幽界行脚

Today:37 / Yesterday:86 / Total:441860

三十二 霊界と幽界との区別

 一九一六年十二月十八日にワアド氏が幽界を訪問した時、叔父やレックスは幽界の探究をしてワアド氏に報告をする旨の約束をしましたが、この約束はそれから約一年後の一九一七年十一月十二日の訪問日に果されました。この間勿論むろんワアド氏は常の如くしばしば幽界に赴いて居ったのですが、その間の話題や見聞は記録すべき程のものは無かったのであります。この日例の如くワアド氏がレックスや叔父さんに逢うとレックスは用意して居ったと見え、

『兄さん、いよいよ幽界の調査報告をしましょうかね。僕はいつでも始められますよ。』

 ワアド。『そりゃ結構、大いに聴きたいものだね。』

 口を開こうとしたレックスを遮って叔父さんが云いました。

わしが先に一寸云うておきたい事がある、幽界を知る前に、ず幽界と霊界との間には非常な相違がある事を了解しておく必要がある。最初に霊界について一言すると霊界には、

  一、物質は消失して皆無である事。

  二、場所と云うものは存在せぬ事。

  三、時間の観念はほとんど無く、ただ年代的順序のごときものがあるのみである事。

『もう少しくわしく説明すると、例えば地獄と云ってもあながちそうした場所がある訳ではないので、唯そうした一つの状態を指したものである。ういう工合ぐあいじゃ。

『悪霊が幽界から見えなくなった時、それは必ずしも彼が幽界を離れたのでは無いかもしれぬ。の幽体が消失して幽界の住民の眼に触れぬ様になった丈で、彼自身は同じ場所に留まってるのかも知れぬ。亡霊が肉眼に映ずる地上の世界に出没するのも同じ道理じゃ。実地を見せ様かの……。』

 見る見る叔父さんの影は薄くなって、紙一枚の厚さになり、数個の断片となり、遂に全く跡形もなく消えてしまいました。お母さんは悲鳴をあげる。レックスも驚いて一時呆然としていましたが、やがて、

『何という事だ! しも叔父さんが婦らなかったら、どうしよう。』と叫びました。ワアド氏にもこんな事は初めてであったので、

『私も叔父さんのこんな芸当は初めて見た。し帰られない様なら、私が霊界へ行って見ればわかることだから心配はらないが、それには一度幽体を残すめに一たん地上に帰らなければならないが……。』

 種々いろいろと相談最中、叔父さんの消滅した場所に何やらもやの様な感じのする稀薄な気体が現われ、見る見る中に濃度を増して大きな固形物となったと思うと、それがむくむくと膨脹を始めると同時に呼吸作用のごときものが認められ、漸次に人体の形となりました。叔父さんが斯くして再び座中の一人となった時には、前に消えた椅子から五六尺離れた処に立ってりました。

 お母さんは早速叔父さんに向って――

『もうそんな恐ろしい手品はやめて下さいね。私は未だ動悸が鎮まりませんよ。』

 叔父さんは微笑ほほえみながら――

『私の話がよく判る様に一寸やって見せた丈じゃ。実の処私は何処どこへも行かずに此処ここに居ったのじゃが、ただの幽体丈を消滅さした迄の事、こんな事はの幽界のものでないから私には楽に出来るのじゃ。』

 再び話を始めて叔父さんは云いました。――

『先刻の地獄の話を続けると、幽体を失うた悪霊は直に意気相応いきあいおうじた他等の悪霊等と提携して罪悪を重ねて行く。あの陸軍士官が地獄に居った時が左様じゃった。当時心が憎悪に充ちて居たので、彼の周囲には矢張り同じ様な残虐非道な魂が群がって、彼等の兇悪な地獄の雰囲気を構成したのだ。残忍な奴輩の間でも、性格の比較的弱い者共は強い奴等の思う侭に操縦されてしまう。あの士官などは、その強力な意志の力で自分を虐げた者共を自由自在に苦しめ傷つける事が出来たのじゃ。』

