幽界行脚

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二十二 幽界のヴァムパイア

 一九一六年八月七日の幽界行にも、ワアド氏は故障なく叔父の家に到着し、同氏の発言でもう一度女の世界を見物する事になり、三人で又この前の公園へ出掛けました。

 途中で狭い町を通ると、とある家から二人の女と一人の男とが出て来ました。その中の一人の女がいきなりレックスの腕を捕えてれしげに、

『今日は……。ねーあなた一緒に散歩しませんか?』

 突然の襲撃に面喰ったレックスは、工合ぐあいが悪そうに返辞をした。――

『未だあなたには一度も御目にかかった事はない様ですが……。』

『そんな事構うものですか。』彼女はカラカラ笑いながら、『直ぐに仲善しになれますよ。遠慮は損よ。一体貴方あなたはいつ来たんですの?』

 レックスはワアド氏に向って、

 レックス。『いつでしたかね、にいさん。』

 ワアド。『三ヶ月半程前だと思うが。』

 レックス。『もっと長い様にも思えるが矢張りその位でしょうネ。』

 女。『方々見物したいでしょうネ、あなたは……。私はもう二十年も此所ここに住んでるから、何所どこも皆知ってますよ。さァいらっしゃい。』

 叔父さんは此時このとき口を出しました。――

『レックス、もう遅いから帰ろうじゃないか。』

『貴方達二人は勝手になさいよ。私しゃ御国の役に立った人にいい事をしてあげたいのさ。ね、レックス中尉さん――あんたは知らないでも、こっちゃチャント御承知なのよ。』

 その女は嘲笑せせらわらいをしながら、こんな憎まれ口をたたきました。

 叔父さんはレックスをグングン引立てながら『さァ行こう行こう』と此所ここを離れようとします。やむを得ずレックスは渋々叔父さんについて帰りました。

 家へ帰ると叔父さんは二人にその女の事を話しました。――

『あの女はナ、怖ろしいヴァムパイア連の一人じゃよ。彼奴等きやつらは人に憑依とりついてお話しにならぬ程放縦な生活をしてる悪魔の群でな、幽界へ来た人達を誘っては堕落してる地上の人間の身体に憑依して腑の抜けた一時の淫楽いんらくを味うのじゃ。後からそのためどんなに苦しむかも知らずにる、世にもあわれな奴等じゃ。あの女の幽体ももう大分稀薄になって居たが、あの様子では遠からず地獄へ落ちるのじゃろう。レックス、お前は先刻さっきもう一人の女に連れられて行く男を見たろうが、しも御前があんなふうに誘われて行こうものなら、今頃は、もうグングンと堕落し始めてる。ああ危ない処じゃった!』

 なお二三の会話の後、ワアド氏は地上に立帰りました。


二十一 爆弾で殺された女

目  次

二十三 レックスの初功名


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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