心霊図書館 ≫「死後の世界」≫ 上編

(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

二十 地獄の図書館

 老人ろうじん鹿爪しかつめらしいかおをして諒々じゅんじゅん説明せつめいをつづけた。──

『一たい著者ちょしゃ目的もくてきしん社会同胞しゃかいどうほう安寧幸福あんねいこうふく増進ぞうしんせんがめであるなら縦令たとえそれが生体せいたい解剖かいぼう書物しょもつであろうがそれはけっして地獄じごくにはない。しかしおおくの学者がくしゃ就中なかんずく大陸たいりく学者がくしゃ生物せいぶつ解剖かいぼうするのは、解剖かいぼう苦痛くつうがいかなる作用さよう生体せいたいおよぼすかをしらべてたいというきわめて不健全ふけんぜん好奇心こうきしんから出発しゅっぱつするのがおおい。これは社会同胞しゃかいどうほうたいして何等なんら効益こうえきもなく、またそのしゅ書物しょもつ出版しゅっぱんいたずらに他人たにん同様どうよう好奇心こうきしん促進そくしんさせることになる。そんなものが地獄じごく所属しょぞくとなるべきはうまでもあるまい。それからまた、ある一科学者かがくしゃのやる実験じっけんじゃが、よしやその動機どうき善良ぜんりょうであるにしても、そのるところの手段方法しゅだんほうほう愚劣ぐれつきわむる場合ばあいすくなくない。そんなものを発表はっぴょうする書物しょもつ矢張やは地獄じごく厄介やっかいになる。他人たにん迷惑めいわくをかけるだけのシロモノじゃからナ……。』

『そういたしますと、大概たいがい生体解剖せいたいかいぼう学者連がくしゃれんんでからちつく場所ばしょはこの近傍きんぼうですナ?』

随分多数ずいぶんおおぜい生体解剖せいたいかいぼう学者がくしゃがこちらへるよ。──が、おまえさんが想像そうぞうするほどそんなに沢山たくさんでもない。生体解剖せいたいかいぼう学者がくしゃなどというものはたいていは冷血動物れいけつどうぶつちかいが、そのなかなり多数たすう純然じゅんぜんたる学究肌がっきゅうはだで、少々しょうしょうのつけどころがくるっているというくらいのところである。で、彼等かれら欠点けってんはしばらく幽界ゆうかい修行しゅぎょうしているうち大抵たいていのぞかれるものじゃ。おまえさんもっとるじゃろうが、生前せいぜん彼等かれらにかかってころされた動物どうぶつ幽界ゆうかいでその復讐ふくしゅうをやる。そうすると大概たいがい学者がくしゃは、これではかんとはじめてがさめて前非ぜんぴ後悔こうかいする………。』

なん罪障消滅ざいしょうしょうめつ方法ほうほうでもありますか?』

『そりャあるよ………。アノ動物虐待どうぶつぎゃくたい防止会ぼうしかいなどというかいがちょいちょい人間界にんげんかい組織そしきされたりなんかするのはつまりその結果けっかじゃよ。が、全体ぜんたいあの学問がくもんめにというやつ随分ずいぶんくせもので、どれだけあのめに地獄じごく繁昌はんじょうしているかれたものじゃないナ………。』

地獄じごくでは科学者達かがくしゃたちんな塩梅あんばい取扱とりあつかってます?』

『そりャいろいろじゃよ。解剖学者かいぼうがくしゃなどはこの図書館としょかんからとおくもない一つの病院びょういん勤務きんむしている……。』

『エッ病院びょういん……。』

吾輩わがはいびッくりしてさけんだ。

『そうじゃよ。──もっと地獄じごく病院びょういんというやつ患者かんじゃ治療ちりょう目的もくてき経営けいえいされているのではない。れい神聖しんせい学問がくもん研究けんきゅう目的もくてきでナ。イヒヒヒヒ。おまえさんも一つ自分じぶん出掛でかけてって見物けんぶつしてるがいい。自分じぶんからだ解剖かいぼうされるのがさほどこわくないなら………。イヒヒヒ。』

 会話はなしはこんなところで一とりあげていてわれわれは図書館としょかんだいすすった。ここはいろいろの思想しそうことごと絵画かいがかたち表現ひょうげんされているところで、その内容ないようはもちろん憎悪ぞうあく残忍ざんにんその関係かんけいしているものばかりであった。たとえば人体に苦痛くつうあたえるめの精巧無比せいこうむひ器械類きかいるいただしは霊魂れいこん幽体ゆうたい攻道具せめどうぐ図解等ずかいなどで、よくもんなうまい工夫くふうができたものだとほとほと感心かんしんさせられるようなのがあった。

 が、一ばんひどかったのはだいで、拷問ごうもんにかけらるる人物じんぶつ苦悩くのう順序じゅんじょなどが、ことこまやかに、れい活動写真式かつどうしゃしんしき眼前がんぜん展開てんかいされてくのであった。

 老人ろうじんんなことを吾輩わがはい説明せつめいした。──

ひとくるしめようとおもえば、どんな方法ほうほうもちゆればどんな苦痛くつうおこすものかを学理的がくりてきってくことが必要ひつようじゃ。苦痛くつう原理げんりらないでは、こちらに充分じゅうぶん意思いしおこらんからしたがって先方むこう充分じゅうぶん効果こうかあたない。ここでしらべてけばずその心配しんぱいはなくなる………。』

 吾輩わがはい見物けんぶつしたおおくの絵画かいがなか人間にんげん生体せいたい解剖かいぼう活動写真かつどうしゃしんがあったが、いかにんでもそいつはあまりに気味きみがわるくて、とてもここ説明せつめいする気分きぶんにはなれない。

 これ見物けんぶつしてうちにさすがの吾輩わがはいもだんだん胸持むねもちわるくなってた。吾輩わがはい随分ずいぶん無情冷酷むじょうれいこくおとこで、時々ときどきひどい復讐手段ふくしゅうしゅだんこうじたものだが、しかし苦痛くつうめの苦痛くつうあたえてこころよしとするほどの残忍性ざんにんせいはなかった。矢鱈やたらひとくるしめてうれしがる──。そんなイタズラは吾輩わがはいにも到底とうていない……。


二十 地獄の図書館 (上)

目  次

二十一 地獄の病院 (上)


心霊図書館: 連絡先