 ワアド。『あの士官の「地獄めぐり」の話は彼の人の霊魂が当時麻痺していた結果悪夢として見た幻覚ではあるまいかと云う人もありますが、叔父さんのお考えは如何ですか。』

 叔父。その説明は当ってらぬ。地上に住む人間には難解かもしれぬが、現界の生活も実は観念が根本となってるものじゃ。ただ人々が外側を包んでる物質を見慣みなれてしまったために、内にひそむ観念の存在を軽視する様になってるが、これは大いなる誤謬である。一例を挙げると、あの両翼を高くかざした勝利の象徴となっている像でも、あの姿は創作者が大理石で刻み上げる以前に既に彼の心中に観念として存在したものであるから、し彼がその像を製作しなかったとしても、あの象徴は永久に残すべきものであったのである。又彼がこれを彫刻せずに塑像に止め、他の人がこれを鋳造したとしても、なおこの傑作を出したものは前者であると云えるのじゃ。一体現界では観念は物質の衣を着せぬと、眼に見えぬのが通則であるが、霊界では観念はず見る人に感応し、後にそのの感じに応じた形をとる事になるのじゃ。この事はジャック(ワアド氏)にはかつて霊界の美術館で陳列品を見せた時に説明した事がある。』

なお個人の観念のみではない。霊界の第二層で見る事だが、大勢の人々の同一な抽象的観念が神々の偶像を作り上げ、これを拝しているという様な場合もある。あの士官から聞いた如く地獄の内部にでさえも、善良な霊達の観念から出来上った慰安所もあるのじゃ。霊界の人達は此等これらの観念から出来上った現象をば、あたかも現界で物質が肉眼に映ずるが如くに明らかに識別し得るのだが、彼等は眼のみで物の存在を知るのでなく、全身的の感覚で外界と交渉をする。其処ここに相違があるのじゃ。

『霊界の諸相はこうして起るのじゃが、なおあの士官が夢を見たのでは無いと云う理由を、言葉を変えて説明すると、一体夢というものは、夢見る本人がその心中に展開して行く光景の傍観者となってる場合が多い。勿論むろん彼自身夢中に大活動を演ずる事もあるが、遂にはめて夢に過ぎなかった事を自ら知るものじゃ。ところが士官にはあの地獄の経験から、覚めるという事が無かった。し夢であったとすればその悪夢は、次第に美しき夢と変じたというよりほかはない。左様そうなると、彼も、私も、レックスも、お母さんも皆な夢中の人物となって来る。そしてこの夢を見てる人は誰であるかという事になり、(ワアド氏に向って)結局これはお前の夢ではないかという事になるが、その真偽は誰よりもお前がよく知ってる筈じゃ。手短かに説明すると霊界には物体及幽体の代りに観念と形式が存在するのじゃ。地獄のごとき下層界も天国のごとき上層界も、同じくこの法則の支配を受けてる。であるから地獄は単に状態であって、場所では無いという論旨も成立つのである。

『次に幽界の説明に移ると

  一、幽界は半物質的である事。

  二、場所とか位置とかにやや似通ったものがある事。

  三、現界に比し流動性を帯びたる時間が存在する事。

 是等これらを詳説する前に、幽界と霊界との特に異なってる点に就いて、一寸注意をして置きたいが、幽界及その居住民は物質界や霊界に比べると、著しく固定的の性質を欠いてる。丁度中間の橋渡しをする様な場所であるから、自然両端の世界の影響を受け、其為そのため突飛な現象もあるという事になるのじゃ。従って此処ここは霊界の如く各整然と区分されてらぬから、第六層に悪人のる事もあり、最下層で善人に逢う事もあるという有様じゃ。又ある場所では地上とほとんど同じ生活を送っている人々があるかと思えば、他の場所では数ヶ国を代表する人が会合して、丁度霊界の人達のする様に言語を用いず、伝心術で権威ある問題を討議してるがごとき、格段の相違を発見する有様じゃ。

