幽界行脚

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十四 新兵募集

 一九一六年七月三日、ワアド氏が亡弟の住める村落に近づきますと、四辺あたり状況ようすが少し平生とは異なり、多くの人々が玄関げんかんに立ち出でて何物かを待ち構えて居る様子ようすなのです。するとたちま何所どこからか風笛の響き……。ドー耳をすまして見ても、それに相違ないのです。

 ワアド氏は急いで弟の住宅すまいにかけつけましたが、その頃には楽隊がくたいの音がますます明瞭に聞えて来ました。そして玄関げんかんにはレックスをはじめほかの人達も皆並んで居ました。

『ありャ一体何です?』

 ワアド氏が怪んでたずねますと、陸軍士官がこれに答えました。――

『幽界の新兵募集の行進曲こうしんきょくなのですよ。この考は最近野火のびのように幽界にひろがりました。ドイツ軍が大前進運動を開始したという報知しらせが、最近の戦死者の口から伝えられたのが原因で、現在味方が地上でドイツ軍を攻撃こうげきしつつある以上、幽界でも同様にドイツ兵を攻撃するという説をとなえ出した奴があるのです。イヤ莫迦ばか莫迦ばかしくてお話になりャしない。幽界の戦争に勝ったところでそれが何になりましょう。少しでも地上の味方みかたに取りて有利なことなら別問題だが、んな真似をすればただ多数の人達の精神的進歩を阻害そがいする丈のことです。この男などもその仲間に加わりたがっている一人でね。』

 そう言って陸軍士官は、忌々いまいましげに伝令の方を見やりました。

 そう言われて見れば、成程伝令は余程昂奮こうふん状態で、しかも軍楽隊の吹奏すいそうする風笛の音が一歩一歩こちらに近寄ちかよるにつれて、その昂奮はますます加わるのでした。

 と、たちまち眼前に兵士の縦隊が現われました。列又列、隊又隊、いずれも皆屈強くっきょう蘇国ソビエトの精兵ばかり、それが幾千人ともかぞえきれないほどの大部隊なのです。

 通過しながら彼等は声を揃えてさけびました。――

『集まれェツ! 兵役忌避きひ弱虫よわむしども、何を愚図愚図して居るのか!』

 そう呶鳴どなりますと、の家からも、まちからも大勢の若者が、皆大急ぎで飛び出して来て軍列に加わる加わる。その人数は見る見るうちえる一方、シーフォース連隊もあれば、ブラック・ウオッチ連隊もある。それが風笛ふうてきの響きにつれてドシドシと進行する。それにつづいては騎兵が来る。砲兵が来る。つづいて大鼓や横笛よこぶえの軍楽隊が来る。

『アレアレ彼所あそこへ英国連隊がやって来た!』

 そう叫んだのは例の伝令でした。

『そうじゃない。あれはウェールスのフュージリール連隊だ!』

 と街頭の一兵士がさけびましたが、近づいて見るとはたしてその通りでした。それが通り過ぎると間もなく愛蘭アイルランドの各連隊がつづく。その後には家々街々まちまちから、募集に応じて従軍したところの新兵連が、下士官連に整理されて旅次縦隊りょじじゅうたいを作りて進む。

 やがて植民地の分遣隊が通る。間断かんだんなき歓呼の声をびながらカナダやアンザックスの義勇隊が通る。やがて楽隊が一段調子ちょうしを高めたと見ると今度はいよいよ本国の各連隊が通過しはじめ、ところどころに砲兵隊や騎兵隊がまじる。

『ヤア王室ローヤルフュージリール連隊がやって来た!』と叫んだのはレックスで、殆んぞ伝令に負けない位の昂奮りであります。

 叔父さんはまゆをひそめてレックスの肩に片手をかけて言いました。――

『これレックス、お前は気をしずめんとかんぞ! 目下いまのお前に何ができるものか。幽界の新兵募集などというものは中身なかみなしの見掛倒しじゃ。国家のめに何のお役に立つ訳ではなし、折角私達がこれまでお前のめに苦心して来たことを、きれいにブチこわす丈の仕事に過ぎない。気を落付けてくれ……。』

