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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

二十四 新たなる救の綱

あたしにはあなたさままこと天使てんしであらせらるることがよくわかります。』と吾輩わがはいいかけた。『ついてはここからしていただけますまいか? モーモーうんざりです、こんな境涯ところは………。』

真心まごころからそうおもうならすくってあげぬではないが……。』

『もちろん真心まごころからでございます!』

『それならあなたはここひざまずいて神様かみさま祈祷きとうなさるがよかろう。祈祷きとう文句もんくわすれているとけないからわたしが一しょについてあげる………。』

 吾輩わがはいはあたりをまわすと、広場ひろばにはいつしかまた沢山たくさんひとだかりなのでちょっときまりがわるかった。が、またおもいかえしてわるるままにひざまずき、天使てんしあとについて祈祷きとうをささげた。

 それがすむと天使てんしさけんだ。──

『それでよい。さァ一しょかけましょう。今後こんごひとからなん誘惑ゆうわくされてもけっしてそれにまどわされてはけませんぞ。』

 われわれはいそいでまち通過つうかしたが、途中とちゅう多少たしょう妨害ぼうがいわぬではなかった。われわれが街端まちはずれときである、二人ふたりおとこ矢庭やにわ前面ぜんめんふさがってさけんだ。──

『コレコレ汝達きさまたちは一たい何所どこすつもりだ?』

『そなたがたったことではない。』と天使てんし凛々りんりんたるこえで、

『そなたはそなた、こちらはこちら………。』

『ところがそうはかない。』と先方むこうさけんだ。『それをしらべるのが俺達おれたち仕事しごとだ。きさまたいな資質たちのよくないシロモノがちょいちょい俺達おれたち仲間なかま誘拐ゆうかいしてこまるのだ。汝達きさまたち囈語然たわごとぜんたる説教せっきょうにはモーうんざりした。余計よけい世話せわかないで、そのおとこ俺達おれたちわたしてしまえ。そうしないと後悔こうかいすることができるぞ。』

 吾輩わがはい保護者ほごしゃ片手かたてたか頭上ずじょうにさしあげて儼然げんぜんとしてさけんだ。──

邪魔じゃますな! おのれのろわれたる亡者もうじゃども!』

 すると二人ふたりせい一ぱいの大声おおごえさけした。──

間諜かんちょう間諜かんちょうだ! みんなここへあつまってい!』

 またたくひまに群集ぐんしゅうが八ぽうからあつまって威嚇的いかくてき態度たいどした。

 が、わたし保護者ほごしゃはきッと身構みがまえして、片手かたてをさしげながら精神せいしんをこめてはなった。──

邪魔じゃますな! 最高さいこうかみ御名みなおいれ!』

 そしてなんおそるる気色けしきもなくずかずか前進ぜんしんされるので吾輩わがはいもそのあとにつづいた。群衆ぐんしゅうはなだれをって後退あとずさった。くちだけにはつよがり文句もんくならべているが、手出てだしをするものは一人ひとりもない。強烈きょうれつなる意思いしまえには反抗はむかちからせてしまうものらしい。

 が、いよいよ大丈夫だいじょうぶといささかをゆるめた瞬間しゅんかんに、一人ひとりおんな群衆ぐんしゅうなかからイキナリしてて、吾輩わがはい首玉くびたまにしがみついた。ればそいつは生前せいぜん吾輩わがはい堕落だらくさせたおんなで、あくまで吾輩わがはい自分じぶんのものにするらしいのである。さすがの吾輩わがはいもこれにはおおいにヘコたれていると、天使てんしちかづいておんな両腕りょううでをつかまえてくびからもぎはなしてくれたので、おんな悲鳴ひめいげて群衆ぐんしゅううちへとんだ。

 かわって今度こんど最初さいしょ二人ふたり吾輩わがはい喉笛のどぶえへとびついてた。今度こんど吾輩わがはいおおい勇気ゆうきして其奴達そいつたち地面じべたげつけたが、あがってまたとびつく。てあましているところへ、また天使てんしたすふね………。天使てんしほうでは先方むこううでかるくちょっとゆびれるだけであるが、れられた個所ところがたちまち火傷やけどたいにあがるのだからたまらない。キーキーさけんでげてしまう。

 それッきり乱民らんみんどもはとおって近寄ちかよらなくなったので、われわれは無事ぶじにその通過つうかした。もなくさしかかったのはだだっぴろい田舎道いなかみち………。もっと田舎道いなかみちったところで、もなければくさもなく、はなもなければとりないガランどう小砂利原こじゃりはら、ただうちがないのが田舎いなかくさいというだけで、田舎いなからしい気分きぶんすこしもなき殺風景さっぷうけいきわまる地方ちほうなのである。しばらく其処そこ辿たどってくと、はるかのかなたにほしひかりのようなものがかすかにした。

 吾輩わがはいがびッくりしてたずねた。──

『ありャどなたかほか天使てんしなのでございますか?』

『そうではない。』と天使てんしこたえた。『あれは救済きゅうさいめに地獄じごく往来おうらいする天使達てんしたち休憩所きゅうけいじょからるるひかりで、われわれはいま彼所かしこしてくのじゃ。しばらく彼所かしこ休憩きゅうけいしてちからをつけてけば、地獄じごくのこ部分ぶぶんらく通過つうかされるであろう。彼所かしこした境涯きょうがいうえ境涯きょうがいとの境目さかいめなのじゃ。』


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