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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

三十 第六境

 これは一九一四ねんがつあらわれた陸軍士官りくぐんしかんからの自動書記式通信じどうしょきしきつうしんであります。

 さてわれわれはしばらくみぎ休憩所きゅうけいじょいきれてからふたた前進ぜんしんつづけた。四辺あたりあいかわらずきりうみ、そのなかみぎみぎへとってくと、もなく一大都市だいとし灰色はいいろかげがチラチラきりうちした。大絶壁だいぜっぺきのぞめるがわにはたか城壁じょうへききずいてあったが先刻さっき一人ひとりおとこだいきょうおとされたのは、みぎ城壁じょうへききずいてあるとうの一つからなのであった。

 市街しがい家屋かおく大部分だいぶぶん近代風きんだいふうのもので、ロンドンの郊外こうがいおおくに見受みうけらるるように、上品振じょうひんぶってはいるがしかしまるきり雅趣がしゅとぼしいものであった。が、街路がいろ割合わりあい立派りっぱで、掃除そうじもよく行届ゆきとどいていた。地獄じごく清潔せいけつらしくなるのは此所ここからはじまるのであった。

 不図ふと吾輩わがはいはここに劇場げきじょうのあることにがついた。はいってよいかと守護神しゅごじんたずねたところが、よいとわれるので早速さっそくはいった。ただ守護神しゅごじんほうでは戸外そとってられた。さいわ入口いりぐちところ一人ひとりおとこたので吾輩わがはい早速さっそくそれに言葉ことばをかけたが、先方せんぽうはジロジロ吾輩わがはいかおながらった。

わたしはまだあなたのことを何誰どなたからも紹介しょうかいされてませんが……。』

箆棒奴べらぼうめッ!』吾輩わがはいさけんだ。『こんなところで紹介しょうかいもへちまもあるもんか!』

『これこれあなたはんでもない乱暴らんぼう言葉くちをおききなさる。それでは紳士しんし体面たいめんきずつけます……。』

 先方むこうはいやに取澄とりすましてる。仕方しかたがないから吾輩わがはいもおとなしくあやまって、んな芝居しばいがここで興行こうぎょうされているかをたずねた。

演劇えんげき市民しみん風儀ふうぎみださぬかぎんなものでも興行こうぎょうしています。ただ野鄙やひなもの、不道徳ふどうとくなものは絶対ぜったい興行こうぎょうしません。これはひとり演劇えんげきかぎらず、音楽おんがくそのみなそのとおりです。』

『イヤ──』と吾輩わがはいさけんだ。『風儀ふうぎをかれこれ八かましくところは、地獄じごくなか此処ここばかりだ!』

 相手あいておとこにがかおをした。──

『ドーもあなたはくちのききかた乱暴らんぼうこまります。この地獄じごくなどとうものはありません。あっても此所ここではありません。』

くだらんことをッしゃるナ。この界隈かいわいみな地獄じごく領分りょうぶんうちです。立派りっぱ地獄じごくるくせに、ないふりをすることはおよしなさい。吾輩わがはいはばかりながら地獄じごく玄人くろうとだ。そんなあまにはのりませんよ。』

『モシモシ』とかれった。「あなたは一たい何地どちらかたで、何所どこからおいでなすったのです?』

 仕方しかたがないから吾輩わがはい簡単かんたん自分じぶん身上みのうえ物語ものがたった。すると先方せんぽう次第しだい次第しだい吾輩わがはいからとおざかり、やがて吾輩わがはい言葉ことばさえぎってさけんだ。──

『それだけうかがえばモー沢山たくさんです。あなたは大法螺吹おおぼらふきか、それともよほどの悪漢わるものです。あなたがなんってもここは地獄じごくではありません。多分たぶん私達わたしたち地上ちじょう何所どこかにるでしょう。いずれにしても従来じゅうらいわたし悪漢わるもの交際つきあったことがないから今更いまさらそれをはじめる必要ひつようはないです。これでわたしはあなたにわかれますが、ついで好意上こういじょうぺん忠言ちゅうげんをあなたにていしてきます。──ほかでもないそれはあなたがここでくだらないはなし何人なんびとにもなさらぬことです。さもないとあなたはあの城壁じょうへきとうから下界げかいまれますぞ!』

 そうって相手あいておとこはプイと何所どこかへってしまった。

 そこ吾輩わがはいはともかく劇場げきじょうはいった。内部なかでは丁度ちょうど一の喜歌劇きかげきってましたが、イヤそのくだらなさ加減かげんときたらまさ天下てんかぴん音楽おんがく地獄じごく部分ぶぶんほど乱調子らんちょうしでもないが、しかし随分貧弱ずいぶんひんじゃくなもので、俗曲中ぞくきょくちゅう最劣等さいれつとうなものにぞくした。脚本きゃくほんすじなどときてはまるきりぜろ全体ぜんたい平凡へいぼんで、陳腐ちんぷで、無味乾燥むみかんそうで、たった一とまくてうんざりしてしまった。見物人けんぶつにんだって矢張やはよわっているらしかったが、それでも彼等かれら忍耐がまんしてしりえていた。

 其所そこかけてそのぎに一つ二つ音楽会おんがくかいをのぞいてたが、そのくだらないことは芝居しばい同様どうよう、とてもかれたものではなかった。早速さっそくまたして今度こんど絵画展覧会かいがてんらんかいのぞいてた。モー大概たいがい相場そうばわかってるので、最初さいしょから格別かくべつ期待きたいもせぬから、したがって失望しつぼうもしなかった。が、子供こども楽書らくがきにちょっとえたくらいのシロモノばかりを沢山たくさんあつめてわる気取きどった建物たてもの内部なか仰々ぎょうぎょうしく陳列ちんれつしてあった。


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