『詮ずるところ幽界というものは、地球の幽体と考うべきなので、人間の幽体が肉体から一二寸ばかりみ出してるが如く、地球の外側即ち空間を、ある距離までひろがってるのじゃ。同時に人体において幽体はその内部まで存在する如く、幽界は地球の中心まで達してる。この幽界の上層即ち地上を遠く離れるに従って、其処そこに存在する物質的要素は漸次稀薄となり、遂には全く消滅するのじゃ。夫故それゆえ同じ幽界民であっても俗悪な者共は上層へは行かれぬ。

『私は出来る丈判然はっきりと話したいのであるから、し不明な個所があったら遠慮なく質問して欲しい。お前によく判らぬ様な事があれば、この道の経験のない人にはなお不可解な事になろう。どうじゃ不明の個所はないかナ?』

 ワアド。『私にはよくわかります。』

 叔父。『左様か。それでは第二段の説明に移るが、私の説明をあまり字句に拘泥して解釈すると誤りを生ずる虞れがある。幽界にも空間、場所、位置という様なものがあるのじゃが、これは後から見せるが幽界の図面を見ると合点が出来よう。

『最下の二層は地殻の内部に位するものと見てよい。勿論むろん地面の中だというて、穴を掘ったとても、肉眼で見えるものではないのだが、ず位置としてはそうした事になる。

『第三層は位置としては地球の外面即ち現界に相応するが、同じ場所でも此処ここは幽界民の眼に映ずる地上界で現界とは別物じゃ。

『第四層の夢の国は、幽界の地上界とその上層との間に横わる不可思議な一地帯である。此処ここへは生物でも無生物でも一度現界で形を有したものの幽体が来るのみならず、夢見る人も来る。又その人達に逢うために上層から此処ここへ出向いて来る霊もある。ブランジが祖母に出会うたのも此処ここじゃ。(ブランシはお母さんの夢を見た事があるのです。)時には霊が夢の人を連れて五層六層まで案内する事もある。私がC・M・に逢うた時にした様にじゃ。(ゴーン、ウェスト参照)

この層は現界でいえば大気の下層辺に位してり、肉眼に映ずる空中の微塵みじんも幽界から見ると非常に濃厚な物質と思えるのである。幽界において地上の物質を見るという事は変に聞えるかも知れんが、地上界においてはその位置の関係から矢張り幽界民にも現界が見えるのじゃ。しかし同じ物質でも幽界で見る時は現界で見る時とは全然異なって見える。

『次の二層即ち第五層と第六層は更に地上を離れた上層の空間にあるが、此処ここでは時の影響が現われ始めてる。この境域では幽界の特質即ち物質と霊の二方面の不可思議なる混合が完全に現われてるから説明が非常に困難じゃ。ず第五層に住む幽界民は飲食睡眠は必要なるものと思込んでるが故に、彼等は幽界の食物をとるとか、実際に寝るとか言った状態をなすのであるが、第六層即ち今我々のる境域の人々は飲食睡眠の不必要である事を悟ってる故に、食べるとか寝るとかいう事を絶対にする事が無い。これは霊魂がようやく現界の生活様式から脱して、精錬されて行く段階を示すものじゃ。

『外見においすこぶるよく似てこの二層内には地上即ち現界に於ける過去の姿がことごとく納められてるが、時の関係については頗る特異な感がある。例えば今日伊太利イタリアで砲火のめに灰燼になりつつある市街人畜等は其侭そのまま幽体となって此処ここに来てる。同時に氷河時代や石炭時代の世相も此処ここで見られるという訳じゃ。もっと其間そのかん多少順序の無い事もない。地球上では地下深く埋没してる古代が、幽界では丁度鏡面の反照の様に、反対に年代が古ければ古いほど地上界を空間遠く離れて行くという状態じゃ。もっと判り易くいうと、現界を一個の玉葱たまねぎの内部と考えるとその外面の上皮がアーケアン時代に当り、その中間の各片が順々に石炭時代、氷河時代に相応すると考えられるが、勿論むろんこれで完全に説明し得るとは云えぬ。実際この第五層と六層間の区別は困難で、同じ場所に食物睡眠等の点で現世を解脱げだつし切れぬ者と、此等これらを超越したものと、各自おのおの小団体を造って集合してる場合もあるのじゃ。

