幽界行脚

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二十一 爆弾で殺された女

 一九一六年八月四日ワアド氏が例の家へ入るとレックスも叔父さんもりました。

 叔父。『今日の途中はどうじゃったかナ? 又怖ろしい物に出合いはせなかったか?』

 と叔父さんは心配してくれたが、しかしワアド氏は此日このひ別に何の事もなくただ雲と霧を分けて行くとすぐその家の近くの街に出たのでありました。

 ワアド氏はレックスに毎日何をしているかを訊くと、

 レックス。『近頃は陸軍士官の幽界の生活という講演があるのでそれを聴きに行ってます。講義が済むと、それから聴講者一同の討論となり、最後に質問で打切る事になってます。僕等は未だの世界に不慣ふなれなので話しも充分には解るまいと士官はいいますがね……聴講生はなり多勢なのでの近所の公会堂の様な処でやってます。』

 ワアド。『それはそうと此所ここに女の人は居ないのですか? 近頃随分沢山の女が死んだ筈ですが……。』

 叔父。るとも! 私の住む霊界に比べると此所ここは男女の交際つきあいがずっと自由に見えるが、私は今の処レックスを女に逢わせぬ様にしてるのじゃ。だ安心して女と交際させる訳には行かぬからナ……。だが今日は一つ女を見せ様かナ。』

 これから三人連れで外へ出かけて、小さな公園様の場所へ行くと、女小供こどもが大勢居て、小供こども達は遊びたわむれ、女同志は笑いさざめき、その有様は大体地上とちがいませんでした。

 中に一人の女が小児こどもをしかと抱きかかえたまま人々を離れ茫然ぼんやり自失の体で坐っていましたが、その眼はいかにも恐怖にみちていました。

 叔父とワアド氏とが話掛けても先方は気附かぬ様子なので、此度こんどはレックスが口をききました。すると驚ろいた彼女は叫びました。――

『あなたは英国の方ですね、助けに来て下さったのでしょうが、もう駄目ですよ。あの獣物けだもの達め私の家に火をけて逃げ出す処を剌殺ころすなんて……お母さんも私の子も殺されてしまいました。だけど私と坊やはうして生きてますよ。誰れがあんな奴等に殺されるものですか。火で焼かれた方がよっぽどいい。ほら、あすこでおかあさんがひどい目に逢ってます。ああ恐ろしい……。』

 三人はこの憐れな女を慰めようと思い、死の関門は既に通り過ぎて、もう怖ろしい事は何も無いのだと言葉を尽して説きましたが、どうしても訳が解らず、已むを得ず其侭そのままに見過してしまいました。

 其次そのつぎに話をしたのは二人の婦人でした。――

『とてもおそろしい物の砕ける音がしたと思うと、四辺あたりが急に真暗になってしまいました。だんだん気が附いて御互いに呼び合って、やッと一緒になりました。最初は生埋めになったのかと思ってましたよ。そしてそれはそれは怖ろしい恰好をした怪物が種々と出て来るので、私達はヒイヒイ云って逃げ廻ったもんです。』

しばらくすると、薄暗がりに大勢の人が見えたので其所そこへ行くと、一人の男が説教をしていましたが、それでやっと自分達が死んだことがわかりました。その説教師が自分について来れば明るい気持のよい所へ行かれると言うのに誘われて、ようやこの町へ辿りつきました。今私達は尼寺にいますが、それは昔し地上で見覚えのあるものです。もう此処ここへ来てから大分時もちますから、だんだん死際の怖ろしかった出来事等は気にかからぬ様になりました。そして教会では種々と教えてくれるので、大分この世界の様子がわかって来ました。』

 三人の問に答えてその女達はこんな物語りをしました。これから一度例の家へ戻って、内輪の話が一しきり済むと、ワアド氏が現界に帰る時間が来たのです。


二十 地獄行きの溜

目  次

二十二 幽界のヴァムパイア


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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