心霊図書館 ≫「死後の世界」≫ 上編

(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

二十一 地獄の病院

 しばらくして吾輩わがはい図書館としょかんあとに、ガランとした一つの荒野あれの横切よこぎると、そこにははたしていわゆる地獄じごく病院びょういんっていた。図書館としょかんなり気味きみのよくないシロモノであったが、病院びょういんには尚更なおさらとてつもないところであった。かくもんをくぐって玄関口げんかんぐちはいってると、ひろいことも莫迦ばかひろいが、きたないこともまた古今ここん無類むるいであった。

地上ちじょう病院びょういんとは少々しょうしょう勝手かってちがうナ。』と吾輩わがはいかんがえた。『地上ちじょう病院びょういんはチト潔癖けっぺきすぎるが、こいつァまるでそのあべこべだ。』

 きたない廊下ろうかすすんでくと、はからずも一つの手術室しゅじゅつしつ突当つきあたった。其所そこには一きゃく手術台しゅじゅつだいいてあって、そのうえ一人ひとりおとこよこたわっていた。あしがイヤにシッかりしばられているという以外いがいには格別かくべつ異状いじょうみとめなかったが、やがて一人ひとり医者いしゃて、その患者かんじゃ中枢神経ちゅうすうしんけいの一つにたいしておそろしくいた手術しゅじゅつ開始かいしした。切開せっかいされる患者かんじゃ悲鳴ひめい、それを凝視ぎょうしする見物人けんぶつにんえつった顔容かおつき──いかな吾輩わがはいにもそれを平気へいきがせぬので、こそこそへやして、今度こんど解剖室かいぼうしつはいってった。

 ここではきているおとこと、それからおんなとが解剖かいぼうせられつつあった。一個ひとつきざまれたからだうりされると、そいつはふたた原形げんけいふくする。原形げんけいふくしたとると医者いしゃふたたびそれをきざむ。何回なんかいおな残酷事ざんこくじりかえされるかれない。

 ある一つの解剖台かいぼうだいでは、一人ひとり婦人ふじんわかいお医者いしゃさんのにかかっていましも解剖かいぼうされつつあった。婦人ふじんほうでは悲鳴ひめいげてゆるしてくれと哀願あいがんするのでさすがの医者いしゃもちょっとためらいかけると、わき解剖台かいぼうだい手術中しゅじゅつちゅうとしった医者いしゃがそれを呶鳴どなりつけた。わか医者いしゃはびッくりしてふたたメスをとりあげた。

 るに見兼みかねて吾輩わがはいがそこへあゆった。──

『一たいこの婦人ふじん何者なにもので、またあなたはドーいうわけでそんなにこの婦人ふじんくるしめるのです? なにかあなたにたいしてうらみうようなことでもしたのですかこのおんなが……。』

 わか医者いしゃはすましって冷淡れいたんこたえた。──

ぼくなんでこのおんな身元みもとなどをっているものですか! それをりたいなら、あなた自身じしん勝手かっておんないてるがいい。』

 仕方しかたがないから吾輩わがはい婦人ふじんほういて姓名せいめいたずねた。すると彼女かのじょ手術しゅじゅつをちょっとってもらって吾輩わがはいといこたえた。──

『わたしニニィていいますの。もとはパリの花柳界かりゅうかいたのですがね、あるジューのかこものにされて三ねんばかりそのおとこ世話せわになっていましたの。』

いややつだね、ジューなどの世話せわになって………。』

『わたしだっていやでしたワ。いやいやでしょうがないから時々ときどき口直くちなおしに俳優買やくしゃかいなどをしたのですワ。ところがある一人ひとりわか俳優やくしゃ密会みっかいしている現場げんじょうみこまれ、ほねくだけるほどたれたうえいえからたたきされてしまったの………。

『わたし旦那だんなうらんだけれど、意気地いくじなしの情夫じょうふのこともうらみましたワ。だッて、わたしのことっとも庇護かばってもくれないで、うさぎたいにかぜをくらってげちまったんですもの。それでわたしは是非ぜひこの二人ふたりうらみをかえしてくれようとかた決心けっしんしたのです。

『そうするうち丁度ちょうどうまい機会きかいがまわってました。わたしがそのぎに懇意こんいになったのはアパッシ(市内しない無頼団ぶらいだん)の団長だんちょうで、ちょっとあかぬけのした紳士しんしくさい好男子いろおとこ……。ずるくて、残忍ざんにんひところくらいのことはなんともおもっていないで、わたしの仕事しごとたのむのにはそりャまったあつらきの人物じんぶつでした。わたしは早速さっそくジューのはなしをして、あそこへ闖入はいれば金子おかねはいくらでもれるとけしかけてやりました。

『とうとうあるばんジューのいえむことになって、わたしがその案内役あんないやくけましたの。むろんそのジューはこのうえなしのしみッたれで、うちにはとまりみの下男げなん一人ひとりと、ほかかよいの下女げじょ一人ひとりやとってあるだけです。

住居すまいはパリの郊外こうがいの、辺鄙へんぴな、くすぶったようなところです。

団員だんいん一人ひとりずその下男げなんというのをひッぱたいて気絶きぜつさせておいて、それからどっとジューの寝室ねまにとびんで、じいさんをグルグルきにして猿轡さるぐつわをかませてしまいました。』

『ひどいことをしたものだね。』

吾輩わがはい感心かんしんしてさけんだ。


二十 地獄の図書館 (下)

目  次

二十一 地獄の病院 (中)


心霊図書館: 連絡先