 同時に同じような事を陸軍士官は伝令に向って述べたのですが、ドーも少しも耳に入りそうな様子は見えませんでした。

 お幾つかの連隊が通過したが、その中に近衛このえ第一連隊がまじって居るのを見た時に、伝令はたまらなそうな顔をして、

『やァーツ! 来た来た!』

と叫びました。

 そうするうちにもたちまちヨルク及びランカスター連隊が見え出しました。ワアド氏はそれを見るにつけても、ああんなに多数の血気盛けっきざかりの青年達が、モー地上には居なくなったのだナ、と覚えず感慨の涙にむせんで居りますと、たちまれつの中から大きな声で『伝令!』と呼びかくるものがありました。

『オーイ! ここここだ!』と伝令は我を忘れて玄関からりながら『行くぞ、おれも……』

 またたに隊伍の中に加わってしまいました。

 レックスも一瞬間しゅんかん、ムヅムヅして居ました。――が、叔父さんから意味ある一べつを与えられると、ブツブツ口の中でつぶやきながらきびすをめぐらせました。

 伝令の呼ぶ声がこの時、列の中から聞えました。――

『早く早く! ワアド中尉どの!』

 しかしレックスはだまって家の中に歩み入りました。

 それからもお幾縦隊かが通過しました。陸軍士官の概算がいさんするところによれば、すくなくとも三万以上の大部隊であったそうで、しかも刻々_こくこくとその人員は増大するのでした。

 どの連隊の後尾こうびにも新募集兵が附いて居て、それは皆商人服を着て居ました。そして一番のドン尻には看護隊がつづきました。

 ようやくのことで全部通過してしまいました。

『困ったものだ!』と陸軍士官がつぶやきました。『これがすこしでも、御国みくにのためになるならばであるが、何の役にも立つ仕事じゃない。んな莫迦気ばかげたことをして居れば、無数の霊魂が再び瞋恚しんい渦巻うずまきの中にまきこまれ、幾年間か進歩が遅れるばかりだ。――が、吾輩も彼等の気象にはほとほと感心する。ることは間違って居るが、精神丈は買ってやらずばなるまい。吾輩なども自動車にき殺されて下らない死態しにざまさらさずに、この大戦争に参加して戦友と枕をならべて、花々しい戦死をげたいものであった。――イヤ今更いまさら愚痴をこぼしても始まらない。屋内なかはいりましょう。今晩はワアドさんの御令弟を説得せっとくするのに、一とほね折らんければなるまい。あの人は幸い伝令よりも長い間、われわれの手元で仕込しこんであるので助かったが、さもなかったら、矢張一しょに出掛けたに相違ない。うまくあの伝令を連れ戻ることができるかしらん……。』

 ワアド氏は陸軍士官と連れ立ちて室内にはいりました。すでに叔父さんはレックスに向って説法を開始して、あんな真似をしてもさっぱりつまらないことを、諄々じゅんじゅんいて居ました。レックスもよくその事は承知して居ましたが、しかし自分の先任将校が折角せっかく呼んだにも係らず、知らん顔をして居るのは何やら気が済まない。連隊では自分のことを、きッと悪く言って居るに相違ない。事によったら臆病者とあざけって居るかも知れない、というような事を、くよくよ述べ立てるのでした。

 叔父さんはそれに答えて、無智むちな連中が何を言おうが、それを毛ほども気にかけるには及ばない。長く霊界ここに来て居るもので、あんなくだらない考に捕われるものは一人もない。レックスの現在の仕事は向上こうじょうすることで、今やっと目鼻がつきかけたところであるのに、あんな連中の仲間入りをした日には、何も彼も一ぺんで台無しにしてしまうと、こまごま言いきかせたあとで、更にうつけ加えました。――

『若しあんな真似をして、実際御国の利益ためになるなら、縦令たとえそれがめに、んな犠牲を払っても、われわれは決してお前を引きとめはしないのじゃが、しかし毛ほども役に立たないから駄目なのじゃ。そりャ戦争に参加して実際援助えんじょを与える霊魂れいこんもあるにはある。が、それはヤリ方がまるきりちがう。指揮者、統率者とうそつしゃにインスピレーションを与えて、新計劃けいかくを起させるのであって、幽界などでくだらない戦争ごッこをすることじゃない。』

 いろいろ言いきかされてレックスも、っといくらか承知ができたらしいので、ワアド氏は辞して地上に戻りました。


十三 陸軍士官の大活動

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十五 幽界の売店


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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