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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり
二十 地獄の図書館
これは六月一日の夜の霊夢で陸軍士官からきかされた物語の記録です。例によりて理窟ヌキで短刀直入的に自己の体験のつづきを述べています。
上
さっそく前回のつづきを物語ります。
吾輩をつかまえた四人の奴原は熾んに吾輩を撲りましたが、その言い草が振っている。──
『別に汝を撲りたい訳ではないが、斯うして見せないと、何方が強いか判らないからナ……。』
実をいうと吾輩も以前地獄にいた時にはこれと同じようなことをして来たのだ。で、余んまり口惜しいので一旦は一生懸命反抗って見たのであるが、ドーも今度は勝手が異ってさッぱり思うように行かない。別に吾輩の意思が弱くなった訳ではないが、ただ悪事を働こうとする意思がめっきり弱ったので、これでは喧嘩をするのに甚だ不利益にきまっている。しかし吾輩の為めにはこれが却って薬なので、地獄で巾がきくような時代にとても救われる見込はないにきまっている。
随分久しい間吾輩は四人の者から虐め抜かれたものだが、漸くのことでちょっとの隙間を見つけて逃げ出した。後から四人が追跡して来たものの、悪事を働く意思の弱くなったと反比例に吾輩の逃げる意思が強くなったお蔭で、難なく彼等を置き去りにすることが能だ。
吾輩はそれから幾週間かに亘りて小石まじりの闇の野原をひた走りに走ったが、その間殆んど人ッ子一人にも逢わず、万一逢った時にはつとめて此方で避けて通ることにした。最後に吾輩は一個の大きな建物に突き当った。だんだん査べて見るとそれは想いもよらず一の図書館であることが判った。吾輩は斯う考えた。──
『自分はドーにかしてこの地獄から脱出するつもりだが、それには今の中にできる丈地獄の内幕を調査をして置いて、やがてそれを地上の学界に報告したいものである。それには図書館とは難有い。全く註文どおりのシロモノだ………。』
少々薄気味は悪いが、思い切って建物の内部に入って見ることにした。と、入口のところで忽ち人相の極度にわるい一人の老人にぶッつかった。
『吾輩は図書館の内部を覧せていただきたいので………。』
仕方がないからそう吾輩から切り出した。
『覧せてやるよ。』と老人が答えた。『俐巧なものは皆ここへやって来る。一体地獄で有力者になろうと思えば、誰でも爰へ来て勉強せんと駄目じゃ。人間界でもその通りじゃが……。』
『全く御説の通りです。──ところで御尋ねしますが、その図書館の蔵書は憎悪一方のものばかりですか? それとも他の科目、例えば愛慾ものなども混っているのですか?』
『主に憎悪もの、残忍ものばかりじゃが、もちろん愛慾ものも少しは混っている。──しかし純粋の愛慾ものを査べようと思えば愛慾の都市の附近に設けてある同市専属の図書館に行かにゃならん。お前さんなども其所へ出掛けて行って、も些し勉強したがよかろう。損にはならんぜ………。』
斯んなことを喋りながら自分達は図書館の内部に歩み入ったが、それは途方もなく宏大なもので、組織は三部門に分類されていた。即ち──
一、書籍部
二、思想画部
三、思想活画部
である。書籍部には憎悪、残忍に関する一切の専門書が網羅されて居た。例えば宗教裁判の記録、毒殺の手引書、拷問の史実並に説明書と云ったようなものである。ただ其所に生体解剖等に関する医書が陳列されているので吾輩は不審を起した。
『一たい地獄に持って来る書物とそうでない書物との区別は何できめるのです?』と吾輩は一冊の医書を抽き出して質問した。『例えばこの生体解剖書ですが、こりゃフランスで出版されたものです。この種の書物は全部地獄へまわされるのですか?』
『イヤそうは限らないよ。』と老人が答えた。『地獄に来るのと来ないのとは、その書物の目的並にそれに伴う影響によりて決るのじゃよ。』