幽界行脚

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三十五 レックスの活躍振り

 一九一七年十一月二十六日の夜半に、ワアド氏が例の如く霊界のレックスの家に行くと、三人共丁度在宅でした。レックスは自分の経験から、この日も種々いろいろと幽界の有様について話を始めました。

 レックス。『僕は第一層は一寸覗いた丈で、ほとんど内部の事は知らないし、第一層即ち最下層は全然見た事がないから尚更それについて何も話す事は出来ない。それで今日の僕の話は僕達が地上界と名附けた第三層から始めますからその積りで聞いて下さい。

『僕が死後に意識を取戻した時、死人同志で戦争を始めたのは兄さんも御承知の通りですが、今考えるとあの人達の中には生きてる者も居たのかも知れません。が、何もかも混沌としていてよく解りませんでした。そのうちに自分の死んだ事に気が附きましたから、其処そこを離れて夢の国即ち第四層に抜け出したのです。前にもお話した事ですが、便宜上もう一度簡単に繰返すと、僕がこの第四層で茫然としてる時に地面の中が明るく輝いて僕の葬式が見えましたが、その時ばかりは何とも云えぬ優しい和かな気分になりましたよ。それから再び意気消沈してると、兄さんが来て慰めて下さった。あの時僕は一時勇気づいたけれど、兄さんが帰られてから又物悲しくなって来て困りましたよ。生前仲のよかった人達の悲みの波という様なものが流れて響いて、この胸に感じるのじゃないかと思いましたよ。けれど叔父さんが来て下さるという事を兄さんに伺ってましたから、ただそれ丈を力に辛抱していました。

『叔父さんを待つ間は実際長く惑じましたね。そこで叔父さんから種々いろいろこの世界の話を聞き、第五層や六層へも連れて行って頂いたのですが、あのアーケアン時代の無声の国へ行ったのも丁度その頃の事でした。其処そこで僕は自分を充分に反省する事が出来、頭の中も明瞭になり、周囲の事物に興味を感じる様になれたので、この現在の世界に来て住む事になったのです。

『僕は周囲の事情にれた時に、地上界に戻って働き始め、そして救い上げたのが、あの伝令です。あの人も最初は随分と間誤まごついていた様ですが、もうすっかり慣れて、此頃このごろでは幽界へ入って来る兵士達の救済で大活動をしていますよ。処で僕があの士官の手引で修業のために第三層で種々いろいろの働きをしてる中にあった経験を少しお話しましょうか。

『丁度イープルの戦場に出掛けた時の事です。一隊の兵士が塹壕を出でドイツ軍に向って突撃するのを見ていました。勿論見る見る中に死骸の山が出来て行きます。そして重傷でうめいているものは其侭そのままですが、グッタリと地にたおれている死骸からは、見ているうちに溌溂とした人間の姿がぬけ出て来ます。矢張り手に手に銃を持っているのですが、起き上るとすぐ敵を目がけて突進して行くには驚きましたね。勿論其辺そのあたりには生きた人間も群がってるのですが、今屍体から産れたばかりの先生達の目指すのは、矢張り敵軍の亡者達です。双方とも阿修羅の様に死んだいのちを又投げ出して争う有様は、馬鹿馬鹿しくもありますが、随分と物凄いものでした。士官の「進め!」という号令で、私達救護団はその真唯中に飛込んで活躍し始めました。僕は一人の英国兵を修羅場の中から連れ去ろうと誘いました。その男は後から聞くとホワイティングという人でしたが、僕が怖がって逃げるものと勘違いをし、臆病者呼ばわり]をしてさんざん罵るのです。それからこんな会話が始まりましたよ。――

「上官の命令を聞かないか。さあ直ぐにいて来給え。」

 僕がういうと、この男は怪訝けげんな顔をして、

「上官はやられてしまったのだ。君は俺の隊の人じゃあるまい。さもなければ独逸ドイツ兵の化物だろう。貴様なんかの命令で此処ここを退くと思うのか?、さあ、愚図愚図しているとこの銃を突通すぞ!」

