幽界行脚

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四十三 敵軍の大敗

 一九一七年十二月十七日、例の如くワアド氏が幽界のレックスの家に入ると、彼は兄を待受けて室内に端座してりました。

 弟の顔を見るや否やワアド氏は尋ねるのでした。――

『Fさんはあれからどんな工合ぐあいですか?』

『未だクラブに居ますよ。これからどうなるか、今の処じゃ何とも云えませんがね……。』

 レックスはFの話を簡単に打切って、前週の物語の続き、即ち士官が帰営後の行動を語り出しました。

『士官が本営に入ると、_われわれ一同は彼を中心にして会議室に入りました。銘々が着席するのを待ちて彼は戦場の話を始めましたが、士官の云うた侭を伝えるとうです。――

「あの反対党の本部を抑圧よくあつしてから、再び戦場へ出掛けると、丁度味方は敵軍と戦争の真最中であった。とにかく場所が同じ地上界の事ではあり、見慣れぬ人には私等の戦争も、現界の戦場で死んだばかりの幽体仲間の戦いもちょっと見には区別がつかぬが、私等には一目瞭然である。私は直様すぐさまその戦争の渦中に飛び込んだのだ。此度こんどの戦いは私が地獄で大戦争をやって以来の大激戦であった。

「何よりも悪霊共は私等を地上界から夢の国へ追払うか、巧く行けばもっと遠方へしりぞけて、現界と善良な幽界との中間を自分等悪霊の領分にして、新たに幽界に入って来る人々が我々の仲間となる事を妨げようという計画なのだが、うなっては夢の国まで、悪霊の跋扈ばっこする処となるので、其処そこへ来る現界民にまで害を及ぼす結果となるのだ。しかし彼等の間には一致協力の精神を欠いてるから、うした大計画の成就する筈はない。私は戦場へ引返す途中で、其処そこ此処ここに散在して居った軍勢を集めたので、総勢一万を数える大軍で敵に当った。そして此間このあいだに手きの人々はことごとく参加する様に絶えず信号を発して置いたのである。

「地上界の戦線で前から働いていた我軍は、此時このときなお新来者の援助や、邪魔立てをする敵兵の退散に従事していたのだが、彼等と私等との間にはの時既に、敵の大軍が陣取ってしまっていた。

「我軍と悪霊間の戦争は段々激しくなり、時々新来者迄もその渦中にき込まれたが、彼等は大体我々の存在には無関心らしく見えた。其中そのうちに敵軍の一端から、悪霊にかれてる者共が凄じい勢で突撃を始めた。しかしこんな事で我軍はひるむものではない。幸いこの手合は直きに兜をいで退却したが、同時に現われて来たのが実に厄介な代物で、出て来たのか、押し出されたのか、兎に角第二層に住んでいる異様異形の自然霊が、ワャワャと前線へ飛び出したと思うと、これに続いて奇声を発して、ドッと突貫して来たのは獰猛どうもう極まる下層の悪霊共で、地獄の門を抜け出たままの、その醜悪な外見は我軍をおびやかすに充分であった。不思議な事にはこの悪霊共の出現と同時に、現界の戦場では大激戦が始まり、戦死者間の幽体同志の接戦にも、また馬力がかかって来た。が、何と云っても我軍が一番手酷い目にあった。奇々怪々の敵の形相ぎょうそうは、我軍の士気を少からず沮喪そそうさして、一時はこの強敵を喰い止める事が危くなった。私は本営にる諸君や、反対党のクラブを包囲してる連中を呼ぼうとさえしたのだ。

「味方はだんだん逃腰になる、敵はグングン勢を増して来る、危機一髪という際に、我軍は全く思いがけぬ援兵に救われた。

「不意に我軍の頭上にピカリと一道の白光がひらめいたと思うと、続いてピカリピカリと目も眩む計りの光りの群団、これは我々を援助するために光りの霊が来たのであった。彼等は地獄の門外で悪霊の上昇を防いでいる一群か、それともあるいは霊界とその上層との境界線、火の壁より上の世界から下降し来たものかであったであろう。兎も角、光りの霊の出現と共に、形勢は俄然一変した。自然霊は光明の前に一と溜りも無い。消滅したのか退却したのか、第一層の自然霊がず姿を消し、続いて第二層の自然霊共も眼界から去った。光りの霊は悪霊共をわれわれの手で処理させるかの如く見えた。勇気百倍した我軍はここで一気に凄じい突貫振りを発揮したので、第二層から出て来た幽界民は、大部分逃げ出してしまった。

