幽界行脚

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八 レックスの物語 (つづき)

 一九一六年六月十六日の夜、ワアド氏は又もや雲霧をいて虚空こくう遥かにまい上りますと、やがて、とある景色の中に自分を見出しました。其所そこには一直線の長い街道みちがつづいていて、両側には英国らしい籬根かきねなどは見当りませんが、ただここかしこにポプラの樹がニョキニョキえていました。

 だんだんその街道みちを進んで行くとフランスか、それともベルギィかの一小市街に達し、ねておなじみの家屋の正面しょうめんに出ました。

 内部なかはいるとガランとして誰も居ない。ワアド氏はいささか失望しましたが、しばらく待っていると、ようやく愛弟のレックスが戸外そとから入って来ました。

 レックス。『矢張りにいさんでしたネ。きッとお見えになるだろうと思いましたので戻って来ました。僕の伝令はようやく見つかりました。大分工合ぐあいがよくないですが、追ッつけ回復するでしょう。叔父さんと陸軍士官とが一しょに居ってくれます。』

 ワアド。今日きょうは月曜日の話のつづきを聴かせて貰いたいが……。』

 レックス。『承知しました。少し急いで片付けてしまいましょう。あれから叔父さんはこの幽界生活の真相しんそうを僕に説明してくれました。それは大体うです。――

 レックス、お前はまだ青年じゃから、お前の幽体ゆうたいは_なかなか丈夫で、今後相当永持ちがするものと思わんければならぬ。就いてはしッかり腰を据えて、一と此所ここをお前の永住地にする覚悟がる。すでに若い以上、お前に対する地上の引力いんりょくは余ほど強烈に相違ないが、それには抵抗せにゃならぬ。就中わけてきている人間の肉体に憑依して、地上の快楽にふけろうとする一さいの誘惑には極力抵抗せんと大へんじゃ。幽界にも沢山の美人がうろついていて、若年の男子を見るとさかんに魔道に引張り込もうとすることは、娑婆とすこしもかわったことはない。余ッぽど気をつけんといけない。

 お前に一ばんけないことは、生前におかした悪行為が邪魔をして、お前の守護神を隔離していることじゃ。その邪魔を除くには善行為を積むより外にみちがない。殊に肝要かんじんなのは地上並に幽界でひとを助けることじゃ。

 そう言ったからとて、お前の生前の行為おこないが全部悪かった、というのではない。お前にもなかなか沢山の善い行為はある。ただそれをもッと沢山にふやしてもらいたい。就中とりわけ望ましいのは犠牲的行為じゃ。平たくいえば他人ひとめに自分のイヤと思う仕事でもすることじゃ。自分の性来きな仕事をするのみでは足りない。一例をげると、お前は生れつき小児こどもきじゃ。で、其方そっちの方面には見るべき善行がすくなくないが、自分の気の進まない他の方面にはそれがはなはとぼしい。

う叔父さんがッしゃるのです。全くその通りに相違ないと僕はつくづく惑じましたよ。それから叔父さんは幽界の地理の説明をしてくださいました。私との問答はうです。――

 私。『物質界と幽界との関係はドーなのです?』

 叔父。「いやしくも物質的形態をって居るものには、皆幽体があるのじゃ。そして幽界にはその幽体がはいって来る。」

 私。『では僕が一の玩具おもちゃを造ってそれをこわせば、その玩具の幽体はこちらへ来るのですね?」

 叔父。「それは来る。更に純形態だけの霊界に行けば其所そこにもまたそれが在る。もっとも余り醜悪愚劣なものであると地獄じごくの方へまわされるが……。」

 私。『して見るとわれわれは神様かみさま見たいなものですね。品物を創造するのですから……。」

 叔父。「左様、創造そうぞうするところは神様らしい。兎に角地上で滅亡する建物は皆幽界に、又霊界にも来る。その外動物でも、樹木じゅもくでも、花卉かきでも、岩石でも、景色でも、何でも、皆そうじゃ。」

 私。『幽界と霊界とで、実体じったいがドー違います?」

 叔父。「私にはその相違点がよくわかっているが、その説明はなかなか困難じゃ。殊に無生物の場合においてそうじゃ。

「大体において述べると、霊魂れいこんは死後しばらくの間幽体と同居する。が、やがてわれわれは幽体を駆逐する……。駆逐くちくするというのが一番適当な言葉ことばじゃ。それがいわゆる第二の死じゃ。

