幽界行脚

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二十六 理想的庭園

 一九二八年九月十二日、ワアド氏が例の通りレックスに逢うと、丁度叔父さんと散歩に出掛ける処で、ワアド氏も誘われて三人で歩き出しました。田舎の景色を賞しながら行くと、素晴すばらしく見事な庭のある立派な邸宅が、道路から一寸奥まった個所ところにありました。八尺計りの高さに奇麗に刈込んである水松いちいかきが、その広い邸を取囲とりかこんでり、門の庭はアーチのようになっていて馬車の通る丈のみちけてありました。

 門内へ入って行くと、みちの両側には英国で六月頃に咲くあらゆる草花が、今を盛りと咲き乱れ、その間に豊艶な薔薇ばらその美をきそうかの如く、蒼々あおあおと繁茂した六尺ほどの水松の列を背景に、眼を奪う様な色彩を見せてりました。この花壇が約五十間ばかり続くと、苔蒸こけむす岩石に縁取られた幽邃な角形の池のほとりに出ました。水のおもは花菖蒲や睡蓮すいれんや他の水草で蔽われ、その中央には海豚いるかの噴水塔が宝石の様な飛沫をほとばしらせて、池の周囲のビロードの如く、なめらかに美しい緑の芝生しばふ一際ひときわ引立ててるのでした。

 池の向側には、十六世紀頃の建築と思われる様な石造の家があり、みちは池をめぐってその家へ続いてりました。此時このとき路傍に、矢張り水松で自然に作った小門を見附けたので、三人はその中にはいって行くと、四人の男が庭の手入れをしてる処で、二人は四十歳位、他の一人は三十前後、今一人は未だ十代の少年でした。

 叔父さんが『どなたのお住居ですか?』と尋ねますと、一人の男が『H嬢のお宅です。』と申しました。

 叔父。『どういうお身分の方だったのであろうナ? これ程の庭園を持たれるには余程の金満家か、高貴のお方かと思われるが……。』

 園丁。『私達の聞いた処では生前身分はよかったが、金には至って不自由な生活くらしをして居た人だったそうで、三十五歳で死なれる時まで、始終しじゅう金が有ったらんな庭を造ろう、と思い続けて居たとの事です。これは直接じかに聞いた事故ことゆえ間違いはないと思います。』

 叔父。『あなた方はどうして此処ここで働らく様になられたのじゃ?』

 園丁。『矢張り植木いじりが好きだからですな。私達わっちら三人はもとから植木屋でしたが、このチャールス(三十歳位の男をゆびさしながら)丈は会社員でした。が、この先生あんまり庭が好きなもんだから、此処ここに舞い込んだなり引きつづいて働いているのでさあ。』

 ワアド。『君達は草を刈ったり、植木の手入をしたり、昔と同じ様な事をしてるのですか?』

 園丁。『そりゃ、地上の様な面倒はありませんよ。第一此処ここえている木や草は、地面の上で枯れた奴の幽体でさぁ。だから時が来るとだんだん影が薄くなって、しまいには消えてしまうんです。ホラあの薔薇がくなりかけていますよ。』

 彼の指差した方を見ると、成程向うの方にある一本の薔薇の木が、ポーッとぼやけて来たかと思うと、見る見る中に一抹の煙の如く姿を消しました。

 園丁。『さあ、彼処あそこへ新しい奴を植えなければならないだ。』

 立上った彼について行くと、水松の垣を角形にめぐらした囲いの中に種々な植木が山の様に積んであるのでした。

 ワアド。『この沢山の植木をどうして集めますか。』

 園丁。『どういう工合ぐあいにして集るか、私にもわからない。ただ来て見るといつでも新しいのがえているのです。私達はその植木の見分けをして、丁度似合うと思った処へ植附ける丈でさ。どうも草木なんてものにも心があるのか、チャーンと喜ばれる処を知ってやって来るのじゃ無いかと考えられますね。』

 その植木だまりは草木の乱雑な集合でありますから、この世のものであったら、塵溜ごみための如く見えたかも知れませんが、不思議な事にはそのゴチャゴチャした処に、何とも云えぬ美がありました。

 其辺そのあたりには前の景色とちがい、菊花やその他の秋の花が咲乱れてりましたが、園丁の話には、この邸内には各季節の庭があって、冬のないこの世界でもH嬢の好みで冬の園が出来てるとの事でありました。

 此処ここを出て又一つの小門をはいると、芝生を中心に常磐木の青々と繁茂した場所に出ました。枝葉から金色銀色の光彩を放っているもの、枝もたわわにみのったもの、しかも木のにも白、黄、赤、紫、青、黒と、とりどりの色の配合のうるわしさ、三人は驚きの眼を見張るのみでありました。

 ワアド。『熱帯の庭園はありませんか?』

 園丁。『お嬢さんが英国風の庭にしたいという御希望なので、それは造りません。私も熱帯の花が素晴すばらしい事は知ってるが、自分の国のものの方が矢張りしょうに合うもんですからね。時に皆さんはかおりの高い野菜畑を見ましたか、何とも云えませんぜ!』

 教えられるままに三人が足を進めると、はたしてマーヂョラム、ラベンダー、その他数多の香料野菜類がむせ返る様な芳香を空中にただよわしてり、その向うは岩石の多い庭、それから花壇と邸内は千変万化の景色でいろどられてりました。

