幽界行脚

Today:124 / Yesterday:112 / Total:447658

三十三 幽界の図面

 レックス。『第一層、即ち僕が地獄の隣境と名附けたこの場所は非常に陰惨な処だそうです。僕は行った事は無いが、にいさんは見られた事があるそうですね。人間はほとんどらず、ただ地獄へ落ちるとき通る位のもので、それもあの士官の話した様に、其処そこの模様等はよく解らない。つまり地上から下降し、地獄からは上昇する人間の醜悪な欲望の修羅場ですね。にいさんも御承知の通り、うした悪の力が人体化したものや、下劣極まる物凄い形態を備えた悪性の自然霊の集合してる場所で、全く混乱状態を呈し、勿論むろん建築物等は半ば形を為すにも至らない。ただ兇悪な熱情の荒れ狂う地とでも云いましょうか。

この層に充満する悪の影響が上層に及ばぬ様に、光りの霊はえずの闇の力と戦っています。この悪の力は常に第二層へ入込みますから、その境界も始絡変ってます。それのみでなく時にはこの闇の力が所々からこの町を突き抜けて地上界はまだしも、夢の国まで突撃し始めます。しかしそれが第五層にまで及ぶ事は決して無いそうです。』

 叔父。『だが、その光と闇、即ち善悪の争闘の余波が、どうかすると霊界の入口の夕闇の国にまで響いて来る事がある。わしも自分でそれを感じた事もある。実際その戦ははげしい様じゃ。』

 レックス。『第二層は憑依の悪習慣に身を持崩して、種々の悪事を行った奴輩やつばらが落ち込んだ場所で、幽界の地獄とでも云いたい様な、実に暗い溷濁こんだくしたいやな処です。ここには家屋等は一軒も無く、動物さえ見当りません。見渡した処大きな谿谷たに断崖がけの連続でその深谷の中に堕落した人間が動いている有様です。この悪霊共は早晩地獄へ落ちる運命をば、この汚穢おわい極まる場所――谷といっても泥水が、あちこちにヌラヌラと流れてる様な、醜悪そのものの天地――に余命を過してるのです。

『肉体を持つ現界の人達に憑依ひょういするため、ここの住民共は現界と共通の地上界に飛出して来ます。憑依の犠牲になる人々は大抵大酒呑おおざけのみの悪漢といった処が多い。ですから地上の悪場所なんかは彼等の入りびたる処です。酒場や曖昧あいまいなお茶屋なんかの周囲にはんな亡者がウヨウヨと集まって網を張り、手に合いそうな人間が見つかると早速取憑いて肉慾を煽り、その躯をりて自分達の慾望を満そうとするのです。もう此処ここまで堕落した亡霊共は一度地獄の苦を嘗めなければ改悛する事はむずかしいらしく思われます。もっとも二三の例外はある様ですが……。僕は地獄に落ちぬ中に気が附いて正道に立帰った人からこの話を聴いたのです。悪性の自然霊はこの場所にウンと居ますが、この話は後廻しにして、第三層に移りましょう。

『この第三層というのは今叔父さんの話された様に、幽界で見る現界とでも云いますか、地球の表面に当る地上の世界です。しかし幽界の地上界は肉眼で見る地上とはちがいますよ。幽界の眼で現界を見ると、人間でも動物でも乃至は静物でもその幽体の方がよく見えるという訳ですね。幽体といっても大体は肉体と似た様なものですが、ただ灰色がかった影の様な感じがする物質に包まれてますよ。物質其侭そのままの色は見えませんが、その代りに総ての生物のオーラ(放射光)が見えます。実際現界で無生物だと見做みなしてる物でも、のオーラがあるには驚きますよ。岩の様なものでも、又は家屋の様なものでも独特のオーラがあるのです。オーラを全く放たぬ物質はず腐蝕しかかってる人間や動物の屍体位なもんでしょう。しかしこんな物はオーラが出ないから幽界で見つける事がむずかしいのです。

『このオーラというものは、その時々の感情でその光りの色に相違がある様です。浅黄や白は善良深切な心持をあらわし、赤は忿怒、濁った樺色は悪心を示すといった様な工合ぐあいに、性質の異なる通りにオーラの色が違って見えますよ。樹木の様なものにでも性格があるのか、実に厭な感じのするオーラを出してるものもありますが、この話はいずれ後から又詳しくする事にしましょう。

