幽界行脚

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四十五 幽界のクリスマス

 一九一七年十二月二十四日夜、丁度クリスマスの前夜、ワアド氏は例の如く幽界へ出掛けて行きますと、この日はレックスは勿論むろん、叔父さんも御母さんも戸口に立って、ワアド氏の来訪を待ち受けてり、顔が見えるが早いか『ハッピー、クリスマス』を浴せかけるのでした。

 レックス。『危ない処、にいさんがもう少し早かろうものなら、家はからっぽでしたよ。たった今教会から帰ったのです。』

 家へ入って座ると、レックスは話を続けて、――

『御母さんがクリスマスだから、教会へ行きたいと仰っしゃるので、皆なでイープル寺院の夜の礼拝に行って来ました。』

 母。『ほんとうにいい御集りでしたよ。そして歌が実に綺麗でしたよ。』

 ワアド。『声楽ですね?』

 レックス。『ええ左様そうです。それから行列もありましたよ。この前あの寺院てらに行った時、僕は未だ生きていたのだが……。うなるとうら淋しい気もしますね。随分と多勢の人達が集まっていましたが、私達もその現界の人々の間にまじっていたので、ちがう世界に住んでる事なんか全く忘れてしまいましたよ。全く説明の出来ない不思議な感覚を味いました。』

 ワアド。『時間は何を標準にしたのですか?』

 レックス。『グリニッチです。フランスの時間は二三分違いますが、どうしても慣れてる方がいいのです。しかにいさん、僕等が時間を気にするのはこんな時丈ですよ。何にしても地上の人達と同時に同じ祈祷をするには、時間を合せなければならないのです。といつて、これは同じ気持になりたい時丈ですから、極めて短かい間で充分なのです。』

 ワアド。『英国の教会へ行かず、フランスを選んだのは何か訳があるのですか?』

 レックス。『御母さんがなるべく立派な集りに行きたいと云われたのと、僕がイープルという場所を、歓びの折に見たいと思ったからでした。叔父さんはどちらでも構わぬと仰っしゃったので……。』

 叔父。『眼に見えぬ世界と物質界とは、斯様かように接近したものであると云う事を、実際に知ってる人はどれ程あろうか。口には聖者の名を唱えても、の真相を知る人は、恐らく極めて少数の人に限られてる事と思う。霊界に住んでも、聖者となる事は実にむづかしいものなのだ。実際の処、霊の大部分はただの人間に過ぎないのだ。』

 しばらく沈黙が続いた後、ワアド氏が口を開きました。――

此処ここではどんなクリスマスの計劃けいかくがあるのですか?』

 レックス。『クリスマスでも御馳走は食べませんから、精神的の娯楽になる訳です。ず十二時四十五分から一時三十分まで夜の礼拝がありますよ。僕はにいさんが帰られたら本当の祝宴に出掛ける積りです。兵卒連中の余興があるので、音楽会をするもの、芝居をるもの、舞踏会を開くもの等種々いろいろです。婦人団へ招待状を出す事を士官が許しましたから、今日は女連が来るでしょう。兄さんの昔の御友達のマリアさんも、の婦人仲間にるのですよ。此間このあいだ聖ベネディクト尼院の話を一寸しましたが、ああした婦人団隊が大分ありますから、其中そのうちそれについても御話しましょう。平常ふだん我々の軍隊は異性との交渉を避けていますが、たまに交際する事はよい様ですね。そしてダンスの計劃けいかくがあるのですが、何にしてもあまりに感覚的の娯楽ですから成功は危ないもんです。

『本営のクリスマスには工芸家なんかも来て、自作の美術品なんかを皆なに分配する筈です。僕等は非常に期待してるんですが、一般の仲間には少し趣味が高過ぎて、鑑賞が出来ますまい。

