幽界行脚

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十二 幽界の魑魅魍魎

 一九一六年六月二十六日の晩、ワアド氏は又もや約束どおり、レックスを幽界の住居におとずれると、その折も一同揃っていてよろこんで地上からの遠来の客を迎えたのでした。

 一ばん娑婆気しゃばっけの強い伝令は、ワアド氏の顔を見るなり早速その後の戦況に就きて、根堀り葉堀りさかんに質問を発しました。そしてギリシャ軍が封鎖ふうさされて降参したことや、ロシア軍がオーストリア軍を駆逐くちくしつつあることや、連合軍がドイツの戦線を砲撃しはじめたことや、すべて味方に取りて有利な戦況をきかされると、彼は自分が死んでいることも打忘れて、莫迦ばかに昂奮してしまい、何時いつまでっても、ワアド氏を手離そうとしませんでした。

『まァ戦争の話はその辺で、一とず切りあげてくれんか。』叔父さんが機会おりを見て言葉をはさみました。『今日はレックスから地上の人達に報告せねばならん面白い材料がある筈じゃ。――さァ早速始めてはうじゃナ?』

 レックス。『承知致しました。――実ににいさん、僕は最近いろいろ変ちきりんな幽界の存在物にぶッかったのです。いずれも人間以外のバケ物ばかりですよ。

『僕がたッた一人で田舎いなかに出懸けたのが発見の手がかりです。最初に見つけたのは可愛らしい妖精――丁度あのお伽噺の中で見たような連中なのです。僕は少なからずびッくりして、其奴そいつ達がふざけ散らして、とび廻っている状況ようすを見物しましたが、蝴蝶こちょうのようなはねっているのもあれば、又は蜻蛉とんぼや蝙蝠のようなはねのもあり、その中の一疋などはほうきに乗って空中飛行をやっているのです。

『僕が面白がって熱心に見惚みとれていると、不意に一個の大怪物が現われたので、それらの妖精どもはパッと烟のように消え失せてしまった。――イヤしかしそのとび出して来た怪物のみにくさと言ったら、全くお話にならないものでした。脊丈せたけおよそ一丈ばかりかみ半身は緑色の鰐魚わにそっくりだが、しも半身は素裸体すっぱだかの人間なのです。しかもその色は緑ではなくして、黒ずんだ樺色なのです。

其奴そいつが僕の姿を見ると驀地まっしぐらに突撃して来ました。僕は武器と云ったら、ただの一つも持って居ませんから、仕方なく逃げました。むろん逃げるのは卑怯ひきょうな話には相違ないですが、しかし実際あのイヤらしいバケ物の姿を見ると、大ていのものは面喰めんくらって逃げたくもなります。

『が、逃げ出してから間もなく、叔父さんが僕の方向にせつけてくださいました。そして形勢不穏と見て取るや、叔父さんはヒラリと空中に舞いあがり、矢をるような速力でたちまち僕のところに到着し、僕の腕を捕えてグルリと方向転換ほうこうてんかんをさせて置いて、う言われるのです。――

「逃げてはかん! こちらから逆襲してやるのじゃ! あんな化物ばけものはいつかお前が邂逅でくわした、歴史以前の怪物よりもまだくみしやすい。太古の動物には霊魂がはいっているが、此奴こいつからッぽじゃ。さァかかれッ!」

『僕達が怪物目がけて突撃して行きますと、其奴そいつの姿が妙にガタガタふるえ出し、やがて粉々こなごなになって砕け、風のまにまに、四方八面に飛び散ってしまいました。

『僕はびッくりして叔父さんにたずねました。――

「何ですか一体あれは?」

「あいつは幽界の一つの変化へんげじゃよ。」と叔父さんが答えました。「あんなものは幽界では決して珍らしいものではないが、しかしその正体しょうたいをお前に説明してきかせることは容易でない。一体幽界という境地ところには幽的原質が沢山存在する。で、ある想念の形像かたちが幽界に来た時はこれ等の原質を自分の形像かたちの周囲に引き寄せ、言わば幽的原質を以て自分の形像を包んでしまうのじゃ。ほかにも此等これらの怪物が発生するいろいろの手続が存在するようじゃが、くわしい調査は誰か他の専門家にたのむことにして置いて、兎に角此等これらの怪物の生命は大体においはなはもろいものだと記憶すればいようじゃ。但し中には人間をえさにして、一種の生命を製造する奴もないではないらしい。」