 やがて家のそばへ出たので、レックスはH嬢を訪問してはと云い出しましたが、ワアド氏の帰るべき時間が迫ってるため、叔父さんの発言で訪問はやめ、庭内をもう少し見て廻る事にしました。

 家の背後うしろに出ると、石の欄干てすりのついた石造の露台があり、其処そこから二三段降ると美しい芝生の広場があり、その周囲の五尺程の高さの壁には、蔦蘿つたが一面にまわって、見る眼になつかしい感じを与えていました。この壁のそとは又芝生で、その末端はずれは広大な果樹園に続いてり、更にその向うには湖水やおかが天然の雅趣を添えて居ました。なほ和蘭オランダふうの庭とか、種々風変りな趣のある場所も其処此処そこここに出来てり、実に庭園として斯くまで内容の充実したものは、恐らく現世に見出す事は不可能でありましょう。

 最後にライラックの香の満ちた花樹園へ来ました。花の吹き匂うた有様は、地上と少しも異ならないのですが、ただ一つの不思議は、五月の花も十月の花も同時に開いてる事でした。園丁は話を続けました。――

 園丁。『お帰り前に一つ百合園ゆりえんに御案内しましょうか。その前に失礼ながら一寸伺いますが、あなた方三人は各自めいめいちがった御境遇の様に思われるのですが、私の想像は当りませんかな? 貴君あなたは(レックスに向って)私達の様にこの幽界のお方ですね、軍人であるとすると、定めしこの大戦で戦死をした方でしょう。戦争の噂さは大分と私達の耳へもはいりますよ。』

 レックスが点頭うなずくと、彼はワアド氏の方を向きました。――

 園丁。『貴君は今しがた、この御老人の云われた事から察して見ると、未だ地上の方ですな。』

 ワアド氏が自分の事を手短かに説明してやると、園丁は叔父さんに向って『しかしあなたはどういうお身分の方ですか?』と申しました。叔父さんが霊界の住民である旨を答えると、その園丁は急に敬虔けいけんな態度になって『それではあなたは天使のお一人でいられますか』と尋ねるのでした。

 叔父。『イヤイヤ、わしはその様なえらいものでは無い。ただこの青年達の親類のもので、この世界に手伝に来てる丈じゃ。だがもう帰らねばならんから、話は又の時としよう。』

 園丁は百合園を三人に見せましたが、英国の山野さんやに育つあらゆる百合の種類が、整然と区分して植えられてありました。それから三人は春の園や球根植物の多い園を通って、再び以前の入口近くに戻りました。

 園丁。『未だ未だ羊歯しだの美しく繁茂した瀧のかかっている水辺、そのほかお目に掛けたい処は沢山あるのですがお急ぎの様ですから、今日きょうはやめましょう。我々のほかにまだ園丁が五六人も居ます。みんないつでもよく働いてますが、からだを悪くするほど働き過ぎる事もなく、至極幸福です。しお差支さしつかえなければ、地上へお戻りにならぬお二人丈でもお残りになり、お嬢さんにお逢いになりませんか。喜んでお目にかかられると思います。家の中には又古代の道具が沢山集めてありますから、面白いものもきっとあるに違いありません。』

 園丁の勤めに従う事になり、ワアド氏独り二人と別れて門を出で帰路に就きました。すると、彼の眼前めさきが急に朦朧もうろうとして、いつしか我を失ってしまったのであります。

 同じく九月十九日に幽界へワアド氏が行った時、叔父さんやレックスから、この邸内の事について、もっと聞く事が出来ました。先日ワアド氏が時間が来て独り先に地上に立帰ってから、あとの二人はなお広い庭内を散歩したり、H嬢に面会したりしたのであります。

 叔父。『美しい芝生の段丘だんきゅう沿うて行くと、小河が流れていたが、それが樹木に縁取いろどられた静かな湖水に続いて居ったよ。その水面には白鳥だのゴンドラだのが浮び、トンと絵でも見る様な景色じゃった。ゴンドラの船頭せんどう私等わしらを乗せてくれて、お蔭で面白い船遊びをやった。その船頭は好い声で船歌を聞かせてくれたよ。伊太利イタリー語じゃったがわし等にもその意味がようわかった。

『お前は見なかったが、あの庭の芝生の中に、それはそれは美しい大噴水があったよ。百尺ほど噴き上って居たろうか、実に美事じゃった。』

 ワアド。ほかに目立ったものはありませんでしたか。』

 叔父。左様そうじゃな……おお小鳥が沢山居って、それがみんな野放しじゃった。鳥籠などは一つも見当らなかった。その女主人公にようなづいているのと、又広い静かな庭に好んで集るのでもあるそうな。H嬢の話によると大抵の鳥は餌など探さずに、たださえずってばかりいるそうじゃよ。

『蝶も数知れぬ程飛んで居った。種々な変り種も見たが、もう英国に跡を絶ったのもあった様じゃ。矢張りその婦人が蝶を好むので集まる様に思われる。』

 この夜は種々内輪話うちわばなしもあり、時間も長引きましたので、ワアド氏はこれ以上に留まる事が出来ず、急いで地上に戻りました。


二十五 叔母さんの死

目  次

二十七 母の永眠


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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