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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

十三 自から作る罪

 そのうち吾輩わがはい魔術者まじゅつしゃからある一人ひとりおとこころしてくれという註文ちゅうもんけた。んでも其奴そいつがこちらのしている仕事しごとかんづいたので、かしてはけないことになったのだそうな。

よろしい、引受ひきうけた………。』

 吾輩わがはいは二つ返事へんじこれおうじた。そんなさいける吾輩わがはい遣口やりくちたいていいつも相場そうばきまっている。

 午前ごぜんか二かという熟睡じゅくすい時刻じこく見計みはからい、枕元まくらもとって一しん不乱ふらん意念いねんめるのである。──すると吾輩わがはい幽体ゆうたい赤黒あかぐろひかりはなちつつ朦朧もうろうあらわれる。

 さらに一そう念力ねんりきらすと、彼方あっちにも此方こっちにもいろいろさまざまの妖怪ようかい変化へんげがニョキニョキあらわれて、

『この外道げどうをやっつけろ!』

『こんなやつは八きにしてやれ!』

 などと勝手かって次第しだい凄文句すごもんくをわめきてながら、間断かんだんなくすさまじい威勢いせいびかかってく……。むろんそれは一のおどかしにぎない。なん余程よほどがかりでもなければ、肉体にくたいのないものが容易ようい人体じんたいきずをつけることはできるものでない。けれども先方むこうではそんなことをらないから本当ほんとう生命いのちでもられるかとおもって七てんとうする。

 その弱味よわみにつけんで吾輩わがはい声高こえだかさけぶ。

おのれアンナをわすれたか? アンナのうらみをおもれ! われわれはアンナからたのまれてなんじ地獄じごくれにたのだ!』

 むろん吾輩わがはいはアンナからたのまれたのでもんでもなく、またそのおんなはたして地獄じごくちてるかドーかもってはないのである。が、ほうになってると気味きみはわるいに相違そういない。

『ゆるしてくれッ!』と相手あいて悲鳴ひめいをあげる。『こんなに年数ねんすうっているのにまだ罪障つみえずにるとはんまりひどい………んまり執念しゅうねん深過ふかすぎる……。』

 こちらは益々ますます調子ちょうしってはやてる──。

『アンナがんでいる! アンナがってる! おはやくおじゃれ! いそいでおで!』

 そうって何回なんかいとなくおそいかかる。ねむひまなどは一瞬間しゅんかんあたえない。翌晩よくばんもそのとおり、翌々よくよくばんまたおなこと。──おけにときどき耳元みみもとくちせてんなおどかしをこころみる。──

『コラ! 加減かげんんだほうがましだ! はや自殺じさつせんか! 貴様きさますくわるる見込みこみまったくない! うっかりするとくるうぞ! くるうよりかいさぎよく自殺じさつしてしまえ! 自殺じさつするついでにだれか二三にんころして冥途めいど道連みちづれをつくれ! せっかくだから忠告ちゅうこくする……。』

 御親切ごしんせつ忠告ちゅうこくもあればあったもので、これではだれだってたまりッこはない。

『アンナアンナ! ゆるしてくれ!』先方むこう呻吟しんぎんする。

おれ若気わかげのあまりあんな真似まねをしたのだがまったまなかった。勘忍かんにんしておくれ……。』

 このねらって一人ひとり幽霊ゆうれい早速さっそくアンナの姿すがたけて寝台しんだいすそにニューッとあらわれ、うらみの数々かずかずならてる。とうとうおとこ焼糞やけくそになって寝台しんだいからり、鏡台きょうだい剃刀かみそりるよりはやくブツリ! と喉笛のどぶえってしまう。

 主人しゅじん魔術者まじゅつしゃがわがはい大成功だいせいこうよろこんだことは一ととおりでない。このいきおいじょうじて、モ一人ひとり日頃ひごろにくめる若年じゃくねんそうをやッつけてしまおうということになった。みぎそうかれ悪魔あくまとグルになって悪事あくじはたらいていることを看取かんしゅし、公然こうぜん攻撃こうげき開始かいししたので、われわれのほうからへば当然とうぜん容赦ようしゃがたきシロモノなのである。

