幽界行脚

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三十八 救護団反対運動

 それからレックスはワアド氏に向って、士官の主宰する救護団について話を進めました。――

にいさん、士官の話によると我々の活動に対抗するために、暗黒界でも同じ様な団隊を作り、服装まで我々のを模倣もはうして、死人の誘惑を企てているそうですよ。この話を士官から聞いた時、丁度傍に彼等の毒手から救い出されて、士官のもとに来た年少の少尉がいましたが、その人は僕に向って当時の事をくわしく話してくれました。大体を繰返して見ましょう。――

 私は突撃の際に頭部を射貫いぬかれて殺されたのですが、暫時しばらく失神の後、ふと気が附くと、身体が何ともないので一時気絶をした位に考えて、再び前面の敵を眼がけて突進しました。処が可怪おかしい事には、いくら敵を射殺しても一かうに人数がらず、同じ敵兵が頭を射貫かれながら、三度も蘇生そせいして戦かってる事や、自分自身のからだに二度も敵弾が命中したのに何の反応もない事や、大分様子がちがっているのに不審が起り、きっと頭が昏惑して悪夢におそわれてるのだと考えましたから、一生懸命に夢からめ様と努力しましたが、その甲斐かいがありませんでした。其中そのうちに自然その戦場を離れて静かな低地に来たので、地上にすわってうなる事かと考える中に、死んだのではないかと思い附きました。すると二人の兵卒と一人の大尉の服装をした人とが眼の前に現われたので、私は飛上って敬礼を済ませた後、その人達に尋ねました。――

「私は死んでいるのですか、生きているのですか?」

 その将校が答えて云うには「死んでいるのだが、それは地上の人間共の云う事で、あなたが気にする必要はない。此処ここも、死ぬ前の世界も、生活に大した変りは無いので、上手じょうずにやれば随分と面白おかしく暮せるのです。欲しい物が何でも手に入る。金は一文も払わないで済む……。」

「どんな物でもですか?」

「勿論どんな物でもです。が、矢張り落附く迄には手伝人がりますよ。だから私達が来たのです。多勢の人が此処ここへやって来るが、皆なれぬ世界にほうり出された事故ことゆえ、茫然自失して彷徊うろつき廻っている有様で、如何にも気の毒だから、私等一同相談の結果、一団隊を作ってこの世界へはいって来る人々を援け始めたのです。といって我々は勿論聖人せいじんでも何でも無いですよ。もっとこの世界にも地上と同じ様に、賛美歌なんかばかり歌っている連中もありますがね……。しかしあなたは、そうした窮屈な社会はあまり好きでもなさそうですな。』

「その通り! あまりやかましい連中は御免ですね。」

「それならば丁度よろしい。私達のクラブへ御案内しましょう。顔馴染かおなじみの人もるでしょう。―― 又直ぐに仲間が出来ますよ。処で前以まえもって君に断っておきますが、牧師なんかというものは、えらく見せるために種々いろいろむずかしい小理窟こりくつを並べたがるもので、善だの悪だのと小やかましい事をいうが、だんだんわかって来て、われわれが牧師の罪だという事を平気でるのが、悪くはないという事も自然と会得が出来て来るものだ。ね君、教会じゃ死後の世界を天国だの地獄だのと教えるが、この世界をどう思う。此処ここが想像とは全然ちがった所である通りに、牧師の教える善行悪行なんてものは皆な嘘だよ。」

 こんな話をしながら私達は歩き始めました。調子のよい人達の面白い話に釣込まれて、我知らず足が運びましたが、其中そのうちに大きな建物の前へ出ました。相応構内も広そうなこの大家屋の周囲は可成かなり乱雑で、女や男がごたごたと歩るき廻っていましたが、私達は其所そこへ入ると、その大尉が「これが我々のクラブですが、君も入会し給え。」というので、私は「会費は幾何いくらですか?」と彼に尋ねると、「君は判らないね。一もんも払わずに、しいものは何でも手にはいる所だと話したじゃないですか。」と面倒くさそうに呶鳴どなられてしまいました。