『人間が死の直後に自身を見出す場所は、この地上界ですから誰もがこの層の有様を見る筈なのですが、死後の生活については準備の無い人の方が多いので、見ても見えぬと云う状態にる人がしばしばありますね。老年で死ぬ人は生前に幽体迄も老衰してますから、死後幽界にる間は極く短かい。従ってその間にこの層の内部を一寸覗く位のものでしょうよ。』

 叔父。その通り――俺などもそうじゃった。死後に気附いた時、自分の屍骸がよこたわってる部屋の内部を見たが、それも僅かの間で、しかその時は事物を見極める余裕は有って居なかった。そして自分の葬式が出た時には、私はもう霊界に来て居たので、其処ここから現界へ出掛けた様な次第じゃ。だが今はこの話しはすまい。』

 レックスはなお話を続けて――

『処がこの幽体が、なかなか肉体即ち屍体から離れない場合が時々ある様ですね。墓地なんかに幽霊が出ると云うのもこんな訳からでしょう。もっとも他の理由によるものもあるにはありましょうが……。生前非常に物質的であった人とか、自殺した人達にはよくある様です。どうかすると変死や急死の場合にもありますが、これは比較的早く済むらしいですよ。

『兎に角遅かれ早かれ、霊は肉体を脱し、幽体となっての地上界を放浪し始めるのです。しかし地上を離れられぬ霊は大体何か現界に心が引かれるのですね。やりかけた仕事があるとか、後に残して来た人達に話したい事があるとか云う場合には、今迄住んで居た土地を何年間も離れぬものもある様です。ですから霊がいつまでも地上界を彷徨さまよってるからといって、必ずしも悪霊だとか、物質的だとか定めてしまう事も出来ませんよ。愛惜の情などは非常に霊性の進歩を妨げるものですから、死別した者を肉親の者達があまり悲しむ事は死者の霊を地縛にする心配があります。

『又知識の欠乏、云いかえると自分の境遇を理解しない事も地縛の一原因となる様です。何処どこへ行くべきかを知らず、従って進歩もなく、目的のない放浪生活を送るという訳になるのです。そしてうした状態の人間が一番悪霊の捕虜となって、憑依などという悪習に陥る様に見えます。

『戦場で殺された人々が討死をした場所で死後も矢張り戦争を続けてやってる現象もの層の中です。僕なんかも一時はその御仲間だったのですね。ですからあの士官の救済団員は重にこの層内で働いてるのですよ。

『第四層は所々に潅木等の生えた、概して荒漠とした平野の様な所です。僕がこの場所を夢の国と名附けた理由は、生きた人間共が此処ここへは何千人となく押し寄せて来るからです。この人達の中で一団となって来る連中の中には、眼を閉じて居て丁度盲人の群の様に見えるのもあります。死んだ人を探しにキョロキョロして来るのもあります。幸いと見附かる場合もありますが、尋ねる霊が上層に行っていたり、地縛に落ちたりしてしまった時には、逢えずに失望して帰ると云う気の毒な場合もあります。時々幽界の五層や六層あたりから迎えに出掛けて、自分の所へ連れて来る等と云う事もありますよ。僅かの間の会合ですが、皆な大喜びをしていますね。』

 此時このとき御母さんがえかねた様に――

『ほんに私が坊やに逢ったのも、その夢の国でしたわ。』と云いました。レックスはなお話を続けました。――

『僕は其処そこでお父さんに何度も御目にかかりましたよ。けれもどういう訳か現界の人は眼が覚めると睡ってる間の経験はまるで忘れてしまう事が多い様ですね。』

 叔父。『それは人間の中に物質を雛れた感覚が十分に発達してらぬからじゃ。其故それゆえ睡眠中に霊が経験した事も、覚醒して肉体中に入ると、脳髄のうずいに印象づける事が不可能であるめに何の記憶も残らぬ事となる。夢の国での出来事を人々が覚えてれば、非常な慰安になるのであるが、疑念な次第じゃ。ことに今日の如く多数の者が、国のために命を捨ててる場合は、特に悲歎に暮れてる人も多いであろうに……。』

 レックス。『僕は死後上昇する時にこの夢の国を通過した事を覚えて居ますが、にいさんに初めて御逢いしたのも此処ここでしたよ。層は分けてありますが、地上界との境界は至極漠然ばくぜんたるものです。御互いに随分と入り込んでいますからね。

