幽界行脚

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十七 骨董店

 ワアド氏が再びレックスの住居をおとずれたのは七月十七日の晩でした。一行の戦死者救済事業がなかなかの好成績であったらしい事は部落の空家あきやがすッかり軍人連でふさがっているので明瞭でした。おまけに、そこいらには新規の家屋が沢山出現していました。

 可笑おかしかったのはワアド氏のすぐ眼の前で一軒の家屋がニョキニョキ出現しつつあったことで、地上では今しも右の家屋が砲火のめに破壊されつつある最中に相違ないのです。真先まっさきに現われたのは屋根と家の上層だけとで、それこそ真実ほんとうの空中楼閣なのです。が、それもホンのしばらくでした。地上の建物が土台までもすッかりこわれてしまったのかドーかは不明ですが、兎も角幽界の建物は全部きれいに出来上ってしまいました。

 ワアド氏が弟の住居にはいるなり、叔父さんは呼びかけました。――

『今日は一つ骨董店に行って見ようと思うが、お前はドーじゃナ?』

 むろん、不賛成を唱えるべき限りでありませんから、レックスとも三人連れでそこに出掛けました。途々家事上の相談などをしながら歩をすすめるうちに程なくとある店舗みせ前面まえに出ました。

『ここの見物はきッとお前の気に入るに相違ない。』と叔父さんが言いました。『店の主人あるじはイープル市で骨董店を開いて居たもので、よほど昔の人間じゃ。幽界へ来てから途轍もないほど、いろんな骨董品を蒐聚しゅうしゅうしてる。』

 はいって見ると風変ふうがわりのひからび切った一人の老人が居ました。

 早速その老人がワアド氏をつかまえて話しかけました。多分その用語はフランス語なのでしょうがワアド氏にはよくその意味が通じ、同時にワアド氏は英語で答えたつもりなのですが、それも何の苦なしに先方に通じました。

『あなたはなかなか』と主人が言いました。『骨董類がお好きですナ。結構です御随意に御覧ください!』

 それは全く叔父の言ったとおり、途轍とてつもない、いろんな骨董品の蒐聚しゅうしゅうされている店でした。あらゆる時代、あらゆる国土の武器だの、甲冑だの、陶磁器だの、ガラスだの、仏像だのが、数限りもなく陳列されて居ました。

 ワアド氏の方でも最近に東洋に行って来たことを物語り、その際手に入った品物の話などをしてきかせますと、主人はよだれを流して歎びました。先方もなかなかの東洋通であるらしいので、生前東洋へ旅行したことがあるかといて見ますと、主人は頭を左右に打ちふりました。彼は言いました。――

『わたしは疑念ながら生前は一度も東洋に行かずじまいです。しかしお蔭さまで死んでからは、ちょいちょいあちらへ参りましたので、相当向うの事情に通じてります。ちょっとワアドさん、この仏像などはいい作品でございましょう! 他にもまだ美事なのがあります。が、このシヴァの像などときては、わたしのっている美術品中の尤物ゆうぶつで、何んとすばらしい出来栄できばえじゃございませんか?』

 ワアド。『あなたはうしてんなものをお手に入れられたのです?』

 主人。『うしてッて、みんなひとりでにわたしの手元に集まって来るのです。で、無生物と言ってもその実は、一種の生物であって、妙な知覚をっているのではないかと、ときどきわたしは考えさせられます。そりャ一度や二度は路傍に落ちているのを拾い上げたり、又空屋あきやから取って来たりしたこともございますが、そんな事はめったにありません。どの品物もプイと店にて来るのです。――あれッ! あそこに旧式の大時計が来ている。あれなどはわたしも今初めて見るところです。』

 主人は急いでそれをしらべに行きました。

 その瞬間に叔父さんから注意があったので、ワアド氏はいささか残り惜しい気がしたものの、おとなしく店を辞したのでした。


十六 戦場訪門

目  次

十八 陸軍士官の講話


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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