 内部なかはいってその男が、私の姓名を帳簿に記録すると、他の一人がそれを証明してくれました。私の入会の手続きが済むと、「さあ飲みに行こうじゃあないか。」と云われたので、私は又吃驚びっくりしました。「の世界でも飲むなんて事があるのですか?」「勿論さ、ウイスキーソーダはどうですな!」と極めて簡単な挨拶でした。

 それから私もけずに一ぱいやりましたが、どうも工合が変でした。飲んだ様な気がしないので、二杯三杯と重ねて見ましたが、成程ウイスキーソーダの様ではあるが、ピンと来ない点があやしいので、その事を連れの男に話すと、

「そりゃ君が幽界の食物に慣れないためさ。実は実際美味うまく飲める方法があるのだが……いずれ話す事にしよう。」

 彼は私を種々いろいろな人々に紹介してくれました。「このクラブには誰れでもはいれるのですか。」と質問しましたら、こんな返事でした。――

「イヤ誰れでもと云う訳には行かない。我々は相応平民主義だが、それでも此所ここはただの兵卒では会員になれない。兵卒には別にクラブが出来て居て、この将校クラブの会員は、その兵卒クラブの名誉会員になってるが、ホラあの樹の向うに見えるのがその兵卒のクラブですよ。可成りいい場所でしょう。以前からの習慣というものがあって、兵士達が将校の間じゃ面白く行かんからね。――しか此所ここで一つの問題は、兄弟で身分のちがう場合なんか、別々のクラブに出入するのも工合が変なので、そんな時には出来る丈一方を、兵卒から引上げて将校にするという事もある。内部なかはこんな工合に軍隊式だが、入会は全く自由です。」

「何からこんな思い附きが出たのでしょうかね。」

「実をあかすと我々は士官という名で、通っている男のしている事業から、ヒントを得たという訳だ。この人物は札附きの人物だから気を附けないといけない。生前もしたたか者だったとの事だが、此頃このごろは善人ぶって基督教青年会に似たものを経営しているとの事だ。」

「けれども、」と私は反対しました。「基督教青年会はなかなか戦線でいい働きをしていますよ。」

「そりゃそうだが、何も救世軍式に御祭騒ぎをするにはあたらないさ。あの士官という先生は自分の勢力をひろげようというので、或る団隊を作って、新たに殺されて来る奴等を導いて、この社会の危険性から人々を救うという事業をしている。地獄の話で人をおどして、天国に行きたければ斯くすべしとが、斯く為すべからずとか、丁度説教坊主の様な真似をしてるが、言ってる事ァみんな我々から見りゃ馬鹿馬鹿しい事ばかりだ。彼奴きやつの生前の悪行を知ってるものは、あんな馬鹿げた理窟りくつによくも引掛ひっかかる阿呆あほうがいるなと思う位、大勢の人間がその仲間に引張り込まれているが、彼奴きやつの虚栄心の犠牲になる亡者共は実際気の毒なもんだ。何にしても面白い事ァ全く御差止めの状態ありさまだから、皆な元気も何もない飢鬼がきの群の様に見える。あんまり気の毒だから、此方こっちでも団隊を作って、野心家やしんかの道具にならない様に、人達を助け出す事を考えたので、組織丈は彼奴のがうまく出来てるから、一寸真似をし始めたという訳さ。人間は自由なものだから、教会へ行きたい人は行くがよしだが、人の行為おこないの批評はよくないよ。全くやかましい番兵共は真平御免を蒙りたいのさ。所で君、僕等仲間の標語はういうのだよ――自己の行為が他人に迷惑を及ぼさざる限りは、如何なる行為といえども自己の求むる所に従いてこれを信じ、つ実行して可なり。」