『幽界に来る人々にも自分の通過した場所を記憶してらぬのも沢山ありますよ。御母さんの様に自分の知らない中に、僕達の住んでいる層までかつがれて来る人もありますしね。――この第四層には又動物等もりますが、動物どもは通例地上界即ち第三層から第五層へ行くのが早いから、数多くは見当りません。一般人間に似て善悪両性をった自然霊という代物しろものは、第三層から第四、第五、第六層へかけて住んでいますが、第七層には見当りませんよ。悪性の自然霊は第一層から第二、第三、第四と何処どこにもウロついてますが、流石さすがに第六層となると極めて少数となり、第七層にはもう全くりません。

『さて夢の国の次の第五層と第六層は、普通人が死後居住する土地なのですから、僕は比較的くわしい説明をしたいと思います。この二層は大体において非常に類似してるのでその中の住民も自由に交通が出来るという状態です。

の第五層は現界と著しく類似の点があり、歴史上に於ける各時代の相がそのまま重なり合ってる状態ですから、各時代の人間が各自の境遇に応じた社会に住んでるという工合ぐあいになっています。勿論むろんその時代間の区劃くかくも明白なものではありませんから、彼処此処あちこちと異なった状況の場所を歩き廻る事は自由です。叔父さんが僕を無声の国へ連れて行かれた時、種々な場所を通りましたが、これはその時代相の層だったのです。もっとも僕は当時全部を見尽したとは思いませんが……。太古時代に行くと未だ原人が居ますが、幽体がの長月日の間に消滅しないのでしょうか、全く不思議です。』

 叔父。『私の考えでは、彼奴等きやつらの霊性が発達してらんために、幽体を持こらえ得るのじゃろうと思うが、地球上に過去の長年月に亘って棲息せいそくした人類の数を考え及ぼすと、今日幽界に発見する古代民の数は至って少数じゃ。又一方、類は友を呼ぶのことわざ通り、現代の未開人は矢張り死後には未開時代、即ち太古の民族にまじって生活してる事も考に入れねばならぬ。』

 レックス。『動物なんかも自分等に適合する世界を選むらしいですね。建築物などは建造された時代よりもむしろ破壊された時代の方に現われる傾向がある様です。その一例は戦地のフランダースで、つい二三ヶ月前に破壊されたゴシック式の旧型の教会堂は、其侭そのままこれも同じ砲火に灰燼かいじんとなった周囲の近代型の家屋の間に存在してるという工合ぐあいです。まあ僕等近代人の住む場所は現代帯とでも云いますか、の百年間程の間に地上から姿を消した家屋の出現してる処ですね。

『今迄第五層について話している事柄は、大体第六層にも当嵌あてはまりますが、此度このたびこの二層間の相違点に移りましょう。五層にる人間は六層の人々にくらべると、遥かに物質的で食べる事や寝る事を生前通りにやります。勿論むろん食物といっても幽界での食物です。実は食物や睡眠はもう彼等に全く不必要なのですが、無智の結果生前の習慣を続けてるという訳なのですね。』

 ワアド。『どうもの幽界に不必要な食物が有り得るとは考えられないが……。』

 レックス。しかにいさん、家屋に幽体がある以上、食物だって幽体があるといえましょう。矢張り地上で食物が消滅すると幽界へ現われるのですよ。』

 ワアド。『科学的立場から見て、幽界民が食物をとった場合に、生前通りの結果が起るものだろうかね?』

 レックス。にいさん、実に僕もね、科学のために犠牲を払って幽界食物の試食をして見ました。一度食べて見ると忘れて居た食慾が急に動き出して、だんだんと増大して行くのです。それから遠慮のない処を云うと、排泄物はいせつぶつが出る様になった事が変でした。処が叔父さんからこの試験は危険性があるからめる様にとの忠告を受けました。その理由は、この習慣が附くと自然幽界の食物では満足が出来ず、現界の強烈な刺激を求める様になり、憑依によってこの食慾を満そうとする欲望が起り、遂にはこの邪道に陥って身を滅ぼす者が多いとの事でした。

『第五層の人々は、一体に第六層民に比べると下等で、ややもすれば下降し行く傾きがありますね。目的も方針も無しに漠然と生前の習慣に従って快楽を求め、其日そのひ其日そのひを送ってるという状態です。』

 叔父さんが此時このとき附言した。

『云い換えると、この五層民の日常の生活状態は地獄の第六層に住む霊共に類似してるとも云う事が出来る。』

 レックス。『図面にある通り、自然霊というものも多数にるのですが、滅多に町中に出て来ませんから、一般幽界民はその存在を知りませんよ。自然霊は閑地、山林、河川、湖沼という様な場所に居を構えてります。

