幽界行脚

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三十九 士官の勝利

一九一七年十二月十一日、ワアド氏は例の如く幽界のレックスの家に行きました。

 レックスはこの日も前の訪問に話題となった、士官への反対運動について話出しました。――

『我々はこの反対派団体の遣口やりくちについて種々いろいろと調査した結果、どうしても其侭そのままにして置く訳には行かないので、断然高圧手段を取る事に決定しました。気早の連中はその朦朧もうろう団体を一気に攻め落そうと敦圉いきまきましたが、これは士官に制せられてやめました。兎も角その団員が新兵を連れ込まぬ様に、途中の要所要所に五十人一隊の監視隊を配置して、見張りをする段取となりました。我々の救護団もだんだん膨脹ぼうちょうして、人数には少しも困らないのでした。

『僕も其中そのうちの一隊を率いて、反対団体の本営近くに陣取った次第です。士官が注意してくれた事は、どの道悪団員の誘惑もあろうし、論争も起らうし、最後には戦端を開くであろうが、その場合には思念で伝達してくれれば、直に援兵を送るからと云うのでした。

『我々の姿はきに見附られ、反対団の内部からず怪しげな女が五六名、出て来て誘惑の手をのばしました。処がいくら構内へ引張り込もうとしても駄目だったので、此度こんどは手をえて兵卒共の間に交って活動し始めましたが、こっちも用心していますから中々その手に乗りません。其中そのうちに戦場方面から新しく戦死した一群の人々が、反対派の奴等に連れられて来るのが見えました。戦死者の数は十二名、反対党は十五名でした。僕はこれからこの連中を敵と呼ぶことにします。

その一団が近づいた時、僕の部下がバラバラと飛出して前路をさえぎりました。そして新来者に警告し始めたので、勿論敵は腹を立てて、邪魔立をする我々をけ様とし、我々は退かないので、事態が漸々だんだん険悪になりました。

其時そのとき敵の本部の中から一隊の兵卒を率いた士官が出て来ましたが、我々に向って大喝一声「何をうろつき廻っているのだ! まごまごして居ると生命がないぞ!」

『僕だって負けてはいません。「用があるからるのだ。一歩も退く事は出来ない!」とやり返すと同時に僕は隊伍を整えて襲撃に備えた。勿論打つ、なぐる、蹴るの闘争は直様すぐさま始まって、敵も初めの中は銃の台尻を振廻していたが、遂には発射し出したので、此方こちらでもそれに応じました。

『勿論僕は早速援兵入用の思念の伝達をしたので、戦ってる中に近傍に見張って居た味方の隊が集まって敵の背後を突いたが、敵もさるもの、本営からドシドシ新手あらてを出して補充するので戦ははげしくなる計りでした。

此時このとき今まで煙にかれて、茫然ぼんやりと傍観して居った新来者の中から一人のアイルランド人が立って、「俺には何だか訳は解らないが、ボンヤリ見てる訳には行かない。」と云いながら、イキナリ手近に来た奴の頭をポカリと撲った。すると打たれた男が敵の仲間だったので、敵の奴等がそのアイルランド人を畳みにかかると、新前連から数名飛出して来てその男を援けにかかる。中にスコットランド人も居ましたが、それはいくら仲間同志でもアイルランド人は御免というので反対に敵の方につく。ただ二人の準士官と一人の将校丈は途方に暮れた表情で事の成行を傍観していました。

「僕の思念おもいが士官に達したので、彼は数連隊を率いて堂々と押して来ました。少なくとも一万人はありましたね! しかし僕の考える処では敵の屈伏は味方が大軍だったからというより、むしろあの士官の威力に降服したのだと思います。僕は此時このときほど強大な意志の力というものを眼の当りマザマザと感じた事はありませんでしたよ。士官の姿を一と眼見ると敵は一度に青菜あおなに塩という有様、一溜りもなく降参という訳でした。もっとも逃げた奴等もありますが。……

『士官の威光で騒ぎが鎮まったので、人員を調べて見ると、捕虜ほりょになった敵兵が六十名ありました。新来の人は敵に組んだ人とも合せて七人。スコットランド人は何処どこかに逃げ出してしまいましたが、見物していた准士官と将校の三人は相変らず傍観という態度で残っていました。』

 此時このときレックスは兄のワアド氏の不審げな顔に気が附いたか説明を試みました。――

『ああにいさんは僕達が武器を使うのが気になりましたね! とにかくわれわれは軍隊式に活動している上に、兵士達はだれでも銃を担ぐ事に慣らされているのですから、この幽界じゃなかなか武器を手放せませんよ。そして戦場にはこわれた鉄砲が山とあるんですから、しいと思えばいくらでもその幽体が手に入りますもの……。そればかりでなく戦死をした人達はほとんど皆な此処ここへ来る前に多少とも幽界で戦って来ますからね、自然持合せの銃を身に附けていますよ。もっとも今の戦を見物していた三人の中二人は武器を持っていませんでしたが、これには特に理由があるのです。あとから説明しましょう。