 僕が落ついているので、彼は益々猛り狂って来ました。「何を愚図ついているのか、馬鹿め! 貴様なんかに負けるものか――この塹壕を取る気だな? さあ取って見ろ!」

 躍り上ったこの男は、イキナリ、僕の尻を銃の台尻でドンと突いた。勿論むろん僕の躯に傷はつかないが、眼から火が出そうに痛かった。が、僕だってなかなか負けてはいない。

「よく考えて見なければ駄目だ! 君だって、僕だって、皆な此処ここらにる連中は死人ばかりなのだ。君がいくら威張ったって塹壕はどうにもならないのだよ。さあ僕のこの胸の真中にその剣を突通して見給え! 心臓を刺されても僕が平気でいたら、 僕が真剣なんで、何と思ったか彼は語気を変えて

「君は未だ若いよ。きっと頭に故障が起きたんだな! 後部の方に行けばどうにかなるだろう。君は早く帰った方がいいよ。僕だって悪気わるぎで打ったのじゃなかったんだ。早く気が変だと判りゃあんな真似まねはするんじゃ無かったのに!」

 とうとう僕は狂人にされてしまいましたよ。それでも屈せずに言葉を続けました。

「僕は正気だよ。ただ君に死んでる事を知らせたいのだ。死ぬかどうかまあ試しに僕を突刺して見給え!」

 彼はこれ丈云っても承知せずに「そりゃいけない。いくら気が狂ったって何だって、自分の国の将校を殺す事あ出来ない。おれの仕事の邪魔立はもうやめてくれ! ドイツ人を殺すのが俺の役目だ!」

 どうしても胸を突かないから、僕は仕方なしに、左の手をその眼前めのまえに突き出して、「じゃあ君、この手をし通して見給え」と云ったら、その男はニヤリと笑って、

「オヤ君はなかなか利口りこうだね。負傷休養という奴でうまくやろうというのか? 真人間まにんげんならそう注文通りには行かない処だが、まあ君の様な人にはその方がいいのだろうな……。が、痛いよ! まあ五秒丈待つから、もう一度考えて見た方がいいだろう。」

「待ってもらわなくっていいからすぐやって見給え。だが、どうなるか、よく見ていなければ何にもならない。しっかり注意して居給え!」

「そんなら突くぞ! だが、いくら痛んでもあとから文句は無しだよ。」

 彼の銃剣の切尖きっさきは僕の掌を貫通つきとおしました。勿論むろん僕は二三秒の間は痛みを感じました。彼は剣を手許てもとに引いて馬鹿な奴だと云わんばかりに僕の顔を見て、嘲笑を浮べていたが、だんだん驚愕の色を浮べて来ました。

「オヤッ! きずなおって行くぞ!」

 っくりではあるが、見てる中に、掌のきずは周囲から盛上ってふさがり、ついには傷痕きずあとまで綺麗に無くなりました。

 其処そこで僕は「君よくわかったろう?」と尋ねると、未だ「俺の頭は今日は工合ぐあいが怪しいぞ。」とつぶやいている有様でした。僕はどうかして眼をさましてやりたかったので、「それは違うよ、君の頭が変なのじゃないんだ。僕達はもう生きているからだでないから、こんな事があるんだよ。まあ此方こっちへ来給え。だんだん判って来るから――」

 丁度目前でドイツ人と英国人とが殺し合ってましたから、それを見せてやりました。銃剣で渡り合ってましたが、英人の剣がドイツ兵の胸をグサと刺しました。ホワイティングが「うまいぞ!」と怒鳴って喜んでいる中に、地に倒れたドイツ兵はぐムックリと起上って、再び英兵に飛掛りました。不意に急所を突かれて、此度こんどは英兵が一たまりも無くどううしろに倒れたので、勝ちほこったドイツ兵がその銃を奪って、立上りながら「万歳」と叫んだ。と、足下あしもところがって居た英兵がヒョイと起上おきあがり、手にした銃床でドイツ兵の脳天をドャシつけました。見ていたホワイティングも流石さすがに変だと感じて、「馬鹿馬鹿しい! あのドイツ兵は、二度も殺されている。あの味方の兵も一度死んだ筈だが! オヤ、又戦い始めたな!」

 大分気がついたらしいので、「今度こそ判ったろうな?」と尋ねましたら、彼はようやく、「どうも君の話は本当らしい。しかし死ぬのは案外楽なもんだな。どんなにむずかしいものかと考えていたのに……。」