『擬戦や将棋の手合せもあります。叔父さんも選手として出られるのですが、相手に当った人は災難ですね。未だ種々いろいろな催しがある筈ですよ。僕は今日きょうはもう教会行はやめて、ういう賑やかな処を万遍まんべんなくのぞいて、それから聖劇「基督キリストの降誕」を見に行く予定です。その劇は現界の午前十一時に当る頃、この幽界の中古時代の層でやります。年代でいえばその境地は一四五〇年頃の処ですね。野外劇ですよ。随分長そうですから、僕は途中で切上げて、それから十七世紀頃のクリスマスを見に行こうと思ってます。其後そのごで古代のサキソン人が、この時期をどんなにしてるか一寸うかがいに行くか、それとも何か喜劇を見に行くか、兎に角死んだ人の特権を振り廻して楽しむのも、なかなか容易じゃありませんよ。したい事が沢山あるのですからね。

『ともかくも一番終いはオペラに行く積りです。今度始めて上演する「三人の魔術師」というのがあるので、勿論むろん基督降誕の劇ですが、神秘な色彩がいとの話です。にいさん等はきっと喜ばれるに違いありませんね。』

 ワアド。『誰れの作?』

 レックス。モザアトです。彼は今霊界にいるのですが、叔父さんの様に霊界からこの幽界に出張して働いている人が持って来てくれたのです。』

 ワアド。『現界でもる様になるといいが……。』

 レックスは微笑ながら――

其中そのうちる様になるでしょう。きッと音楽家の中から出て来ますよ。早くそうしたいものですね。』

 叔父。『だが今の観客には少し高遠過ぎてらんかの?』

 ワアド。左様そうかもしれません。が、今でも「魔笛」と云うのがありますね。』

 叔父。しかし今度のはもっと神秘であるし、それに「魔笛」もあんまり地上では評判にはなってらん様じゃ。』

 レックス。『ね兄さん、今御話した様に、此処ここじゃ地上の一日の間に随分と種々いろいろの事が出来ますよ。一つにはべたり寝たりしないからですね。勿論むろん第五層となるとクリスマスの御馳走を食べて、馬鹿な話ですが、その結果で寝るという人達もあります。』

 母。『けれども、今日なんか全く七面鳥やプッデイングは悪くありませんね。何も御腹おなか一ぱい食べたいという訳ではないけれど、一寸目きを変えるのもいいじゃありませんか。』

 お母さんがクリスマスだというので、御馳走を思い出したので一同みんなで大笑いをしました。ワアド氏は御母さんに向って――

『御母さん、このクリスマスには、僕達の処でも七面鳥はないのです。近頃は生きてる人間達でもこんなに不自由なのですよ。』

 話が勢い戦争の事になって、御母さんは厭な世の中に居ずに、早く死んだ事を喜びました。

 レックスは話題を変えて――

この前士官の救護団の話をしたついでに、僕は二三の変った死方を御話しました。勿論むろん未だ外に変った死方をする人もありますが、大体戦死者はあの様な経験をするらしく思われます。僕の方で其中そのうち又模様の変ったのに逢ったら、早速御話しますが、兄さんも一つ心掛けて、研究の価値のありそうな死方をした人があったら知らして下さい。』

 ワアド。よろしい。此頃このごろは戦死が多いが、御母さんのは少し変っていたし、叔父さんのは普通人の相応年配の場合であるし、士官のは悪人型で大に参考になったし、それから君から戦争中に死んだ二人の女の人の事を聴いたね。まあこれで当分特別めずらしいのでもなければ、死方の研究はやめてもいいだろう。』

 レックス。『そうですね。僕等の団隊の事も未だ時々は反対運動が起りかける事もありますが、此間このあいだ御話した、あの光りの霊が援兵に来た時ほどの大戦は当分ありそうにも思えません。ですからこの問題もしばらく御預けにしておきましょう。』

 ワアド。『あのFさんはどうしたでしょう?』

 レックス。『未だ僕等の処にいますよ。まあ足丈は止まりましたね。しばらくの間は何ということにもなりますまいが……。』

 これから次に研究すべき問題について、ワアド氏とレックスと相談の結果、ワアド氏の愛嬢の要求で、レックスがかねがね研究した妖精の事について発表しようという事になりました。そして新年と共に、この新しい問題に移る事に定めて、ワアド氏は再び地上の自家に立帰りました。


四十四 野戦病院で死んだ男

目  次

四十六 妖精とは何か?


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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