たまも地上と同じ事で、矢張り使用しますから、きに欠乏しますよ。敵と今戦った場所の被害は比較的少なく、墻壁しょうへきが僅かに破壊したのみです。いくら幽界でも無生物となるとその物には殆んど意志が無いから、僕等の怪我の様に自然に恢復かいふくなんて訳には行きません。実際意志は万能ですよ。僕等がそのかきねを破壊しようと思ったので毀れたのですからね。戦いの工合はいつかもお話した幽界戦場の闘争と大差はありませんでした。

『士官はそれから命令を発して「敵の本営を包囲せよ。」と云うので、僕が「何故突撃して豚共を一斉に逐い払わないのですか?」と質問しましたら、士官の答えはうでした。――

「戦いは思想の悪化を伴うから、出来る丈け避けなければならない。この構内の住民共は実際は不必要な飲食をする悪習慣がついてり、ために憑依という悪行をするのだ。ず彼等の食を断ってその不必要を悟らせ、その慾望を弱めれば、自然と彼等の精神力も復活して、此方こちらの説く道理も頭に入る様になるから、論破するのに都合がよくなるのだ。我々が今此処こここの構内へ侵入すれば、彼等を立腹させ、単に反抗心を煽るのみで何の得る処もないであろう。彼等の意志に反する檻禁かんきんこの世界に於ては長時に渡って継続する事はむずかしいから、捕虜にしてもその効果はないのだ。強硬手段は今やった丈で充分である。」

 ワアド氏が此時質問を発しました。――

『一体幽界での食物には、食べるとどんな変化が起るのだろう?』

 レックス。『口へ入るとその幽質が破壊して、別種の幽質になって原形が消えるのです。そして矢張り肉体に於ける排泄物はいせつぶつの如く体外に除去されるのですが、ただ一つの相違はその食物が身体を養わぬという点です。食物といってもそれは破壊を嫌がる意志の無い物に限ります。動物などはその物に捕獲から逃げ様とする意志がありますから、捕まえて料理する等という真似はしたくも出来ないのです。』

 ワアド。『じゃ羊のすね御馳走ごちそうを食べたという話は嘘かね?』

 レックス。『僕はそんなものを此処ここで見た事はありませんよ。実験の目的で食物を取った時に、僕が口へ入れたものはセロリとか林檎とか云う植物性のものばかり、し意力があるとしても計算に上らぬ程微弱なものでしょう。』

 黙ってレックスの説明に耳を傾けていた叔父さんが此時このとき口を開きました。――

 叔父。『食物という問題になると、幽界と霊界には格段の相違がある。第一食物は私等の住む霊界には絶対に無い。地獄には食物があるから羊のすねも見附かるであろう。地上の醜いものは皆な地獄へ落ちるのじゃ。だがその羊肉も如何程いかほどナイフで刻んで口へ入れても、腹は張らぬ。それは未だしも食事が済んで皿の中を見ると御馳走は元の侭という次第じゃ。』

 レックスは脱線した話を元へ戻して続けました。――

て士官は敵軍の処置について、暫らく考えてましたが、やがて命令を発して――

この敵陣には今千三百人程の人員がる。我軍には五百名の見張りが出てるから、二千名丈残したなら敵の包囲には充分であろう。伝令君!(兄さん、もうあの伝令は此時このとき少佐になってましたが、以前からの呼慣しで、士官はいつもう呼掛けるのです)君は此処ここに残って旅団長格で指揮の任に当ってくれ給え。戦場で援兵をしきりに求めてるから、私は其方そっちへ他の人員を振向けなければならぬ。君は(僕に向って)此処ここに見物をしていた人達の世話をしてよく事態を説明してあげる事が必要だ。S大佐! 君は捕虜を連れて本営にるのだ。私がいずれずよく話をして見よう。訳が判って味方となる人達もある事と思うが……。とにかく私の帰営する迄は監視をよく頼む。放免はそれからだ。この世界へ来たての人に悟らせる事はさして困難ではない。」彼は再び伝令に向って「旅団長! 余程細密な注意が肝要じゃ。の敵営内にあるクラブの会員の中約三分の一は女だが、女だと云うても危険な事は男と変りは無い。女だというので自然手硬い取扱いも出来ないという点で、彼等はかえって危険かも知れない。とにかく敵のクラブ員が外部に出ぬ様にする事と、彼等が外部から食料や人員を補充する事とが出来ぬ様にする。この二つの手段だが、私は君を信用してこの大役を任せる。しっかりやってくれ給え!」

う云い終って士官は部下をひきいて退場しました。S大佐はもう既に此時このとき大半は覚醒して我軍に伍した捕虜連を本営に導き、伝令君は大役に取りかかりましたから、僕は言い附けられた通り戦死したばかりの二人の準士官とB大尉と呼ぶ将校の説諭の任に当りました。ずB大尉の方から始めるために、準士官の方は軍曹に頼んでおいてB大尉と会話を交えながら歩きました。の人は死ぬ前に相当苦悶したので負傷の瞬間に命を奪われた人に比べると、死の直後の体験がいささか趣きを異にしています。他にもういう人も多くある事故ことゆえ、詳しくお話しましょう。』


三十八 救護団反対運動

目  次

四十 B大尉の死


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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