『僕がこの六層に来る時に、第五層はただ通過した丈でしたが、此度このたびの幽界研究のために時々入り込んで見ました。僕等が今居いまいこの場所は、にいさんの御承知の通り第六層で、御母さんが死後に医者に連れられて来たあの病院もこの層にあるのです。未だ種々のものがありますよ。小供達こどもたちの育てられる育児所や学校という様なものから、大学、研究所、博物館、陳列館、芝居等、まあ現界のうしたものはことごとく見出されますね。もっと小供こども等は長くこの世界に留ってはりませんよ。

んな風ですから、この世界へ来ても死んだ事さえ知らぬ手合が屡々しばしばありますが、少し物事を考える人間なら現界とこの世界との相違点に勘附く筈です。此間このあいだういう事がありました。ある男がどうしても死んでる事を肯定しませんから、「し僕等が今生きてる人達であるなら、何故なぜ此処ここでは葬式というものが無いか?――」と僕が云うと、彼は少し変だと思った様でしたが、なお負けずに、「実際その通り、その点には僕は今迄気附かなかった。だが、此頃このごろ僕の知合の人々の間で数名の者が見えなくなったよ。どうしたものだろう?――」と云いました。それから僕は、「居なくなったというのは、それは実際の事だろう。しかの人達の死体を埋めた人はあるまい。此処ここでは犬コロ一疋でも死にはしないよ。君が居なくなったという人達は、きっと霊界へ移ったのだろう。だがの消え方が我々が現界からの幽界へ来た時と違うんだ。君よく考えて見給え。」と僕はこう云ってこの男を離れてしまいましたよ。

『今度は第七層の説明ですが、実の処僕はこの層の事は他の場所ほどよく知らないのです。とにかく他の層に比べると霊界へ入る準備をする場所ですから遥かに万事霊的であるのは事実です。といって、誰れでも霊界へ行く前に此処ここを必ず通るとはまって居ない様ですね。丁度霊界の夕闇の国をすべての霊が通過しない様な工合ぐあいに、この六層から第七層を経ずに霊界へ直接行く人も沢山ありますよ。僕が聞いた処では、この七層は伝説にある楽園の様な土地で、幽体を脱却し切れぬ聖人達の住む場所だとの事です。勿論むろん聖者とも云われる級の人達の幽体は通例死後において間もなく消滅しますが、夭死した時は矢張りその幽体がしばらく止まりますから、それが消えるまで、若い聖者等はこの国に休息をするという訳です。

其処ここに住む自然霊は善性のものばかりで、悪性がちょっとでも混ったものは、第六層との境界を越える事が出来ないのです。動物も居ますが肉食獣や不気味な蛇類や昆虫等は一切見当りませんね。愛の世界であるせいか皆な人間と親しみのある生物計りで、動物でも他の層内に住んでるものとは全然異なった感じを与えますね。花、蝶、鳥等の自然美は勿論むろん豊富です。

『最後にこの層の住民が物を造る時に、第六層の人々と異なった特殊の能力を有つ事を御話しましょう。六層では家屋や物品等の幽体が沢山あるので、物を造らえる必要はあまり無いのですが、造るとすれば丁度現界の人がやる様に機械や手先で材料を取扱うので、ただ全部が物体でなしに幽体である所が違う丈です。処が七層となると、霊界民が新しい観念をただ意力で一の形式に造り上げる様に、物を造る時に意志の力を使う事を始めています。ただ両界間の相違点は、霊界となると意力丈でどんな形でもあらわす事が出来るのですが、この七層では、うしてき出すのか、兎に角大気中から集める幽質でこの観念を蔽う必要があるのです。叔父さん御自身の幽体もこんな工合ぐあいにして造られてるのではありませんか?』

 叔父さんは点頭うなずきながら、

如何いかにもその通り! しかしうしてと云われると、一寸説明はむずかしい。とにかく万事意力の問題じゃ。お前方がこの偉大な意志というものを支配する方法をさとるまでは、この秘密は話そうにも話されぬ……。時にジャック、もう帰る時間が来た様じゃ。今日は非常に有益な会合であったのう。この次も何とか面白い話をしたいものじゃ。』

 ワアド氏は皆に暇を告げて地上に戻りました。


三十二 霊界と幽界との区別

目  次

三十四 放射光(オーラ)


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


心霊図書館: 連絡先