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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

十 地獄の戦

 もなく戦争せんそう真剣しんけん開始かいしされた。この戦争せんそうはげしさにくらべると、いままでせられた御前ごぜん試合しあいなどはまるで児戯じぎちかいもので、にしろ地獄じごく住民じゅうみんというのは生前せいぜんただ戦闘いくさばかりを渡世とせいにして連中れんちゅうなのでありますから、したがってそのりッぷりが猛烈もうれつである。が、外面的がいめんてきには地獄じごく戦争せんそう地上ちじょう戦争せんそうあまりかけはなれたものでもない。地獄じごく武器ぶき軍装ぐんそうがめちゃめちゃに不統ふとう一であるのがちょっと目立めだくらいのもので………。

 かくダントンはなかなかの曲者くせもの余程よほど巧妙こうみょう戦法せんぽうこうじた。古代こだい甲冑かっちゅうかためた味方みかた騎士隊きしたい突撃とつげきたいして、かれ密集みっしゅう部隊ぶたい編成へんせいし、その大部分だいぶぶん大鎌おおがまたせたところなどはてきながらもうまいものであった。古代こだい騎士きし大砲たいほうだの小銃しょうじゅうだののあじらない。したがってそんな近代式きんだいしき兵器へいき彼等かれらたいしてほとんど効能こうのうがない。はやくもそれを看破かんぱしてかまという、騎兵きへいにとっての大苦手おおにがてしたなどは、かえすがえすも機敏きびんというべきであった。

 無論むろんてきにも砲兵隊ほうへいたいそなえはあったが、しかしそれはフランス革命時代かくめいじだい旧式きゅうしききわまるもので、味方みかた新鋭しんえい兵器へいきにはとてもおよばなかった。もっと味方みかた烏合うごうしゅうであるのにはんして、てきあくまで団結力だんけつりょく統制力とうせいりょくとにんでたのは、ある程度ていどまで兵器へいき欠陥けっかんおぎなうにはあまりあった。

 くわしくこんなことをべぶれば際限さいげんもないが、地獄じごく戦況せんきょうなどは格別かくべつ興味きょうみもあるまいとおもうからただその結果けっかだけを報告ほうこくするにとどめます。味方みかたてきよりも人数にんずうおおく、また大体だいたいおい獰猛どうもうでもあった。ですからながあいだ戦闘せんとう──ほとんど幾年いくねんにもわたるべくえた悪戦あくせん苦闘くとうあとで、吾輩わがはいはとうとうてき左翼さよく駆逐くちくすることに成功せいこうし、やがてその全軍ぜんぐんをばやまやまとの中間ちゅうかん低地ていちいつめて三ぽうから挾撃きょうげきする事になった。てき全然ぜんぜん潰滅かいめつ状態じょうたいおちいり、莫大ばくだい人数にんずう捕虜ほりょになった。──吾輩わがはい早速さっそくみぎ捕虜ほりょうま変形へんけいさせて、部下ぶかうまになったものと交迭こうてつさせたなどは、全然ぜんぜん地上ちじょう戦争せんそうおいてはられない奇観きかんでした。

 それから味方みかたはダントンの領土内りょうどない進入しんにゅうして掠奪りゃくだつのあらんかぎりをつくした──。うっかりおとしましたが、ダントンの軍隊ぐんたいすくなからざる部分ぶぶん婦人ふじんであって、其奴そいつたち男子だんしよりもむし味方みかたなやました。したがって其奴そいつたちほこった吾軍わがぐん捕虜ほりょになったときに、いかにひどいわされたか──こいつはわぬがはなでありましょう。そのほか敵地てきちの一ぱん住民じゅうみんたいする大虐待だいぎゃくたい大凌辱だいりょうじょく──そんなことも諸君しょくん想像そうぞうにおまかせするといたしましょう。

 ただここに不思議ふしぎなことは、地上ちじょうおい掠奪りゃくだつたくましうすることが、一しゅ快感かいかん満足まんぞくとをともなうのにはんし、地獄じごくおいては全然ぜんぜんそれがともなわないことです。地獄じごく掠奪りゃくだつはただの真似事まねごと……。わば掠奪りゃくだつ影法師かげほうしであります。いくらうばってもその物品ぶっぴんなんやくにもたないものばかり、たとえばうばったさけんでても、さっぱり幽霊ゆうれいはらわたにはみません。ゆめ御馳走ごちそうべるよりも一そうつまらない。ゆめならまだいくらか肉体にくたいとの交渉こうしょうがあるが、地獄じごく住民じゅうみんにはまるきり肉体にくたいとのえんもゆかりもないのです。

 地獄じごく現実げんじつかんずるのはただ苦痛くつうだけ、快楽かいらくはまるでない。これが地獄じごく鉄則てっそくなのだからいたかたがありません。

 無論むろん戦勝後せんしょうご吾輩わがはいただちに王位おういくことはいた。──が、おどろいたことにはダントンの以前いぜん部下ぶか大部分だいぶぶん何所どこかへえてしまった。何故なぜえたのか、その当座とうざとんわけわからなかったが、あとでだんだんしらべてると、ダントンの没落ぼつらく彼等かれらをして一しゅ無情むじょうかんぜしめ、んなくだらぬ生活せいかつよりはモすこ意義いぎある生活せいかつおくりたいとの念願ねんがんおこすにいたった結果けっか向上こうじょうみち自然しぜんひらかれたのでした。まりかみはかかる罪悪ざいあくやみなかにもぜん萌芽めばえをはぐくまれたのであります。

 このへんわたし物語ものがたりはしばらく一段落だんらくつけることにしましょう。丁度ちょうどワアド地上ちじょうもどるべき時間じかんせまったようですから……。


九 ダントン征伐 (下)

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十一 皇帝の誘惑


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