『界の最上層即ち第七層は第六層とは遥かに離れた所にあるが、此所ここへ達する迄には幽体は自然に漸次稀薄となってり、霊界に近き性質を帯びたこの場所で、彼等は知らず知らずの間に、位置の世界から状態の世界に移り住む事を教えられ、遂に全く幽体の束縛を離れて、自由な霊の新天地即ち霊界の人となるのである。

『場所の説明で一寸附け加えて置きたい事は、幽体はその物体と地理的に同じ位置を占める傾向がある事で、幽界に於ける過去のロンドンは矢張り現界のロンドンのある辺に見出される。

『今度は時間の問題を考えて見よう。幽界には時間と云えば年代的の大まかな観念があるのみであるが、私等はお前(ワアド氏)が毎週来るので、他の人よりは細かく時の計算も出来る訳じゃ。此処ここには現界の太陽の如く時の標準を計るものが無いから工合ぐあいがよほど違うのじゃ。』

 太陽が無いと聞いたワアド氏は大に驚ろいて、

『ではの明るさは何のためですか?』

 叔父。『幽体の太陽のめじゃ。しかし現界の太陽と比べると照す時間にも相違があり、又同じ幽界でも物質的になればなるほどその光線も薄くなる。現に地球の内部に位してる幽界最下の二層には光というものは無く、第三層の地上界、即ち幽界民から見た現界の部分も薄闇の状態じゃ。夢の国即ち第四層に入ると、ようやく薄明るくなる。この層でも上部の第五層に接近した部分となると相当明るく感じられる。そして第五層第六層となると完全に明るい世界になる。勿論むろん更に上層には強い光が充満してる。

『幽界民が幽体を脱出して霊界に入ると、もうの幽界の太陽の光線を感ずる事は出来ない。幽界には別の光がある事はお前は既に承知の筈じゃ。そして霊界においても霊性の発達しないものは明るい世界へ入れぬ事も知ってる通りじゃ。

『もう少し時間について説明して置こう。幽界の時間は現界と比べると一面著しく流動性を帯びてるが、場所によっては同じく固定的の様な感もある。例えば氷河時代の光景を見ると、その時代の人間でも動物でも、当時の生活其侭そのままを続けてる。この不変的傾向は多分其処ここに住む未開人の精神状態に順応して生ずるものと思われるが、一見不可思議の感がせぬでもない。それからあの立派な庭園で見た通りに四季の差別というものが無い。又現界の時間でいえば僅かの間が非常に長年月の如く考えられる場合がある。』

 この時レックスが叔父の言葉を引取って、

『全くそうです。僕が死んでから兄さんに初めて逢う迄の間というものはごく短かいのに、僕には随分長く感じましたね。丁度その時から今迄に一年半以上も経ちましたが、これは僕にもそれ位の間はあったかの様に非常に長く思われましたよ。』

 ワアド氏は弟の当時の気持を思い遣りて気の毒げに点頭うなずきました。

 叔父さんは話しを続けて――

『幽界に関する説明の前提はこれで尽したとは云われぬが、大体本文に入る準備は出来たであろうから、あとは話の進行に連れて説明する事にしよう。』

 今度はレックスが引きとり、

『僕がいた幽界の図をず兄さんに見せましょうかね。』と云いながら傍の机の抽出ひきだしから一枚の図面を取出しました。

 ワアド。『白紙は何処どこで手に入れたか?』

 レックス。『その抽出ひきだしをあけて見たら入っていたのです。この紙はきっとこの家が地上で焼けた時、この机の中に入ったまま一緒に灰になったのでしょう。』

 ワアド氏はこれからレックスの作成した幽界図を仔細しさいに観察しました。レックスは傍から種々いろいろと説明をするのでした。


三十一 御母さんの退院

目  次

三十三 幽界の図面


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


心霊図書館: 連絡先