幽界行脚

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三十七 御母さんの死際の思出

 同じく十二月三日の訪問日には、レックスは向きを変えて御母さんの死際の時の思出話をするのでした。――

『丁度御母さんの死なれる二三日前でしょうかね、僕は何だが現界へ帰りたくて帰りたくてたまらなくなった。理由が判らないので叔父さんに話すと、「それじゃとにかく一緒に行って見よう。誰か呼んでいるかもしれない。ひょっと地上生活に引つけられても困るが、私がついて行けば大丈夫じゃろう。」ういった叔父さんに連れられて地上に戻った僕達は、御母さんの部屋の中へ出ましたよ。

『直ぐに御母さんが死にかかってられるのに気附きましたから、そのままそばにいる事にしました。其中そのうち種々いろいろな霊が集合して来ました。悪鬼の様な自然霊しぜんれいも見え、それ等は瀕死体から流出する生気せいきを吸取ろうとしている様でした。悪性の幽界民も居ましたが、こんな手合てあいも悪い目的で群がって来るのです。一方には御母さんが肉体から離れた時、保護するために医者と看護婦達もいました。現界と違って各自の目的が判然はっきりと判る処が幽界の面白い処ですね。地上の様に外見をつくろってだます事は出来ませんよ。

『時間がつに連れて寄って来る霊もだんだん数を増して、善霊悪霊が病人の両側に分れて相対しました。私達は勿論むろん善人の仲間で御母さんの右側にりました。臨終の時が近寄ると、物凄い悪相の霊が列を離れて、病床の足部にスックと立上りました。すると御母さんの守護霊が、これと反対に頭部の側に姿をあらはし、御母さんの躯の上に静かにその手を差べて、保護するかの様に見えました。

『悪霊共が騒ぎ出しました。罵るもの、怒ってわめくもの等が劇しく抵抗したが、守護霊の威力にかなわず、だんだんと退去して、最後に御母さんの足の方に立っていた親玉株のみが残ったりでした。この悪霊は相応強力なものと見え、話す度に黒雲のごときものを身体から出しながら、大声を発して言いました。――

の女が行った総ての悪行に依って、自分は女が自分等のものである事を宣言する。自分はこの場を立去る事はしない!」

 輝いた守護霊がそれに答えた。――

この女の為した総べての悪行に対しての代償は既に払われてり、又払われんとしつつあるのである。しかしながら彼女の為した善行の総てに依って、自分はこの人に対する権利を主張する。この場を立去れ! 汝等が出るべき場所で無い事は明白ではないか。自分がこの女を支配する限り、汝等悪霊共は此傍このかたわらに近寄る事は不可能である。」

「自分はこの女の事を覚えて置くぞ。」と悪霊は薄笑うすわらいを浮べながら云いました。すると善霊も負けずに、「自分も守る事は決して忘れはせぬぞ。」

 と云い返しました。これで黒い悪霊は消えましたが、同時に守護霊も姿を隠して、後は幽界から迎いに出掛けた親切な善霊達ばかりが、御母さんの周囲を取巻きました。

『見てる中に御母さんの頭の方に蒼白あおじろい光りが現われ、其処そこからだんだんと幽体が抜けて出ましたが、前にも御話した通り御母さんは其侭そのまま寝続けていられるので、お医者の一行が担架たんかに乗せて病院へ運んだのです。四人でになってましたよ。叔父さんと僕とはあとからいて行きました。そうしておもそうにもない荷を、四人とはあまり大袈裟ですから、叔父さんに左様そういいましたら、東西南北の四点を守護する事が危難を防禦するのに肝要かんようであるとの事でした。

『病院が消えると、我々は雲の中を通って夢の国へはいりました。此処ここを通る時看護婦の一人が、耳慣れた讃美歌を歌い出したので、僕は一寸里心さとごころが附いて現世が恋しくなりましたね。病院へ着いてからの有様は、兄さんももう御承知の通りです。』

 此時このとき御母さんが云いました。――

『悪霊が来た話を聞くとほんとに身のがよだちますよ。でも私は何にも知りませんでしたわ。』

『御母さんは寝込んでいたからです。』レックスは続けました。『ね兄さん、御母さんは、今じゃすっかり丈夫になられましたよ。病院の頃には僕はほとんど毎日御見舞に出掛けましたから、士官の救護団の仕事は、ほとんど出来ませんでした。其間そのかんに隊はグングン発達して行きましたよ。もう少しこの方面の話をしましょうね。』

 レックスは士官の事業について再び語り出すのでありました。


三十六 幽界の社会相

目  次

三十八 救護団反対運動


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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