「なかなか面白いモットーですな。」

 こんな話をしてその大尉と別れましたが、其辺そのへんで格別する事もなく暮すうちに、間もなくある女と知合になりました。三年程前に死んだ人で、未だ生残ってるおっとの事などは馬鹿扱いにしてる様な如何いかがわしい婦人だったのです。何にしても異性間の事ですから、私達は自然と仲が善くなりました。此頃このごろ私はこのクラブ内に泊って、食べたり寝たりしていたものですから、クラブ員の活動の模様も解って来ましたが。内部の組織は士官救護団そっくり、其侭そのままの模倣とでもいったらよいでしょうか、絶えず戦場へ出掛けて新しい死人を誘って来るのでした。もっとも私はこの女と遊ぶのが忙しかったので、この方面の働きはしませんでした。芝居、音楽会、舞踏会と一緒に浮れ歩いて居たものですが、どういうものか精神的な快楽には相応満足な結果が得られますが、物質的の快楽となると、いつも不満に終るのです。

 とにかく私は結婚を申込むほどこの女にきつけられてしまったのです。

 処が女の方では私の申込みを受けてもただ笑っていました。

「オヤ、あなたは随分古いのね。聖書にだってういう文句があるでしょう――めとらずとつがずって……。だけれどそんなに変な顔をしなくてもいいわ! 結婚式だってそんなに悪くはない事よ。……そりゃあなたがぜひ牧師さんに頭の上で、鹿爪しかつめらしい文句を饒舌しゃべって貰いたければやりますさ。だけれどもこの世界じゃ死ぬって事が無いから、後から都合の悪い事が出て来ると困る事よ。お互いに早晩飽きが来るにまってますもの、その時また離婚の手続きなんてうるさいじゃないの。どの道赤ン坊なんてものは出来ないんだから、結婚なんて面倒な事はしなくったって差支えはありませんもの。子児こどもの問題があるから世間の人は結婚するのよ。やかましい義務だの責任だのというものは御免蒙って、いい事丈で行こうじゃありませんか……。それはそうと、あなたは此所ここへ来てからお酒をほんとうに美味うまく飲めた事があって? 無いでしょう!

「全く美味おいしく飲めませんね。何故なぜでしょう? 酒場で飲む酒がただ無暗と後を引くばかりで、少しも本当の味がしませんね。」

「あなたは未だ本当の飲み方を知らないからよ。それが判らないうち如何どうして結婚するか解りっこはないわ。――あの大尉さんに飲み方を習っていらっしゃいよ。」

 う云われたので私は早速大尉の処に駈け附けて、この話をすると、彼は直ぐに便宜を与えてくれました。――

「じゃ私が最初に飲み方を教えてあげるから、結婚の方はあのお嬢さんにお習いなさい! オイT君! 君この方を地面の上におともして飲み方を教えてあげるのだ!」

 呼ばれたTという人にともなわれて、私は地上へ出掛けました。

 この話をワアド氏に伝えてるレックスは、右の青年将校が、如何いかにも過去の不愉快な出来事に触れるのが苦痛らしい表情をして、語り出したと言うのでした。すると此時このとき傍に居た例の陸軍士官はこの暗黒界の巧妙な活動振りをレックスに向って、次の如く批評して聞かせました。――

『実際悪霊共の奸計にはすきが無い。私は前から彼等の謀計はかりごとに気附いては居たが、それほど上手な遣口やりくちをしてるとは初耳である。すべて実権を握ってる悪魔共は、裏に隠れて誘惑した人間共を道具にし、自分等は蔭からあやつつて新たに来る人々をおとしいれるのだ。悪魔自身が表面に現われたのでは人間にも内兜を見透みすかされるおそれがあるので、未だ善良な気分が残っている人達を先棒さきぼうにして人々を誘惑するという謀計だが、何にしてもこの世界では欺くと云う事は出来ないから、人間の無智を利用して迷わして堕落さすと云う憎むべき方法を取っているのだ。だが実に深い計劃けいかくをしたものである。

