心霊図書館 ≫「死後の世界」≫ 上編

(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

二十三 愛慾の市

 いうまでもなくこの境涯きょうがいおもなる仕事しごとさけおんなとであって、かならずしも残忍性ざんにんせいびてはしない。むろんたまには残忍ざんにん行為こういもまじる。色情しきじょう結果けっかしばしば喧嘩けんかなどもしかねない。しかしあまりに残酷ざんこく行為こういをやると、治安妨害者ちあんぼうがいしゃとしてコリンスから放逐ほうちくされて憎悪ぞうあくいちへとおくりとどけられる。無論むろんや二突発的とっぱつてき喧嘩位けんかぐらいでは追放処分ついほうしょぶんにならないが、それがだんだん常習性じょうしゅうせいびてると、快楽主義かいらくしゅぎ市民しみんけっしてそれを黙過もくかしなくなる。

 コリンス奨励しょうれいされることは暴飲ぼういん暴食ぼうしょく利慾りよくならび淫欲いんよく──就中なかんずく淫慾いんよくはそのなか花形はながたで、ありとあらゆる形式けいしき不倫行為ふりんこうい極度きょくど奨励しょうれいされるのである。

 コリンスおんなというおんなみな売笑婦ばいしょうふたぐいで、いかなる娯楽機関ごらくきかんもその中心ちゅうしんみなおんなである。が、吾輩わがはいはここいらで黒幕くろまくくとしよう。わずにくところは想像そうぞうしてもらいたい。ただ一ごんここにことわってきたいことは、われわれがなにをやってもとん満足まんぞくられぬことである。ゆるような慾望よくぼうはありながら、それを満足まんぞくすべき方法ほうほう絶対ぜったいい。

 かく吾輩わがはいは一コリンス風潮ふうちょうにすっかりかぶれてしまった。それはいくらか恩人おんじん忠告ちゅうこくわすれたせいではあるものの、しゅとして吾輩わがはいきな下地したじがあったからである。んな生活せいかつはなはくだらないものには相違そういないが、しかし地獄じごくそこほう体験たいけんした恐怖きょうふあとではなかなかがたおもむきがあったのである。

 そのだんだん調査ちょうさげてると、地獄じごくにはこのコリンスほかにも愛慾専門あいよくせんもんまち沢山たくさんあった。吾輩わがはい実地探検じっちたんけんしただけでも、パリたいなところ、ロンドンたいなところはたしかにあった。無論むろんコリンスといい、またそのまちといい、愛慾あいよくのみがけっしてその全部ぜんぶではない。いろいろのところがきれぎれになって地獄じごく部分ぶぶんまた霊界れいかいのずッと上層じょうそう出現しゅつげんしているのである。

 しばらく彷徨ぶらついてから吾輩わがはいは口ンドンの一らしいところまよんだ。其所そこには種々しゅじゅ盗人ぬすびとどもがっていて、おたがい物品ぶっぴんぬすみッくらをしていたが、不思議ふしぎなことには隣人りんじん物品ぶっぴんぬすることに成功せいこうすると、その物品ぶっぴんたちま塵芥じんかいするのである。んなところをるにつけても吾輩わがはいはしみじみこの空虚くうきょ世界せかいいやになってた。ここではなにをやってもしん満足まんぞくることがなく、しん人生じんせい目的もくてきらしいものはまるきりかげかたちもない。

 が、地獄じごくなかはじめてこの境涯きょうがいから教会きょうかいらしいものの設備せつびがある。その司会者しかいしゃというのは地上ちじょう時分じぶんあやしげな一つの宗派しゅうはおこしたおとこで、最初さいしょうちはなかなか上手じょうず愚民ぐみんをたぶらかし、散々さんざんうまいつゆったものだか、やがてその陋劣ろうれつ目的もくてき邪淫じゃいん行為こういとが次第しだい世間せけんにひろまりホンの少数しょうすう難有連ありがたれんのこしてはさっぱり無勢力むせいりょくになったという経歴けいれきおとこなのであった。

