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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

十八 向上の第一歩

 これは一九一四ねんがつ二十五にち霊夢れいむ記事きじですが、陸軍士官りくぐんしかん不相変あいかわらずせきくなりワアドにこの物語ものがたりをしてきかせたのでした。──

 いくばくのあいだ吾輩わがはいがかのおそろしい地獄じごくやみとざされていたかはさっぱり見当けんとうれませんが、しかし自分じぶんにはそれが途方とほうもなくなが年代ねんだいまたがるようにおもわれた。が、かく最後さいご吾輩わがはいは一の霊感れいかんせっした。吾輩わがはい呂律ろれつのまわらぬ祈祷きとうでもかみ御許みもとたっしたらしいのです。

かみにすがれ。かみよりほかなんじすくるものはない。………』

 そう吾輩わがはいかんじられたのである。

 が、かみすがるということ当時とうじ吾輩わがはいりてほとんど奇想天外きそうてんがいしきかんがあった。吾輩わがはいの一生涯しょうがいはいかにしてかみからとおざかろうか。──ただそのことばかりに惨憺さんたんたる苦心くしんかさねたものだ。なんぼなんでもその正反対せいはんたい仕事しごとをやるのはあまりに勝手かってちがいすぎるようにおもえて仕方しかたがなかった。

 吾輩わがはいはとつおいつ思案しあんれた。うすればかみちかづけるか? うすれば海綿状かいめんじょうやみなかからせるか? 自分じぶんはすでにのろわれたる罪人つみびとではないか?

 すると最後さいごあたらしいかんがえまた吾輩わがはいむねにひらめいた。──

祈祷きとうかぎる………』

 一たんはそうおもったが、しかし矢張やはこまった問題もんだいおこった。吾輩わがはいはさっぱり祈祷きとう文句もんくおぼえていない。祈祷きとうのやりかたさえもわすれてしまった……。

 散々さんざんくるしいた挙句あげくに、丁度ちょうど一の霊感れいかんたいに吾輩わがはいくちから『おおかみよ。われをすくえ………。』という一された。

 一言葉くちれてからはあと楽々らくらく文句もんくた。吾輩わがはい同一おなじ文句もんく何回なんかいとなくりかえした。

 それからつづいてどんなことおこったか。またドーいう具合ぐあい地獄じごくのドンぞこから上方うえぬけることになったか。──これを地上ちじょう住人じゅうにんわかるように説明せつめいすることはじつ容易よういでない。なにより当惑とうわくするのは適当てきとう用語ようご不足ふそくで、地獄じごく経験けいけんいあらわすべき文句もんく見出みいだすことはじつ至難中しなんちゅう至難事しなんじであります。

 それはそうと、祈祷きとう効験こうけんまこといちじるしいもので、なんともれぬ一しゅ心地ここちよき温味ぬくみがポーッとからだじゅうわたってた。それがだんだん強烈きょうれつになって、最後しまいには少々しょうしょうあつすぎるくらい………。とうとうからだがついたようになってしまった。いのればいのるほどあつくなるので、しばらく祈祷きとう中止ちゅうししたりした。

 あつさについではやがてまた一のあたらしいみょうかんじにせっした。それは吾輩わがはいからだ重量めかたすこしづつかるくなることで、同時どうじ自分じぶん海綿状かいめんじょうやみなかをフワリフワリとうえほうのぼりはじめた。あんなお粗末そまつ祈祷きとうでも吾輩わがはいからだにこびりついた粗悪そあく分子ぶんしすこしづつきつくし、その結果けっか自然しぜん濃厚のうこうやみうちにはしずんでれなくなったらしいので………。

 のぼのぼって最後さいご吾輩わがはいやみとおしてくろいツルツルしたいわ突出つきだしているのをみとめた。地上ちじょうとは大分だいぶ勝手かってちがうから説明せつめいしにくいが、地獄じごくそこはばふかやみ湖水こすいで、四ほうにはものすごい絶壁ぜっぺき壁立へきりつしているのだとおもってもらえばだいたい見当けんとうがつくであろう。

 かく吾輩わがはいはこのくろびかりするいわみとめるやいなや、おぼるるものはわら一筋ひとすじにもすがるのたとえにもれず。[#行末]ただちにそれにしがみこうとしたが、それがなかなか六ヶむずかしい。幾度いくたびとなくあしすべらして尻餅しりもちをつくのであった。

 祈祷きとう難有味ありがたみはモー充分じゅうぶんわかっているので、吾輩わがはいふたたびそれにたよった。──

『おおかみよ、在尾しゅびよくこのやみよりのがれるべく御力みちからたまへ……。』

 そうべるよりはや吾輩わがはいいままでっていたやみ湖水こすいきゅうゆすぶれして、おおきななみ周囲しゅういにうずまき、吾輩わがはいを一とみにしそうな気配けはいせた。が、予想よそうとは反対はんたいに、吾輩わがはいからだなみめにいわうえまでげられてしまった。吾輩わがはいたいなものでも、をふきした信仰しんこうのおかげくろにごった地獄じごくみずひたっているのには重量めかた不足ふそくになったものらしい……。


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