心霊図書館 ≫「死後の世界」≫ 上編

(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

八 皇帝に謁見

 四がつあらわれた霊夢れいむ記事きじで、前回ぜんかいひきつづいての陸軍士官りくぐんしかん物語ものがたりであります。──

 吾輩わがはい地獄じごく遭遇そうぐうした一さい出来事できごとくわしくてる必要ひつようはないとかんがえる。かく吾輩わがはい着々ちゃくちゃく自分じぶん周囲しゅうい帰依者きいしゃ団体だんたいをつくることに全力ぜんりょくげたとおもってもらえば結構けっこうです。むろん吾輩わがはい命令めいれい絶対ぜったいで、またかれもよくそれに服従ふくじゅうした。が、吾輩わがはいるべく部下ぶか自由じゆう拘束こうそくせず、勝手かって市内しないるきまわって、勝手かって人虐ひといじめをやるにまかせていた。その結果けっか以前いぜん強盗ごうとう海賊かいぞくであったもの、えぬ無頼漢ぶらいかんであったものなどがゾロゾロ吾輩わがはい麾下きかさんずることになった。吾輩わがはい勢力せいりょく旭日昇天きょくじつしょうてんいきおい拡張かくちょうしてったが、最後さいごにのっぴきならぬ事件じけん出来しゅったいした。ほかでもない、皇帝こうていから即刻出頭そっこくしゅっとうせよとの召喚状しょうかんじょう受取うけとったことである。

 吾輩わがはいはそのときなん躊躇ちゅうちょもなく、一たい部下ぶかしてただちに宮城きゅうじょう出懸でかけてった。

 われわれが謁見室えっけんしつしょうする、華麗かれいな、しかしよごっている大広間おおひろまはいると同時どうじに、かねてちかまえていた皇帝こうていはその玉座ぎょくざからあがった。玉座ぎょくざは一の高御座たかみくらで、その前面ぜんめん半円形はんえんけい階段かいだんいているのである。そのときかれ満面まんめんにさも親切しんせつらしい微笑びしょうたたえ、吾輩わがはい歓迎かんげいするようなふりをしたが、もちろんはらそこにまんまんたる猜忌心さいぎしん包蔵ほうぞうしていることは一とわかった。

 ここへらが地獄じごくという不思議ふしぎ境地ところの一ばん不思議ふしぎてんで、一しょう懸命けんめいたがいだましッくらをこころみる。そのくせおたがい肚裏はらわかぎるほどわかっているのである。だませないとりつつだましにかかるというのがじつ滑稽こっけいであると同時どうじまたれないところなのである。

 皇帝こうていおもむろに言葉くちった。──

あいするともよ、おんみ地獄じごくてからまだいくばくもたないのに、はやくもかばかりの大勢力だいせいりょくったとはじつ見上みあげたものである。』

 吾輩わがはいうやうやしくあたまをさげた。──

まった陛下へいかおおせらるるとおりでござります。このうえとも一そう勢力せいりょくるつもりでござる……。』

皇位こういまでもとおもうであろうがナ……。しかし、あらかじめ注意ちゅういあたえてくが、それはけっして容易よういわざではない。おそらく永久えいきゅうにそんな機会きかいはめぐってぬであろう。──イヤ両雄相争りょうゆうあいあらそうはけっしてさくたるものではない。おたがいにぎって、現在げんざい司配しはいする領土りょうどうえさらだいなる領土りょうどくわえることにしようではないか? 他日たじつむことをずんばアントニィとオクタヴィアスとのごとく、一快戦かいせんこころみて主権しゅけん所在しょざいめることも面白おもしろかろう。しかし現在げんざいのところでは、かの賢明けんめいなる二英雄えいゆうおなじく、たがい兵力へいりょくあわせて附近ふきん王侯おうこうどもを征服せいふくすることにちからつくそうではないか?──きてはおんみ大将軍だいしょうぐんにんずるであろう。さすればおんみはかのダントンとしょうする成上なりあがりの愚物ぐぶつ征服せいふくしておんみ地歩ちほきずくがよい。かれダントンは前年ぜんねん大部隊だいぶたいれて地獄じごくくだり、とう城市じょうしからとおからぬ一地域ちいき強襲きょうしゅうして小王国しょうおうこくきずげた。地獄じごくではその地方ちほうを「革命かくめい巴里パリィ」とんでる……。』

