幽界行脚

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四十一 本営前の光景

 反対団との第一戦に捕虜とした一群の敵兵を本営へ連れ戻ったレックス達が、士官の帰営までどんな有様でいたか。レックスはワアド氏に次の如く物語りました。――

『S大佐はず配下の兵卒を方形に並べ、其中そのうちに捕虜を入れ、周囲を隙間すきまなく包囲してから云いました――。

「諸君、よく戦ってくれました。勝利はたが、未だ少しも油断は出来ないのです。武力より怖ろしいものは奸計であります。今私は君達でかきを作り、其中そのうちに捕虜を取囲とりかこんだが、これが今彼等をおさえる唯一の方法なのです。だが諸君は余程意志を集中してらんと、この包囲も効力が無い。武器の有無は問題にならぬ。意志の力丈が役に立つのです。彼等を土牢へ押し籠めて錠を下しても、土の壁には精神が無いから、突き抜けて外へ逃れ様とする人達の意志に反抗する意志が無い。故に彼等は容易たやすく遁走する事が出来ます。諸君どうです、理窟りくつが判りましたか?」

「よく判りました。」と一同異口いく同音に答えました。

「よろしい、それではしっかり頼みますぞ。油断をしたが最後逃げられてしまうのです! が、何時いつまでも際限なしにこんな真似をしている訳では無い。士官が私の帰るまで番をせよ、と云われたから、士官が帰営すれは何とか処置がつきます。其迄それまでの処ですから頑張って貰いましょう。私は其間そのあいだに少し説諭せつゆして見よう……。」

『S大佐はう云いながら、捕虜達に大声で何か話掛けましたが、皆なガヤガヤ呶鳴り立てて何の甲斐もありませんでした。其中そのうち捕虜中の女連は味方の兵士共に色目を使いだすとか、だんだん整理がむずかしくなったので、僕が提言して、本営の幹部連に援助を頼み、敵兵一人一人を説く事にしました。

『僕はこの手段でたちまち金髪の若い女と、それから一人の青年の准士官を悔悟させました。幸いこの人達は悪習慣に染みてから日が浅かったので、きに気が附いたのでした。

『僕達が懸命のまっ最中、士官が帰って来ました。戦場では勿論むろん勝利であったのですが、その話は後へ廻して、それから彼がどんな工合ぐあいに捕虜を処理したかをお話しましょう。士官が前に出ると、今迄騒ぎ立って手に余った捕虜達はたちまち静粛になりました。士官は一同に向って自分の経歴を告白しながら、諄々じゅんじゅんその誤れる点を諭しましたが、此処ここでも彼の話しは多大の印象を与えたと見え、彼の話が終ると、捕虜の中から一人一人出て来て、彼に向い前非ぜんぴい改悛を誓うのでした。

 一例を挙げるとある男はう云ってました。――

「暫時でも結構故、何卒私を閣下の配下にお加え下さい! 今のお話で考えると実に私自身は危ない状態でした。憑依についてのお話は、私に成程と思い当る点がありますので、その他の事もすべて真実であると考えます。私は出来るなら此処ここに留まってもっと学びたいと思いますが……。し私が悪に赴くとしても、私は悪を自覚して行いたいと思いますから……。」

『敵の中で頭株と思われる男はさも憎々しげにつぶやきました。――

「俺が堕落しようとどうしようと俺の勝手だ。余計な世話は止めて貰おうかい。」

「左様か。」と士官は答えました。「だが此処ここらにうろついて人を誘うことは許さんぞ!」

『士官は此時このとき語気を強めて「第二層にさがれ、そして其処そこに留れ!」とその男に云いましたが、私達は彼の強大な意力が言葉と共にほとばしり出るのを感じました。そして彼が何やら呪文様じゅもんようのものを唱えると、その敵の頭はくるりと逆に向くかと思うと、後をも見ずに一目散、遮二無二しゃにむに周囲の軍勢を掻き別けて飛び出しました。その男は馳けながら「こりゃ可怪おかしい! 足が留らんぞ! 変だぞ変だぞ!」と呶鳴ってましたが、其中そのうちに姿が見えなくなりました。

暫時しばしは一同鳴を鎮めて、誰れも口をこうともしませんでした。士官の顔貌が和ぐと、彼は私に向って云いました。――

「君には私の秘法を始めて見せた。あまり好ましい事ではなかったが、他によい方法が無かったのだ。あの男はあれでもう此処ここへは帰って来る事は出来ぬ。自業自得じごうじとく、自ら求めた道だから致し方はあるまい!」

『沈黙は続きました。士官のうした力を見るのは誰しも初めてだったので、一同は唯茫然、その強大な意志にむしろ恐怖を感じたのです。神の如きその威力! しかも一度は極悪無道だった彼が――と誰しも思ったでしょう!