 われわれは早速さっそくかれまとい、をかえしなをかえてなやましにかかったが、先方むこう道心どうしん堅固けんごなのでドーしても格別かくべつ損害そんがいあたえることがきない。百計尽けいつきて吾輩わがはい情事仕掛いろじかけ相手あいてをひッかけてやる計劃けいかくてた。むらで一ばん標緻きりょうよしの少女しょうじょ──吾輩わがはい其奴そいつ憑依とりついて、そうたいしてぞッこんれさせることにした。彼女かのじょ何週間なんしゅうかんかにわたりてそうあとをつけまわし、最後さいご懺悔ざんげかこつけてそうまえひざまずいておもいのたけをけた。ところが、このみちにかけても案外あんがいかた僧侶ぼうずで、おんな申込もうしこみすげなくねてしまった。おんなほうでは口惜くやしまぎれに、今度こんどそうたいしてさかんに悪評あくひょうをふれまわした。

 このじょうじてわれわれはそう襲撃しゅうげきし、かれ耳元みみもとさかんにんないやがらせをささやいた。

『コラッ! にせ宗教しゅうきょうにせ信者しんじゃ! いまろ、なんじばけかわがれるぞ。なんじはじあかるみにさらけされるぞ。それがいやならはや自殺じさつせい! なんじのような売僧まいす自殺じさつするにかぎる!』

 が、いかにののしっててもかれ純潔じゅんけつ生活せいかつおくりつつある立派りっぱそうで、したがってわれわれの呪誼じゅそ言葉ことばをきいてもさッぱりおどろかない。われわれが数週間すうしゅうかんわたりてんなことをつづけているうちに、先方むこうではとうとうがついてしまった。

『ああめた! 汝達おのれたちはかの魔術者まじゅつしゃ手先てさきに使つかわれている悪霊あくれいどもじゃナ。よしよしわしいまより魔術者まじゅつしゃ訪問ほうもんして戒告かいこくあたえてやる………。』

 年若としわかそうに十字架じかたずさえて敢然かんぜんとして魔術者まじゅつしゃ住居すまいむかった。おりしも真暗まっくらばんで、つめたいあめがポッリポッリとかれおもてち、時々ときどき稲光いなびかりがしてゴロゴロとものすご雷鳴らいめいがきこえた。

 吾輩わがはいはもちろんそうあとまとい、一しょう懸命けんめいかれ耳元みみもとおどかし文句もんくならべた。

なんじ偽善者ぎぜんしゃかみいかりてなんじほろぼすべく電火でんか頭上ずじょうにそそぎつつあるではないか! そらくろずんでなんじのろわれたる運命うんめいにらみつめているではないか! ね! んで地獄じごくけ!』

 しかし年若としわかそうはビクともせず、ひたすらみちいそいで魔術者まじゅつしゃ住居じゅうきよ辿たどりつき、コツコツとをたたいて案内あんないもとめた。内部うちからひらかれたが、しかしくら廊下ろうかにはだれない。かれかまわずおくすすんで、だいしつひらきにかかったがじょうがおりている。だいしつまたそうであった。われわれ霊魂れいこん先廻さきまわりをしてんなイタズラをこころみてたのである。が、最後さいごしつだけはわざとじょうおろしてない。

 そうはそれをけて内部なかはいると魔術者まじゅつしゃ薄暗うすくら灯火あかりをつけてかれるのをってた。年若としわかそう威丈高いだけだかになってしつ中央ちゅうおうちながら言葉ことばするど魔術者まじゅつしゃ面罵めんばした。──が、魔術者まじゅつしゃほうではフンともスンとも一げんはっせず、ただ凝乎じっ相手あいてかおめつけていると、次第しだい次第しだいそう言葉ことばはとぎれちになり、なにやらものおそわれたような面持おももちをして、しまりのない恰好かっこうをしてボンヤリ其所そこちすくんでしまった。


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