 吾輩わがはいは一けんしてこの人物じんぶつはらそこ洞察どうさつしてしまった。かれ吾輩わがはい公然こうぜん干戈かんかまじえることの危険きけんっていると同時どうじに、また吾輩わがはい独立どくりつしてかれの城市内じょうしない居住きょじゅうすることの険呑けんのんなことも痛切つうせつかんじているのである。

 そこみぎべたような計略けいりゃくもって一かれ領土りょうど中心ちゅうしんから吾輩わがはいとおざけようとしているのであるが、その結果けっかぎの三つのうちの一つになるのにきまっている。すなわ吾輩わがはい戦争いくさけてダントンの捕虜ほりょになるか、戦争いくさ五分ごぶ五分ごぶおわって共倒ともだおれになるか、それとも吾輩わがはいがダントンをたたつぶしてその王位おういうばうか──いずれにしてもかれめにはそんにはならない。最後さいご場合ばあいたんに一つのてきてき交換こうかんするだけにとどまるようにえるが、吾輩わがはい交戦こうせんめに疲弊ひへいするというのがかれのつけどころなのである。

 吾輩わがはいはこの計劃けいかくがよくいてはたが、表面ひょうめんにはこれに同意どういひょうしてくのが好都合こうつごうおもえた。吾輩わがはいほうでも公然こうぜん皇帝こうてい戦端せんたんひらくことはあぶなくて仕方しかたがない。万々まんまん戦闘せんとうけたにはそれこそてられない。これはんしてダントンとの勝負しょうぶにかけては充分じゅうぶん自信じしんがあった。一たんダントンを撃破げきはしてその兵力へいりょく吾輩わがはい兵力へいりょくくわえたうえで、一てんして皇帝こうていめることにすれば、現在げんざいよりもてる見込みこみ余程よほどおおい。

 突嗟とっさはらをきめて吾輩わがはいこたえた。

陛下へいか寛大かんだいなる御申出おんもうしいで早速さっそく引受ひきういたします。』

『おおよく承諾しょうだくしてくれてうれしくおもう。以後いごおんみ股肱ここう大将軍だいしょうぐんである。』

 皇帝こうていただちに大饗宴だいきょうえんもよおし、部下ぶか重立おもだちたるものをこれにまねいたが、吾輩わがはいがその正賓せいひんであったことはうまでもない。

 やがてはこされた御馳走ごちそうるとじつ善尽ぜんつく美尽びつくし、ありとあらゆる山海さんかい珍味ちんみうずたかりあげられてあったが、いよいよそれをだんになるとからッぽのかげだけである。食慾しょくよくだけはゆるようにそそられながら、実際じっさいすこしもはらはいらない地獄じごく御馳走ごちそうほど皮肉ひにくきわまるものはない。

 しかしあわれなる来賓らいひんは、皇帝御下賜こうていごかし御馳走ごちそうだというので、さも満足まんぞくしてるかのごとふうをしてナイフやフォークをはたらかせてせねばならない。じつ滑稽こっけいとも空々そらぞらしいともいようがない。流石さすが皇帝こうてい苦々にがにがしい微笑びしょうべてただだまってひかえてる。吾輩わがはいとてもこの茶番ちゃばん仲間入なかまいりだけは御免ごめんこうむって、ただほかやつどものすところを見物けんぶつするにとどめた。

 御馳走ごちそうばかりでなく、地獄じごく仕事しごとみな空虚くうきょなる真似事まねごとである。饗宴中きょうえんちゅうには音楽隊おんがくたいがしきりに楽器がっきをひねくったが、調子ちょうしすこしもっていない。ギイギイビイビイ、その騒々そうぞうしさとったらない。しかし聴衆ちょうしゅうはさもそれに感心かんしんしたらしいふりよそおってせねばならない。

 饗宴きょうえんおわってから武士さむらいどもがあらわれて勝負しょうぶ上覧じょうらんきょうした。しばらく男子連だんしれんってから、かわって婦人ふじん戦士達せんしたちあらわれ、男子だんしも三しゃけるほどの獰猛どうもう立廻たちまわりをやってせた。

 吾輩わがはいはこの大饗宴だいきょうえん附属ふぞくしたいろいろの娯楽ごらくをここで一々紹介しょうかいしようとはおもわない。そんなことをしたところでなんやくにもちはしない。ただいずれも極度きょくど残酷ざんこくであり、また極度きょくど卑猥ひわいであったとおもってもらえばそれで結構けっこうである。


七 地獄の芝居 (下)

目  次

九 ダントン征伐 (上)


心霊図書館: 連絡先