『僕はそれからこの人を連れて、例の陸軍士官の処へ来ると、もう大分多勢の人々が集まっていました。やがて士官が「さあみんなで次の上層に帰るのだ!」と号令しますと、この地上界がグングンと消滅して、僕達は第四層に戻ったので、其処そこで二三人づつの仲間に分れて、銘々連れて来た人の教育に従事し始めたのですが、僕はのホワイティングを説得するのに当分かかりましたよ。彼は家の事を思出しては愚痴ぐちるのでした。

「俺は構わないが、あとに残ったかかあや子供が、どんなにみじめな思いをしてるかと考えると全く情けない。おかみから出る金だって知れたもんだ。える気遣いは無い。俺だって一週間に五ポンドから十ポンドまでは稼げる腕があったんだ。いくら国のためだって、命まで取られて家の者をぼしにするなァ全く考えものだ……。」

 すっかり悄気返しょげかえってしまうので、僕も実際手古擦てこずりましたよ。其処ここへ折よく例の士官が来たのです。ホワイティングは又ブツブツ云い始めましたが、士官にかかっちゃ誰も文句は出ませんね。う云ってきめつけられましたよ。――

「君の云う事に間違いは無い。私が生きてるのなら左様そう云ってもあげようが、生憎あいにくもう向うの世界とは縁が切れてる。君にしても同じ事だ! 甲斐の無い事を繰返したって仕方が無いではないか。さあ文句を云わずに私の云う事を聴きなさい!」

 ホワイティングはなお何か訴え気なのを、し附ける様に士官は命令しました。――

「君にも私等と同様に仕事があるのだ。君は自分が救われた様に、又人を救わなければならない。が、この世界にれなければ何も出来ないから、一度落着く必要がある。用意が出来た時に私の隊へ加える事にする。初めは工合ぐあいも悪かろうが、慣れて見ればこの世界の方が生前より遥かに愉快な事が判って来るのだ。もう君は地上の世界の濁った空気や、きたない社会、ことにあのいやな塹壕生活をしないでよいのだ。喜んでいい訳なのだ! 此処ここには君の仲間も多勢来てるよ。(士官は此時このとき、急に物静かな同情のこもった口調くちょうになって)時には君も後に残った家族の事を考えるだろうが、君が悲しむ事は却ってその人達の嘆きを増す事になるのだから、我慢しなければいけない。そしてその人達の悲嘆は又君を悲しくさせるのだという事も知って置く必要がある。生活のために苦しむ事は実際気の毒には相違ないが、そうした人々は自然死の恐れも薄くなるし、従ってこの世界へはいった時には、人並以上幸福に感じられる特典がある。全く地上の社会は困難の多い処で、下等な私利私慾に充ちた奴輩やつばらが横行してる場所だ。それに反して此処ここでは、ただ命をつなぐため丈に朝から晩まで汗を流す必要は無いのだ。食物が不要だからいやな仕事でも我慢して働くなどという者は居ない。即ち職業という暴君は存在しないのだ。君の家族だとていつまで地上にるものでもあるまい。つらい生活をしてれば、それ丈、現世を離れる時に未練も無く、他日、より幸福な気分で君の処に来る事が出来ると云うものだ!」

 今度は又急に厳然とした態度になって、士官は一段声を張って言いました。「しかし人類にかかる痛苦を持来らしめたる者共に対しては、死の瞬間は最も怖るべきものである。苦しめられた者共の怨恨が報ゆるのでは無い。彼等は我が悪行から自縛自責じばくじせきの応報を受けるのだ。私はこの苦しみを自ら経験したものだ。私の言に間違いは無い!」士官の熱言に頑強なホワイティングも動かされたか、「よく判りました、士官殿」と彼は首をげて敬意を表しました。

 其処そこで僕が提言しました。

「大佐殿、この男を無声の国へ連れて行きましょうか?」

「イヤそのれには及ばない、私には計劃けいかくが出来ている。実は郊外の大きな城を手に入れて置いたのだ。此度こんど救った連中はみんな其処そこへやる予定になってる。美しい庭園もあるし、川も流れてるし、種々いろいろな勝負事もやれる様になってる。この種の遊び事は生前と異なって興味が薄くなるものであるが、それでも初めの中はまた物質的分子が多いので、相応うした娯楽を求める者が多い。」

