心霊図書館 ≫「死後の世界」≫ 上編

(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

十八 向上の第一歩

 いわうえ随分ずいぶんくらいことはくらいが、しかしモー触覚しょくかくかんずるほどのやみではなかった。が、周囲しゅうい状況じょうきょうすこしづつわかるにつれて吾輩わがはいかえって失望しつぼうふちしずまないわけにはかなかった。吾輩わがはいちあげられたいわというのは、千じん絶壁ぜっぺきから丁度ちょうどつくえのようにちょっぴりたもので、いかにその附近ふきんさがしてても其処そこからみちらしいものはどこにもつうじていない。このとき吾輩わがはいまたれいおくして祈祷きとうはじめることにした。

 しばらくのあいだなん音沙汰おとさたとてもないのでがッかりしかけていると、吾輩わがはい視力しりょく次第しだいくわわってたものか、左手ゆんでがけいている一つのあなはいった。ドーやら片手かたてだけはそれにかかりそうなので、散々さんざん足場あしばさがしたあとで、やっとのことでそのあなすがりつくことがきたが、そのあな案外あんがいおくほうひらけ、しばらくトンネルよう個所ところとおってすえせまたにぬけている。

 んなふうにのべるとあなたがた地獄じごくはイヤに物質的ぶっしつてきのところだなとかんぜられるかもれませんが、しかしわれわれちょう物質的ぶっしつてきのものにりてちょう物質的ぶっしつてきいわはさながら実体じったいのあるようにかんぜられるのです。そりャむろん、何所どこやらに勝手かってちがったところはないではないが、しかしとてもその説明せつめいはしかねる。ワアドさんはちょいちょい霊界れいかい探険たんけん[#「霊界れいかい探険」は底本では「霊界れいかい探検たんけん」]にられるから大体だいたい見当けんとうはおつきでしょうが一ぱんかたにはことによるとちないところがおおいかもれません………。

 それはそうと吾輩わがはい非常ひじょう苦心くしん努力どりょくかさねてみぎたにうえうえへとのぼってった。しばらくしてがけ中腹ちゅうふくの一地点ちてんたっすると、其所そこからうまのようないわがけ沿いて延長えんちょうしているので、吾輩わがはいはそのいわうえ辿たどることにした。

 が、やがてそのいわきてしまったので、吾輩わがはいふたた絶望ぜつぼうふちしずんだ。これほどまでに苦心くしんしたとどのつまりは矢張やは失敗しっぱいなのかとおもうと、最早もはやっている根気こんきせて一たんはベタベタと地上ちじょうくずれた。

 そこでいろいろかんがえてたものの結局けっきょくなん工夫くふうかばない。せうことなしにまたまた祈祷きとうはじめることになったが、あま度々たびたびのことで格別かくべつ希望きぼうをこれにつなにもなれなかった。が、不思議ふしぎなもので、祈祷きとうをやるといくらか精神こころってて、しまいにはとうとうまたあがって出口でぐちをさがして気分きぶんになった。

 と、にわかに雷霆かみなりのような轟然ごうぜんたるひびきがおこって、巨大おおきいわかたまりがけ壁面へきめんからくずち、それがせまたにうえ丁度ちょうどはしかけたような塩梅あんばいにピタリとすわった。はし彼方むこうがどこへドーつうじているかは無論むろん自分じぶん居所いどころからはえはしないが、うなったのはたしかに自分じぶん祈祷きとう効験ききめ相違そういないとかんじられたので、大骨折おおぼねおりでこのギザギザしたはしをのぼりはじめた。随分ずいぶんあぶないはし何遍なんべんした罅隙すきま墜落ついらくしそうになったが、かまわず前進ぜんしんをつづけた。

 やっとのおもいでその頂点ちょうてんまでたっしてると、その対側むこう谿谷けいこく磊石ごろいしだらけの難所なんしょであった。其所そこあるくには随分ずいぶんほねれ、寸前すんぜん尺退しゃくたい、いつつべしともおもえなかったが、吾輩わがはいをくいしばって無理むり前進ぜんしんをつづけた。このときばかりは平生へいぜいけずぎらいがはじめてやくった。

 が、これが最後さいご難関なんかんであった。ぬけた場所ばしょ随分ずいぶんいしころだらけの荒地あれちではあったが、割合わりあい平坦へいたんなので、おぼえずはッと安心あんしん長太息といきをついた。吾輩わがはい地獄じごくのドンぞこから二段目だんめところまで逆戻ぎゃくもどりしたのである。しかし吾輩わがはいむねには同時どうじまたあらたな心配しんぱいおこった。──『自分じぶんはここでまたあのおそろしいおにどもにてられるのではないかしら………。しそうであるならやりれないナ……。』

 が、いつまでっても何事なにごとおこらず、また何者なにものない。するとまたべつ恐怖きょうふむねきはじめた。──『自分じぶん折角せっかく地獄じごくそこからるはても、矢張やはりあのイヤにガランとした無人むじんきょうりをうのではないのかしら。………こいつもじつたまらない………。』

 自分じぶんは一途方とほうれた。『吾輩わがはい祈祷きとうれられたとおもったのはあれは当座とうざ気休きやすめで、神様かみさま皮肉ひにく吾輩わがはいをからかっていられるのではないかしら……』

 散々さんざん煩悶はんもん煩悶はんもんかさねたものの、かくやみ幾分いくぶんうすらいでいることだけはたしかなので、そのことおもうといくらかまた希望きぼう曙光しょこうがきらめきすのであった。


十八 向上の第一歩 (上)

目  次

十九 地獄の第二境 (上)


心霊図書館: 連絡先