幽界行脚

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二十四 幽界の夫婦

 一九一六年八月二十一日に、ワアド氏がいつもの家に入ると、叔父さんとレックスとが将棋をさして居たので、勝負がつくまでこれを見物したのでした。勿論むろんその将棋は、レックスのけでした。

 雑談が始まると、レックスはワアド氏に向って、其後そのごの出来事を語りました。レックスは最近生前の知人に幾人となく邂逅でくわしたが、大抵の人は死の直後において彼と同じ様な体験を経てるとの事でありました。種々な話の中に、

 レックス。此間このあいだ教会へ行って見ました。それはカトリック教の寺院で、司祭は立派な老牧師でしたが、大分聴衆がありましたよ。万事は地上の教会と大差はありませんね。其処そこが済んでからもう一つ別の教会へ行って見ました。此度こんどの牧師は前の人とはまるで違った人間で、教会員もおもに婦人連でしたが、中には生前からその司祭と特別の関係のあった人達もるとのことで、イヤハヤ大変な教会もあったものです。その牧師は自分の不純な行為を少しも恥じと思わず、又女達は御互いに嫉妬に燃えて憎み合っては居ても、その牧師の非行は咎めずにるというのですから、頗る奇抜ですよ。

この牧師の後にはいつでも渇仰の婦人連が、ゾロゾロぐんを為してついてあるきます。彼はこの女達を時々怒鳴り附けもしますが、しかし多くは優しく可愛がってやる様ですよ。とにかく自惚うぬぼれ我意わがままとの化身のような奴ですが、自分じゃ模範的人物だと思ってるらしいから好い気なものです。こんな人間は男の中では一向もてませんから、よくほかの男と喧嘩をするそうで、此間このあいだも現に二人の仏国の兵士に袋叩きにされていましたつけ。

『それからしばらく歩いて行く中に、向うから如何いかにもグッタリとした、元気のない男が来ましたが、その少し後から女が二人終始しじゅう喧嘩をしながら附いて来る。その様子があまりおかしいので、僕はその男に話しかけて見ました。きけばその女達は彼の先妻と後妻で、第一の妻が死んだ時、彼は第二の妻と結婚した。すると此度このたび夫婦共爆弾に打たれて幽界へ来て見ると、先妻が待構えて居て、其処そこで亭主の奪合いになって、二人共負けず劣らず自分のものにしようと争ってる訳で、男の方では面倒になり、二人から離れたがっているんですが、別れ話を持出すと二人共、急に風向を変えて男に喰ってかかるので閉口しているとの事でした。余程困ってると見え、如何どうしたらよかろうかと僕に相談をかけましたよ。

『この場合どちちの女も、男を離れるのがいやなら共有するよりほかに方法は無いのですが、それも出来ないのならどうにもしょうがないでしょうネ。他にもまだもっと変った夫婦を、いろいろ見せて貰いましたよ。

其次そのつぎに見たのは三人も妻のある男ですが、此処ここでは風変りに女同志が共鳴し合って、たッた一人の男を共有してるのでした。姉と妹と二人を妻にしている人もいましたよ。これも三人で平和に暮していました。

『中には随分変ったのがいますよ。ある男はね自分より先に死んだ第一の妻と暮してましたが、後妻が来た時には、きっと事が面倒になると心配していました。又こんなのもありました。妻に先立たれた男ですがね、幽界へ来て見ると二十年前に死んだ妻は、もうっくに上の霊界へ行った後で、しかも妻が精神的であったに反し、自分は生前非常に物質的な人間だったので、いつその愛妻に逢える様になれるかと煩悶はんもんしてるのでした。又妻の方でおっとをさがしているのもありましたよ。どうしても先に死んだ夫が見附からないので困ってました。その男が幽界へ来てから堕落したと云う事を聞き込んで、最下等の境界へ落込んでるのではないかとなげいていましたっけ。』

 レックスの話はなかなか尽きませんでしたが、ワアド氏は帰るべき時刻が来たので、叔父さんが注意しました。

 叔父。『サア、ジャックもう時間が無い様じゃ。兎に角この世界にも種々な珍現象があるのう。』

 ワアド。『実際面白いですね。この世界でも未だ夫婦の間に性的生活などというものがあるのでしょうか。』

 叔父。『霊界とちがって此所ここは未だ半ば物質的世界というてよいからな。しかし性的関係の上からは地上と全く同じ様には行かぬ。そこで人間に憑依して肉慾の満足を得ようとする者等が出て来るのじゃ。さあさあ急いで帰らねば駄目じゃよ。』

 ワアド氏はやむを得ず暇を告げました。


二十三 レックスの初功名

目  次

二十五 叔母さんの死


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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