「残った敵を片附ける事は訳はない。どの道敵は一致協力等という事を知らぬ奴輩ばかりであるから、うなると皆なチリチリバラバラ、夢の国に逃げて行くもの、人間の屍体の間に隠れるもの、第二層の岩間にコソコソと忍び込むもの、さんざんなていたらくであった。とにかく、長い間われわれの仕事の邪魔をした者共故、出来る丈は掃除をする必要がある。われわれは彼等を此処ここ彼処かしこの隅から見附け出しては、絶壁の上から下の深淵につき落した。もうあのままで上層に出て来る事は出来まい。探し出す時には、いかに奴等が新らしい幽界人や、夢見る人の間にまじって居ても、不思議と見別けが附いて、人違い等する心配は少しも無かった。

「悪霊共を一掃してから、我軍は地上界と夢の国との境界まで引上げた。私は其処そこで悪の勢が再び首をもたげぬ様に、ある呪文で彼等を封じ、それから祈願した。――

 いと高きにいます神の御名みなにより、主イエスキリスト、及主の御弟子、もろもろの聖者の名により、又天使の利剣にかけて、汝等が夜の国に留る事を命ず。汝等の幽体が滅び尽すまで其処そこを出づる勿れ。時節到来せば汝等は再び光明の地に出づる事が出来るであろう。

「私はこの祈祷を我軍一同に繰り返さした。勿論むろん逃げ出した者もあろうし、新たに悪い奴も出来ようが、兎に角これで当分は大々的の反対運動は起らぬ事となった。此処ここで諸君に一言しておきたいのは、処罰と慈悲とは相並んで必要であるという事、しかして処罰は往々慈悲となる事である。ちょっと考えると今下層に数多の霊を押籠めた事は無慈悲の様ではあるが、それによって何千人という魂が、彼等と同一の悲運に陥る事を未然に防ぎ得たのである。下層にいやられた悪霊は今後何人をも誘惑する事は不可能になった……。」

 一同沈黙して士官の話を静聴して居ましたが、士官の遣口が少し横暴ではなかったかという感じが起ったので、遂に一人が口を切りました。――

「士官殿、失礼ながら、一寸御伺いしたいのですが、貴下は斯様かような非常手段を取られる事について、充分な自信を持ってられるのでありますか? 人間を地獄に落す権利は神丈にあるのではないでしょうか。単刀直入に申すと、貴下あなたが今唱えられた呪文は、即ちそうした結果となるのではありますまいか? 彼等がしあの第二層から上へ昇る事が出来なければ、地獄へ下降するよりほかに道はないのです。貴下は如何なる権威を以て、この重大な行動を断行されましたか?」

 士官は苦笑しながらこれに答えました。

「私は自分がこの軍隊を組織した権威によって、又私の意志の力に依ってこの仕事を断行したのであるが、これに反対するものは、この場で反対行動を取って貰いたい。しかし又諸君が、私に向っての問題を、どう解釈してるかとくのならば、 私は自分の信ずる処を述べるのに躊躇ちゅうちょはしない。すべて如何なる社会にも人間の集まる処には、夫々それぞれその状態に適合した一定の法規が設けられなければならぬ。しかしてそのれを実行するためには、制裁の必要が起る事は当然である。この制裁は多数の人民の力で社会的に行われる事もあり、場合によっては彼等を代表する一人の手によって為さるる事もあるのである。

この幽界にもまた当然法規が存在する、無辜むこの人々を保護するために、悪人共が束縛を受くべきは当然では無いか。この社会の人々を代表して、必要なる処罰を執行するために、私は自分を最適任者であると信ずるものである。そして今日此処ここに集まってる人々の中に、斯様かような悪人共に対し、如何なる刑罰を行うべきかを知ってる者が、果して幾人あるか? 現在自分の為した処決について見ても、私の唱えた呪文は悪人輩を罰するより、むしろ他の人々を保護する目的にある事を考えねばならぬ。更にもう一言附け加えたい。意志を行使するに当りては、艱難辛苦の鞭韃べんたつを受けた結果、鋼鉄のごと強靫きょうじんな意志を持つ者でなければ、到底自分の意志を他の人に印象せしめる事は不可能である。いわんや今自分が為した如く、多人数の意志を一所に纏めるなどという仕業は尚更望まれるものでない。

し自分の決行した事柄を、不正と考える人があるならば、何処どこへなりと、任意にこの場所を去って貰いたい。誰にも此処ここに留まる義務は毛頭ないのである。」

 士官はう云って促す様に四辺あたりを見廻しましたが、満場粛然として誰一人動く人はありませんでした。やがて彼は一同に退散を命じたのであります。

 レックスは此処ここで一寸話を止めましたが、ワアド氏が心中に起したる質問を見てとり、早速附け加えました。

『士官の唱えた祈祷の文句は、兵卒全部によく聞えましたよ。聞かせ様と思った意志で聞えたのです。士官が唱えた呪文の内容は何だかわかりませんが、多分もっと神秘的なものだったに相違ありますまい。とにかく全軍の意志を一つに纒めるためにそれが大切なのですからね。』


四十二 F氏の探索

目  次

四十四 野戦病院で死んだ男


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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