その時でした、俄然女の悲鳴が聞えました。――

「ああ一体私達はどうなるんだろう? ああ恐い!」

この声を聞くと士官は彼女の方を向いて、――

「大丈夫です! もうしませんから……。貴女あなたはこれまで男を堕落させる悪行をやっていたが、したった今後悔するならば、救いの道は開かれますぞ。さもないと貴女は地獄へ行くより他はない。どちらを撰びますか? 皆自分自身から出る事、人を恨むのは間違いです。」

『彼女はこれを聞くと、士官のそばへ馳せ寄り、悲痛な声音こわねで訴えました。

何卒どうぞお教え下さい! 私はどうしたら救われるのでしょう?」この衷心の叫びに感動せぬ者は無かったと思います。

彼処あそこに聖ベネデクトの尼院がある、其処そこへ行き、マザー・アベスに救いをお求めなさい。貴女を立派に導いてくれる人です。」と士官は答えました。

「私は勝手に此処ここを出られる自由の身なのですか?」彼女は不審な面持おももちで尋ねました。

「左様自由です。悪事を続けたければそれでもよろしい。私はただ救われるには如何どうするかとの質問に答えた迄です。悪い方の事なら教えずとも、貴女はよく知ってるのだ。」

「お傍に居させて下さい! あなたは強い方、私を救って下さるに相違ありません――。」

「私は男子はたすけるが、女子には私の性格が厳し過ぎるから不適当です。そしてあなたが此処ここると仕事の妨害となるから、お気の毒だが去って貰わねばならぬ。善悪いずれの道でもおとりなさい!」

「それなら私は参ります。」

『そう言った女は、真直まっすぐに尼院へ行きましたが、未だ其処そこると思います。士官は捕虜と一々話をした結果、眼のいたものは悔悟して我々の団に加わり、女は皆尼院へ送られる事となりました。処が自堕落な悪風がすっかりみ込んでるために、悪と知りながら従来の悪習慣をめて正道に帰る覚悟の出来ぬ一群がありました。彼等は第二層へ追込むほどの悪性でも無いのですが、他の人を誘惑する虞れがあるので、其侭そのまま放免する事は危険なのです。其処そこで士官は宣言しました。――

此処ここを去れ! お前等は再びのクラブの近くへ来る事はならぬ。職場の傍を彷徨さまよって、死んで来る兵士等に話し掛ける事も許さんぞ!」

『士官がう叫んだ時、彼の前に悄然せうぜんうづくまってる一団の人々に、働きかけてる彼の猛烈な意志がよく僕等に感じました。その時彼は再び何やら一寸呪文じゅもんめいた仕業をしました。一同は水を打った様に鎮まり返っていました。

『それからその連中が一人づつ、こそこそと逃出して行きましたが、丁度男が十人と女が三人、十三というその数は何となく不思議な感じを与えましたよ。最後の十三人目が姿を消すと、皆ながほっと胸を撫でおろしたもんです、実際その時は緊張しましたね。

『これで一段落ついたので、集まった軍隊は、それぞれその所属地へ戻る事となり、士官や我々部下は本営内へ入りました。僕はもっと話したいのですが、もうにいさんの婦る刻限じゃありませんか?』

此時このとき叔父さんはワアド氏に直ぐ帰る様に話しましたが、ワアド氏は――

『帰る前にたった一つ質問さして下さい! 私は最近オカルト・レヴュー誌で、ある飛行士の記事を読みましたが、その人がある疑問を提出しているのです。つまり空間を支配する霊力の中に、人間に反抗的のものがありはせぬかというのですが、叔父さんは如何どうお考えですか?』

『確かにあるには違いないが、詳細はいずれよく調査の上、話す事にしようではないか。』

 それでワアド氏は話を切上げて、急ぎ現界の人となりました。


四十 B大尉の死

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四十二 F氏の探索


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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