幽界行脚

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二十三 レックスの初功名

 一九一六年八月十四日にワアド氏が訪問した時、レックスと叔父さんとのほかに、例の陸軍士官と今一人レックスが職場から救い出して来た男が居ました。士官はレックスのこの初功名はつてがらを非常に喜んでりましたが、急に高声を張上げ、

『ああワアド中尉争われないものじゃ。――貴方の守護神が現われて来ましたぞ。』

 ワアド氏が見ると、成程少し離れてはるが、レックスの守護神の姿が判然はっきりと見えました。右の守護神の姿は間もなく消えましたが、しかしレックスにもおがすきがあったので、彼は大そう喜びました。

 陸軍士官が新来の人を連れて出て行ったので、後はいつもの三人りになりました。レックスはワアド氏に向って、自分が陸軍士官に連れられて現界の戦線に行き、自分の隊から今の人を救って来た事を話しながら、

 レックス。『兄さん僕はね、ほかに助けたい人があったのだけれど、あの士官がね、成るく自分に縁の無い人を救えというんです。そして、このぎには嫌いだった人を救うのだと云うのですが、僕は独逸ドイツ人丈は御免を蒙りたいと思ってる処です。一体僕には、嫌いな人というのは別に無いので、弱っているんです。虫がかないのは独逸ドイツ人位のところです……。

『それから兄さん、僕は虎猫を一疋ひろって来ましたよ。それは戦線の近くの荒廃した場所に出来かかっていた一軒の家のそばにうろついていたのです。』

 ワアド。『じゃその家は地上で破壊こわされている最中だったのだろうね。』

 レックス。『多分そうでしょう。その虎猫もやッと殺されたばかりらしく、可哀そうにマゴマゴしてましたよ。ああ其処そこに居ます。』

 安楽椅子から一疋の虎猫が飛降りて、レックスの足下あしもとにじゃれ附き、ニャアニャア啼きました。此時このとき叔父さんがわずらってる叔母さんの容態を尋ねました。――

 叔父。『私の家内はどんな工合ぐあいじゃ?』

 ワアド。『悪くはない様ですな。此間このあいだ御父さんが見舞に行かれましたが、案じた程悪くはないと云うてられました。――時に私はもう帰る時間が来た様ですから、これで失礼します。』

 ワアド氏はその家の戸口を出て、濃霧を分けて町筋を、田舎道の方へと歩いて行く中に気を失いました。


二十二 幽界のヴァムパイア

目  次

二十四 幽界の夫婦


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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