『それから吾々救護団員は、今戦場から救い出した新兵連を引率して四列に隊伍を組み、唱歌に足並を揃えて進行し、第四層から第五層へ入りました。僕は今でもうしてこの層と層との境界を通るのか話す事が出来ないです。

『新兵の中には大分空腹を訴えるものが出ましたが、士官はいつもハッキリしたものです。――

「それはいけない……君達はもう肉体が無いのだから、食物の必要は無いのだ。地上で人間は食べなければ生きていられないが、此所ここは違う。ただこの食慾を思い切れぬ人のみが食べるという悪習慣にとらわれる丈である。勿論むろんこんな下等な慾は早く棄てる方がよいので、一度の癖が附くと、なかなかめにくいから、君達は決して食物をとってはならない。」

勿論むろん士官の言に反対するものは一人もありません、実際彼の強力な意志は総てを征服してしまいます。吾々一同はそれからこの第五層を突抜けて第六層に達し、用意の城砦じょうさいに赴きました。其所そこには既に士官の配下が多数来ていて、新来者連の顔を見るとぐに楽隊が始まりました。賑やかな音楽にみんなの悄気しょげていたかおも引立って、一同声を張上げ音楽に合せて歌う元気が出た様な訳です。此時このとき僕の処にホワイティングがやって来ましたが、ひどくきまりがるそうな顔附で云いました。――

「どうも貴方には全く済みません。無鉄砲な事をやりまして……。」

「イヤ無理のない処で、別に気にするほどの事ではない。処で死んでいるのも満更でないでしょう?」

「左様、生きてるより工合がよさそうですね。」

 彼はう云って笑いながら、他の人たちに交って、蹴球しゅきゅうのマッチのあるグラウンドの方へ急いで行くのでした。僕は此時このとき士官に一寸ちょっと質問したのです。

「フートボールをした処で大した利益はありますまいね?」

「だが毒にもならない。どの道じきにきるのだから、飲んだり食べたりするよりは、危険の少ないゲームの方が未だましですな。飲食のくせはなかなか忘れ難いのみでなく、ややもすると憑依に陥るおそれがあります。何にしてもの人達の大部分は、生前に精神的娯楽と云うものの興味を知らないから、これからこの世界で段々とその方面を開拓して、霊界へ行く準備をしなければならないのです。その意味から云うと、君等の様に若い中に物質界を去るものは、却て恵まれてるとも云われる。私は青年の戦死者を少しも気の毒と思わない。彼等は世の辛酸をなかばも味わずして死ぬ。従って比較的純なの魂は、幽界において適当なる指導者のもとれば、霊的の発達を遂げる事も早く、従って霊界に直面しても立派にその新生活を受入れる事が出来る。し同じ青年が老年で死んだと考えて見ると、その人がただ生活の労苦のために、いたずらに長年月を消費した結果、物質的方面にのみ流れた霊魂となって幽界へ来たと仮定する。その時この人は精神的覚醒をなし、進歩を始めるためにどれ丈の困難と時間を要する事か。夭死わかじには必ずしも悲運では無い。が、の青年が善良なる指導者を得ずして、悪霊の手に落ちたとする。その結果は又極端に悲惨なものとなるのだ。彼等は死後に肉の快楽を知り、これを求める。従って憑依に陥り、遂には地獄まで落下らっかの憂苦をせねばならぬのである。お君にもう一つ話しておきたい事がある。それは暗黒界の悪の力が結束して、我々救護団の仕事を破壊しようと企ててる事だ。私は最近秘密探偵から聞いたのだが、彼等もさるもの、事を極秘ごくいに附してるとの事で、丁度私等の団隊と同じ形式に悪霊団を組織して、戦場から幽界へ来る戦死者を、彼等の仲間へ誘うという段取りであるそうな。私もまた又裏を行く策を講じている。」

『それ以来の士官の救護団は、急速度に拡張して今は膨大ぼうだいな機関になってます。発展するに連れて種々いろいろな困難もともないますが、いつでもあの士官独特の意気で巧妙に処決しょけつがついて行くのです。この事については又いず其中そのうちに話す事にしましょう。』


三十四 放射光(オーラ)

目  次

三十六 幽界の社会相


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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