、花が枯れたんだわ。」

「又連れて来られないのかい?」僕は慰める積りでいったのです。

わからない人ね! 花が枯れてしまったのに、どうして姉さんが帰れるの? 連れて帰る事なんか、出来やしないわ。……もし出来たって、もう御家がないのですもの……。」

 彼女は又オイオイ泣き出しました。

 通り掛りの妖精の中、一人二人は、彼女の方を一寸眺める位の事はしましたが、誰も足を停めて慰め様とする者はありませんでした。妖精達は自分の娯楽を追うのに忙いのです。僕達もこの上どうにも仕方がないので、ソッとこの場を離れました。

「ほんとに可哀想ね!」ベリルはすみれの精に同情していました。

妖精フェアリーの魂は何処どこへ行くのかしら?」

「僕にも解らない……。」実際僕はこれより外に答えられなかったのです。

 此処ここまで話したレックスは、一寸やすんだ後、

にいさん、今日はの位にして置きましょう。それからきは森の中へ入って、又ちがった種類の妖精に逢う事になるのです……。にいさんにも今のすみれの精の話で、妖精にも悲みというものがある事が御解りでしょう。』

 ワアド。しかし、概して、幸福な生活をしてるものらしいね?』

 レックス。『エエ、笑ったり、巫山戯ふざけたりして、――不真面目ふまじめな小人達ですよ。そして、彼等が落着いた気分になり、悲しみという事等を味う様になるのは、地上へ出る準備とでもいうのじゃないでしょうか。

『恐らくあの死んだというすみれ……その精は、もう地上に咲くすみれの花になっているのでしょう。しそうとすれば、あの妹の方も同じ根に咲かしてやりたかった。しかしそうなっても、彼等自身にそれが判るか否かは疑問ですね。この問題を少女達にきましたが、僕の疑問の意味がとれないのか、満足な返答へんじをしてくれませんでした。』

 この日レックスはこれ以上を語ろうとしなかったので、ワアド氏はここで別れを告げ、その二本のすみれがどうなった事かと考えながら地上の住家へ帰りました。


四十六 妖精とは何か?

目  次

四十八 樫と秦皮との戦


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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