この反対派の団隊の会員達、即ち悪魔に利用されてる連中は、憑依の罪悪である事、及びその恐るべき結果について全く知らぬ気の毒な人達である。彼等は霊界は勿論の事、この幽界に関する知識すら極めて浅薄せんばくであるから、悪魔共のいう処を一概に信じて、私を大悪人と考え、何事によらず私等のする事に反対した行動をとるという事になるのだ。私の生前の悪行を指摘して誹謗そしりまととする処等は実に悧口りこうでは無いか。又私の救護団を真似て知らぬ人を欺き誘惑する場合等も手にはいったものである。漸々堕落して行く道は、外見はそう悪くは見えぬ。ことに死の直後の人々が地上界で生活をする時の事であるから、未だ抜けきらぬ物質的の本能を挑発ちょうはつして、誘惑する巧妙さには感心してしまう。ドー見てもその背後にしっかりとした策士がある事を思わずにはられない。』

 レックスは此処ここで又話をあとへ戻して、救われた少尉の物語りを続けるのでした。――

 レックス。『Tと云う人に連れられて地上へ酒を飲みに出掛けた少尉は、その先きの成行をう話すのでした。――

 Tはそれから私をロンドン西部の有名な、ナイトクラブへ引張り込みました。影の様に見える壁や室内を苦もなく突抜けて、我々はサロンに出ましたが、其所そこではダンスに興じている人達の周囲を幽界の住人共が見物しながら取巻いていました。それからバーにはいりましたが、其処そこには多勢の男や女がだらしなく酔いどれているのでした。

「オイ君は何を飲むのかい。」とかれて「僕はウイスキーソーダがいいな。」と答えると「じゃ、僕のする通りにし給え。」――ういいながら、彼は其処そこで飲んでいた一人の人間の躯に、何ともいい様のない恰好かっこう執拗しつように纒い附きました。

 其処そこで私も、大分飲んだらしい人間共をつかまえて数名やって見ましたが、どうもなかなかうまく行かない。Tの他にも数名の酒呑亡者がいましたから、その人達の遣口やりくちをよく研究して、ようやくコツが解りました。

 とにかく、幽界のクラブで飲む時とは比べものにはならぬ程美味おいしい。生前やりつけた味に余程近いものでした。ですが私のからまって飲んだ人間が、私を振放して其処そこを去ってしまった時私の飲酒慾は一層つのばかりでした。

 其処そこ此度こんどはある大ホテルへ行きました。けれども飲酒法の束縛があるので、未だバーは開かれず、時刻を待っている幽界の呑助共は、大分とフラついていましたが、肝心の人間が居ないので、持ち切れぬ私は、棚の上のブランデーのせんを抜こうとしましたが、一向手答えがないので驚きましたよ。待遠しさにごうを煮やしているうちようやく戸が開いて、人が多勢はいって来ましたが、生憎あいにくと一二杯引掛けて出て行く連中なので、なかなか憑依とりつく暇がない。

 其中そのうちに大分酩酊めいていした一人の商人がはいって来ました。バーの主人は一寸考えた様でしたが、大丈夫と見たか黙認したので、手ぐすね引いて待構えていた亡者連中は、ソレとばかりに我勝ちにその男に飛附き、争奪戦が始まりました。勿論私の様な新前は手をなくけられてしまいましたが、古参こさんのTも悪戦苦闘の甲斐なく、他の仲間にしてやられてしまいました。

 この商人は間もなく断られて出て行きましたが、その躯にからみ附いた亡者は、其侭そのまま一緒に出て行きました。少時しばしの後私にも機会が出来て、一人の器械工に憑附くっついて数杯飲みました。夜がけて二時半になると、皆なバーを追出されて町へ出ましたが、私はなおその男と離れませんでした。この男はそれからウイスキーを二本買って、二人の連れと共に小穢こぎたない事務室ようの場所へ帰りました。これから又この三人は今買て来た二本のウイスキーと、更に他の二人が買て来た三本と、都合此処ここで五本を空にしました。一人は全く酔いつぶれて倒れてしまいましたが、私の憑いた男と今一人は正気しょうきで、アルコホールにただれてフラ附く躯を、引づり引づり又町へ出掛けて、怪しげな場所へはいりました。此頃このごろには私ももう充分飲んだので、酒に厭気いやきがさしたのみか、気分さえ悪くなったので、この男を離れ様ともがきましたが、どうしたものか全く縛り附けられたものの如く離れる事が出来ません。已を得ず後悔こうかいしながらも一緒にりました。