「人間を餌にするッて、一体んなことをやるのです?」

「そりャ地上に居住する意思の薄弱な人間に憑依くっついて、その生気をい取るので、丁度ちょうど悪霊達が人間に憑依して、いろいろのイタズラをるのと同一おなじ理窟じゃ。それから又時には幽体を失った悪霊が此等これら幽界の怪物をとらえ、一時それを自分の幽体として使用する場合もある。そんなのになるとむろんその生命は余り長くはないが、一時はなかなかの悪業わるさをやり兼ねない……。」

『僕はつづいて叔父さんにたずねました。――

「ドーも_なかなか混雑こみいっていますね。第一のただの空ッぽの変化へんげと、第二の人間を餌にしている変化と、それから第三の悪霊の宿になっている恐ろしい変化と、ドーしてその鑑別みわけがつけられます?」

「そりャ大体直覚でわかる」と叔父さんが答えられました。「何所どこにその相違点があるかということは、なかなか説明しにくいが、一と目見れば何所どこやらちがったところがある。簡単にのべると第三の奴は幽界の他の居住者並の行動をっていて、立派に智慧を働かせるが、ただその衣服きものが借物なので間断なく崩壊ほうかいしたがる。第一と第二とは智慧が働かずにただ本能だけで行動する。但し第二の部類に属するものの中にはその本能が莫迦ばかに発達して居て_なかなか手にえないのがある。丁度地上の発狂者の中に思いも寄らぬ狡智こうちを蔵しているのがあるようなものじゃ。第一の奴は一番きまぐれで、何の目的あてなしにフワフワその辺をうろつきまわり、一寸した刺戟しげきですぐにドーでも動く。この気まぐれな点が又人間の脱殻ぬけがら[#「脱殻ぬけがら」は底本では「脱殻 けがら」]式幽霊と相違している点じゃ。霊魂たましいの脱出したからッぽの幽体というものは、地上生活中にみ込んだ生前の習慣をあくまで繰り返す性質をっている。たとえば世間で騒ぎ立てる幽霊邸――彼所あすこに出入する幽霊の多くは、皆脱殼ぬけがらじゃが、其奴そいつ達は何十年、何百年かにわた同一おなじ事ばかり繰り返している。別に目的がある訳でも何でもない。その証拠にはこころみに其奴そいつ達に向って何とか質問して見るがよい。決して返答へんじをするものではない。返答へんじをする幽霊は脱殼ではない。しからばその脱殼ぬけがらでない幽霊はんであるか?――面白い研究材料じゃが、その説明は他の機会に譲ることにしよう……。」

『叔父さんの説明は大たいそんなところでした。その際僕はうっかりして最初見たッぽけな妖精の説明を求めなかったから今改めて叔父さん質問します。叔父さん、あの妖精という奴はあれは全体何物でございます?』

『妖精にもいろいろある。』と叔父さんがそれに答えました。

『お前が見たのは、あれは小供達こどもたち空想くうそうが幽界に来て、例の幽的原質でその形態を包んだものじゃ。物質の世界では思想は無形じゃが、幽界へ来ると一時的ではあるが形態ができる。霊界へ来るとその形態は永久に滅びない。ところで,お前が驚かされたあの怪物となると、又まるきり材料がちがう。あれは黒人と鰐魚わにとの脱殻式幽体が、偶然にも幽界の気流に吹き寄せられ、とうとう双方が合併して、あんな無気味ぶきみな怪物の形が出来上ったのじゃ。むろん、あんなものは永持はしないがね……。』

 その日の談話はなしは大体それで終りました。例によりてワアド氏はすべての人達に別れを告げけて戸外そとに出たまでは覚えていましたが、そのあとすぐに気が遠くなって一切の意識を失ってしまいました。


十一 レックス中尉の守護神

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十三 陸軍士官の大活動


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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