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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

十六 地獄のどん底

 われわれがいよいよのろわれたる約束やくそくちつくと同時どうじに、たちまち無数むすうおにどもが前後左右ぜんごさゆうからバラバラとむらがりった。

かくもこれで褒美ほうびしなにありつけるナ………。』

 吾輩わがはいひと笑壷えつぼはいったのはホンの一瞬間しゅんかん褒美ほうびどころか、あべこべに一人ひとりおにからんな引導いんどうわたされてしまった。──

きさま悪魔あくま役割やくわり横取よこどりしやがって、人間にんげんんなところへれてたが、よくかんがえてるがい。俺達おれたち汝達きさまたちとは種類しゅるいちがう。汝達きさまたちにはそんなことをやるべき権能けんのうすこしもない。俺達おれたち人間にんげんにくんでそれをいじめるのが天職てんしょくだ[#「天職てんしょくだ」は底本では「天職てんしょくた」]。汝達きさまたちはもともと人間にんげん部類ぶるいで、これにくんだりいじめたりすべき権能けんのうっていない。きさまたんなる利己心りこしんからきさま同胞どうほう裏切うらぎったのだ。俺達おれたち仕事しごととはまるきり畠違はたけちがいだ。莫迦ばかにするない。人間にんげんがいかにおに真似まねをしたからとて真実ほんとうおにになれてたまるものか! 俺達おれたち天性てんせい汝達きさまたち天性てんせいとは根本的こんぽんてきちがっている。──コラ畜生ちくしょう! さッさと自分じぶん仲間なかまのところへすッめ!』

 吾輩わがはい這々ほうほうてい自分じぶん誘惑ゆうわくして亡者もうじゃどものむれもどったが、それはホンの一瞬間しゅんかんぎなかった。吾輩わがはい彼等かれら約束やくそくしたことがまるきりペテンであることがばれると同時どうじいずれもかッとむかっぱらをて、総勢そうぜい武者むしゃりついて吾輩わがはいを八ッきにしようとした。イヤそれからきつづいておこった夢魔式むましき争闘そうとうったらまったてられはしません。一ぽうではおにしもとで一どうまえまえへとてられる。われながらも仲間なかま亡者もうじゃはズタズタに吾輩わがはいからだきにかかる………。吾輩わがはいからだ何回なんかい引裂ひきさかれたかれない。すくなくとも何回なんかい引裂ひきさかれたような気持きもちがしたかれない。そのくせぬこともできず、きながらくるしみをつづけるばかり……。

 ようやくのことで吾輩わがはいはちょっとの隙間すきねらって彼等かれらあいだからして死者狂しにものぐるいげた。すると彼等かれら死者狂しにものぐるいになってすぐあとからいかけてた。

 それから何所どこをドー通過つうかし、何事なにをドーったのかは記憶きおくにさえものこっていない。ただ悪夢あくむおそわれたときとそッくりそのまま、まえまえへと疾駆しっくするらしくかんずるばかり……。そうするうちまたもや急転きゅうてん直下式ちょっかしき下方かほうむかって墜落ついらくしはじめた。しまいにはジタバタもがく気力きりょくもまるきりせてしまって、勝手かって放題ほうだいしたしたしたしたへと、未来みらい永劫えいごうとど見込みこみのなかりそうな奈落ならくんでったのであった。

 なん年間ねんかんなん年間ねんかんその状態じょうたいをつづけたかはわからないが、それでもとうとう吾輩わがはい墜落ついらく事業じぎょう中止ちゅうしさるべき時期じき到着とうちゃくした。吾輩わがはいからだなにやら海綿かいめんたいな物体ぶったいなか埋没まいぼつして二進にっち三進さっちうごけなくなってた。むろんそれはガッシリしたかた地面じべたではないが、さりとてまたジクジクする泥田どろたたいなところでもない。地球ちきゅうじょうにはずそれに類似るいじのものがまるきり見当みあたらない。──もっともそりャそのはずで、みぎ海綿状かいめんじょう物体ぶったいというのは地獄じごく名物めいぶつやみ凝塊かたまりなのです。うそだとおもったらって御覧ごらんなさい。実際じっさいそれは触覚しょくかくかんずる濃厚体のうこうたいですから………。

 かくこの海綿状かいめんじょう黒霧くろぎり吾輩わがはい墜落ついらくいとめたのである。が、それはけっしてんでみごたえのあるシロモノではない。前後左右ぜんごさゆう何所どこもかしこもみなフワフワしていて、あたまうえあししたかたさにおいべつ相違そういがない。おともなければひかりもなく、一さいみなくうの、イヤにさびしい、なさけない、気持きもちのわるい境地ところである。絶対ぜったい孤立こりつ絶対ぜったい無縁むえん──ただ人間にんげん仲間なかまはずれになったばかりでなくおににさえも見離みはなされてしまった孤独境こどくきょうなのである。

 これが運命うんめい逆行ぎゃっこうして必死ひっし努力どりょくこころみた吾輩わがはい最後さいごまく[#「まく」は底本では「まん」]なのであります。あああのときのさびしさ、ものすごさ……。


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