 この男はそれから人達の間に交って、イカサマ博打ばくちを始めました。其中そのうち仲間だと思っていた人々の中に探偵が交っていたので捕まってしまい、遂に監獄へ投込まれたのです。

 此時このとき私はその躯から離れる事が出来ず、一緒に獄内にる様な始末でしたが、酒を飲む事が出来なくなったために、この男と私との間の関係が漸々だんだん希薄になり、遂に自由になる事が出来ました。暫らく地上を彷徊うろうろして後、例のクラブへ帰りました。

 例の女にこの話をして、もうりごりだと申しますと、

「あんたは新前だからやり過ぎたのさ。少し加減をすれば、人間に縛られる様な事は無いのに……」と笑われてしまいました。そして結婚も同じ方法でするのだと聞かされ、少し不気味ぶきみでしたが、弱虫呼ばりをされるのが口惜くやしさに、決行する事にしました。

 私がくわしく説明せずとも、充分御想像がつく事と思いますが、ただ此度こんどは前の酒を飲む場合と比べて、人間が二人る丈に少し事面倒な点がありましたが、とにかく恰好かっこうな人達を見附けました。初めは平穏無事でしたが、間も無くお互いの間にみにくい慾望が募って、私達二人も人間二人も悪戦苦闘を重ねた末、私との女との間に飽きが来、人間の躯から離れたくなりましたが、又しても縛り附けられて自由がききませんでした。幸い其中そのうちに男の方が、病気になりました。すると丁度前に人間が酒を飲まぬ様になった時解放された様に、私はこの男から離れる事が出来ました。女の方でも自由になれましたが、勿論此時このときはお互いにきていましたから、女は直ぐに別の男のもとはしりました。

 こんな悲惨な状態にあった私の耳にふと響いたのは、誰かが私の名を呼んでいる声でした。振り返って見ても、誰れも見当りませんが、名前丈は何度となく聞えます。だんだんその方向に従って行くと、未だ地上にる母の呼ぶ声だと判ったので大急ぎで進むと、母が私のために祈っている処でした。実際此時このときほど自分の堕落を恥じた事はありません。母の姿を見ておぼえず前へ進もうとしましたが、何の力か、私はグッと引きとめられて前へ出る事が出来ませんでした。失望のドン底に落ちた様に感じて、何と云う当てもなく振り向いたまま、ドンドン馳け出しました。もうクラブへは帰りたくは無い。何となく悪の発生地の様な気がしたのです。と云って別に行く処もありませんから、新規蒔直しの積りで再び戦場へ出かけました。

 職場で運よく士官の救護団の一員に逢いました。クラブにりたものですから、初めの中は疑ってましたが、陸軍士官と云う名前が出た時に、前の大尉の悪口を想い起し、あのクラブと反対の団隊ならば、きッと善良なものに違いないと考えました。同時に境遇が淋しいために善くない慾望が、頭をもたげて実に危険に考えたので、誘惑を避けるためにと思ってこの救護団に身を投じました。

 私はその兵士に士官の処へ直ぐ同道してくれと頼みました。彼は一寸躊躇ちゅうちょしていましたが、私が熱心なので要求をれてくれました。士官の前へ出ると私はその強大な感化力を感じました。一目で私の全生涯を見く眼力、中からあふれ出る偉大な性格の力、傍にる丈で自分の力が増した如く感じ、私は恐ろしい誘惑に抵抗する力を与えられるのでした。

 私はこれで覚えてる限りの事はお話しました、実に慚愧ざんきの至りです。この憑依という事は実に怖るべき習慣であります。丁度薬弄くすりいじりの様なもので全く際限がありません。士官の救助がなかったならば、私は最後の誘惑に打勝つ事は到底出来ず、今頃はどんな堕落をしていた事でしょう――

 これでレックスの少尉に関する物語りは終りました。

時間が大分経過したので、ワアド氏は其所そこで話を切上げて現界へ帰りました。


三十八 救護団反対運動

目  次

三十九 士官の勝利


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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