 死後しごこの境涯きょうがいかれてから、かれ生前せいぜんどう筆法ひっぽうもちい、コケおどしの詭弁きべん人騒ひとさわがせの予言よげんもっ人気取策にんきとりさくこうじ、盗人ぬすびと山師やまし泡沫会社ほうまつかいしゃ製造人せいぞうにん、そのいろいろの無頼漢ぶらいかんなどを糾合きゅうごうすることに成功せいこうした。それなかには吾輩わがはいむかし知人ちじんなどもまじっていてたいへん吾輩わがはいたことを歓迎かんげいしてくれた。──イヤしかしその教会きょうかい説教せっきょうったらじつ変挺へんてこなまがいもので、かみけがし、かみきずつけるようなことばかり、そのくせ、説教者せっきょうしゃ自身じしん故意こいにそうしようとするのではなく、自分じぶんではせいぜいただしいことべるつもりであるのだが、っているうちにいつしか脱線だっせんするらしいのであった。その教会きょうかいうたっている讃美歌さんびかなどときてはじつ猥褻わいせつきわまる俗謡ぞくようぎなかった。

 くにつけ、るにつけ、吾輩わがはいはますますこの境涯きょうがい愛想あいそうをつかしておわって、一はやんなところからしたくてしょうがなくなった。そうするうちに、ある吾輩わがはいがパリの広場ひろば通行つうこうしていると、沢山たくさん群衆ぐんしゅう一人ひとり人物じんぶつかこんでさかんに悪罵嘲笑あくばちょうしょうあびせているのを見出みいだした。よくよくるとみぎ人物じんぶつからだから後光ごこうして、たしかに天使てんし一人ひとり相違そういない。で、吾輩わがはいあざけわら群衆ぐんしゅうなかまじってその説教せっきょうみみかたむけた。かれ熱心ねっしんかみ恩沢おんたくき、かかる邪悪じゃあくな、そして空虚くうきょ生活せいかつのつまらないこと、一はやいあらためて、この暗黒界あんこくかい脱出ぬけだし、光明こうめい世界せかいもとめねばならぬことを説明せつめいした。

 するとこのとき群衆ぐんしゅうなかから呶鳴どなしたものがあった。──

莫迦ばかなことをぬかしやがれ、このうそつき坊主奴ぼうずめッ! 俺達おれたちうそつきの玄人くろうとだい。汝達きさまたちにだまくらかされてたまるかい。きさま講釈こうしゃくをたたいているヤソきょうでは、一たん地獄じごくちたものは永久えいきゅうすくわれないとおしえているじゃないか。今更いまさらあらためたところでうものかい! くだらないことをぬかしやがるな。』

 するとまたほか一人ひとりさけんだ。──

きさまはこのへんにいるほか坊主ぼうずどもより看板かんばんが一まいうえだ。きさま姿すがた天使てんしたいだが、こいつァ俺達おれたちからお賽銭さいせんをまきあげる魂胆こんたん相違そういない。ツイ先達せんだって一人ひとりやつやがって、金子かねしャすくいのつながかかるなどとおなりをならべ、莫迦者ばかものから散々さんざん大金たいきんしぼりあげていて姿すがたをくらましやがった。ヤイ汝達きさまたちにはモーらないわい………。』

 このおとこっているところは事実じじつには相違そういなかった。吾輩わがはい実際じっさいそんな詐欺師さぎしったことがある。が、ニセものとホンものとの区別くべつ吾輩わがはいには一と目見めみればよくわかった。ここにいるのは正真正銘しょうしんしょうめい天使てんし相違そういないので、吾輩わがはい群衆ぐんしゅうの四さんするのをって早速さっそくそのそばあゆった。


二十三 愛慾の市 (上)

目  次

二十四 新たなる救の綱 ( 上)


心霊図書館: 連絡先