「幽体から離れた霊魂は直ちに霊界へ昇り、その信仰しんこう次第で光明境に入ったり、又は暗黒あんこくの地獄にはいったりする。

「光明の境涯きょうがいから更に昇るものは例の大火壁を通過してその形態かたちを失うのじゃが、その後のことは私も知らない。しかし其所そこへ行くまでには私もお前を前途遼遠りょうえんじゃ。

「さて霊魂が幽体を脱出だっしゅつした後にも、その幽体はしばらく後に残る。丁度死後屍骸しがいが残るような工合ぐあいに……。その保存期間は一定しない。老人の幽体はその肉体と同様消耗しょうもうし切っているのでほとんど間もなく破壊はかいしてしまう。私などもソーじゃった。まだ幽界に来たことをはっきり自覚じかくせぬ中に早くも幽体が分解してしまったので、私はそのまま霊界へ移ってしまった。――しかし若い者の場合には容易にその幽体からけられない。

「若しその際右の若者が人体に憑依ひょういでもしつづけると、その霊体はだんだん劣悪れつあくなものとなりて幽体の内部にとどまり難く、そいつを粉砕して地獄にちる。これに反して善行を積めば幽体を放り出して霊界にはいって行く。後に取り残された幽体はモー中身無しのヌケからで、そのまま分解するのもあれば、又何の目標めあてでもなくフワフワ漂泊ひょうはくしているのもある。中にはそのヌケ殼が何世紀かにわたりて地上の旧宅に附き纏っているのがある。イギリス国内の有名な幽霊やしきと称するものの中にはこの種のものがすくなくない。中にはソーでない真実の幽霊邸もないではないが、何の目的もなしに、紀念日きねんびなどにブラブラ出掛けて来るだけの下らない幽霊は大抵このヌケがら先生と相場をきめて差支さしつかえない。

「それから動物……生前人間と共同生活をいとなんでいた高尚な動物になると、しばしば私達の生活する霊界スピリットプレーンまで昇って来る。しかし残忍性を帯びた野獣やじゅうなどになると、そいつらはドウもある程度幽界アストラルプレーンに永住するらしい。例えば獅子、おおかみ、又歴史以前の動物などがそれじゃ。

「私は今わざとある程度まで永住すると言うたが、その問題はまだ調査中で、はたして幽界に永住するのか、又何年かの後に地上に再生さいせいするのか、充分にわからんからソーいうのじゃ。ドーも彼等のるものは地上に再生するものらしいが、そいつは私がこちらへ来るときにまだ研究中の一項目こうもくであった。

「それから所謂いわゆる無生物じゃが、厳密げんみつにいうと真の無生物というものはただの一つもない。極微粒子といえどもそれには生命がある。木でも、石でも、家屋かおくでもすべて彼等相応の生き方をしている。それはかく、一例として家屋の場合をげると、それが地上で破壊するや否や幽界に出現し、そしてしばらく幽界に残るのが普通あたりまえじゃ。ツマリ地上でお馴染なじみであった人間が幽界に残る期間、家屋もせきを幽界に置いているのじゃ。が、そんな人が居なくなると同時に家屋も、消失し、幽的元素に還源かんげんしてしまう。丁度ちょうど物質が破壊して物質元素げんそに還源するようなものじゃ。右の幽的元素からはあたらしい幽的物体が間断かんだんなく造られる。従って幽界にはかつて一度も地上に存在したことのない存在物――例えば妖精ようせい、龍などの類が居るのじゃ。

「ところで、右の家屋じゃが、家屋はその幽体がほろびると同時に今度は霊界に現われて、其所そこで永久に残るらしい。むろんその建物の美醜びしゅうによりて光明の境涯にあらわれたり、地獄に現われたりする。」

 レックス。大体だいだい叔父さんの説明はんなところでした。僕は大へん面白く感じましたので、今後も引きつづいておおいに研究をして見るつもりです。』

 ワアド。『是非ソーしてもらいたい……。』

 二人がソー物語っているところへ、ひょつくり叔父さんが戸外おもてからはいって来ました。

 叔父。『レックス、お前はわしと一緒に来てもらいたいのじゃがナ、あの死んだ伝令の事について……。』ソー言ってワアド氏に向い『折角せっかくじゃが今日はお前と話を交えるひまがない。このぎにゆッくりいましょう。』

 二人はワード氏に別れて何所どこともなく消え去りました。


七 レックスの物語

目  次

九 幽界の大暴風雨


"A Subaltern in Spirit Land"

底本:「幽界行脚」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

John Sebastian Marlowe Ward

J.S.M.ワアド著

淺野和三郎・粕川章子共訳

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビ と、入力者による振り仮名は、右の様に表示されます。表示事例ひょうじじれい、その他、難解な言葉遣いに対しては適宜、注記いたしました。

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。


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