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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

七 地獄の芝居

 しばらくくだらぬことをしゃべっているうちようや芝居しばいまくいた。芝居しばいすじ発展はってんするにつれて、観客けんぶつ喧嘩口論けんかこうろん次第しだいしずまってった。

 吾輩わがはいはここに地獄じごく芝居しばい筋書すじがきをこまかに紹介しょうかいしようとはおもわない。ざッといつまんでいうと、ありとあらゆる種類しゅるい罪悪ざいあくやら痴情ちじょうやらがことこまやかにわれわれの眼前がんぜん演出えんしゅつされたあとで、とど残忍ざんにんきわまる拷問ごうもん場面ばめんひらけるという趣向しゅこうなのである。

 すると、それまでおとなしく見物けんぶつしていた吾輩わがはい家来けらいが、このとききゅうこえをひそめてった。──

御主人ごしゅじん、ここいらではやしたほう得策とくさくございます。この芝居しばいおわりになると、拷問係ごうもんがかりがきッと観客けんぶつ舞台ぶたい引張ひっぱして、ひどいわせますから………。』

 そうったかわないに、舞台ぶたい拷問係ごうもんがかりが一まえにすすみでて吾輩わがはい家来けらいゆびさしながらさけんだ。──

『コラッやっこ! ここい!』

 家来けらい満面まんめん恐怖きょうふいろうかべてガタガタふるえながらあがったが、われにもあらず坐席ざせきはなれ、舞台ぶたいほうへとられはじめた。

 吾輩わがはいはこれをおおいしゃくにさわった。いかにむしけら同然どうぜんのものでも家来けらい矢張やは家来けらい相違そういない。それをことわりなしに引張ひっぱされては主人公しゅじんこう面目めんもくにかかわる。吾輩わがはい猛然もうぜんとしてせきってあがった。

『ヤイ!』と吾輩わがはい舞台ぶたいむかってさけんだ。『こいつは吾輩わがはい家来けらいではないか! ふざけた真似まねをしゃがると承知しょうちしないぞ!』

 せずして昂奮こうふんひくいうめきが全劇場ぜんげきじょうにひびきわたり、観客けんぶつどう固唾かたずんだ。

 拷問係ごうもんがかりははッたとばかり吾輩わがはいにらみつけた。

『こらッ新参者しんざんもの! 新参者しんざんものでもなければそんな口巾くちはばッたいことはわないはずじゃ。イヤ貴様きさまのようなやつにはそろそろ地獄じごくにが懲戒みせしめめさせる必要ひつようがある。さッさとこの舞台ぶたい出掛でかけてどもと尋常じんじょう勝負しょうぶいたせ!』

なにをぬかしやがる! 勝負しょうぶをするなら此方こっちい!』

 双方そうほう掛合かけあいのせりふがよろしくあって、たちま猛烈もうれつなる意思いし意思いしとの戦端せんたんがわれわれのあいだ開始かいしされた。吾輩わがはい長所ちょうしょ意思いしあくまで強固きょうこで、けじだましいっていることである。そればかりが吾輩わがはいゆい一の武器ぶきである。舞台ぶたいから放射ほうしゃされる磁力じりょくじつ強大きょうだいきわめたが、吾輩わがはい首尾克しゅびよくそれに抵抗ていこうしたばかりか、アベコベにてき自分じぶん手元てもとせにかかった。ややしばらくのあいだ勝負しょうぶ五分ごぶ五分ごぶ姿すがたであったが、にわかに観客けんぶつあいだからドッと喝采かっさいおこった。吾輩わがはいてき一歩ひとあしよろよろとこちらへよろめいたのである。しかしてきもさるもの、ぎの瞬間しゅんかんふたた後方うしろ退じさると同時どうじに、今度こんど吾輩わがはい足元あしもとあぶなくなった。吾輩わがはいからだおぼえず五六すん前方まえはじされた。観客けんぶつまたもやどッとはやてる……。一ひやりとさせられたが、即坐そくざ陣容じんようなおし、一せいだい力量ちからしぼってぐッとにらみつめると、とうとうてき隊形たいけいふたたくずした。

『エーッ!』

 一つ気合きあいをかけるごとにてきからだはズルリズルリと舞台ぶたいはしまでられてた。其所そこ先方むこうはモ一にものぐるいの抵抗ていこうこころみたが、最後さいごてきはものすごい一せい悲鳴ひめいをあげるとともに、舞台下ぶたいした囃子場はやしばなかんだ。囃子連中はやしれんちゅうはびッくりして四ほう散乱さんらんする。同時どうじ歓呼喝采かんこかっさいこえ観客けんぶつあいだからどッと破裂はれつする。

 それからきはいよいよ此方こっちのもので、てきあがって、一吾輩わがはい坐席ざせきして、器械人形きかいにんぎょうよろしくのていで一直線ちょくせんってくるる。

 いくじのないことおびただしいが、それでも観客けんぶつ気味きみるがってみぎひだりげる。

 とうとうてき吾輩わがはい面前めんぜんひざまずいた。

 しばらくして吾輩わがはいが言った。──

舞台ぶたいもどってよろしい。吾輩わがはい舞台ぶたいるのだ。』

 モーうなっては敵手あいて至極しごくおとなしいもので、すごすご舞台ぶたいきあげると、吾輩わがはいもすぐそのあとから身軽みがる舞台ぶたいあがった。

此奴こいつ拷問ごうもんにかけるのだ!』

 吾輩わがはいかれ配下はいか獄卒ごくそつどもにむかってそう号令ごうれいをかけた。で、獄卒ごくそつどもは[#どうしようもなしに]せうことなしにいままでの親分おやぶんむかって極度きょくど拷問ごうもんほどこすことになったのであるが、イヤ観客けんぶつのうれしがりようは一ととおりや二たとおりのことでなく、をたたく、足踏あしぶみをする、呶鳴どなる、口笛くちぶえく。さすがの大劇場だいげきじょうもつぶれるかとうたがわるるばかりであった。

 散々さんざんいじいたあと吾輩わがはい舞台ぶたいからりかけると、たちま観客けんぶつあいだからおおきなこえさけぶものがあった。──

きみ皇位こういくべしだ! 大至急だいしきゅう現在げんざい暴君ぼうくん叛旗はんきひるがえすがい。われわれおおいちからえる!』

 これをきいて吾輩わがはいもちょっとわる気持きもちはしなかったが、しかしあの強烈きょうれつ意思いし所有者もちぬし即座そくざ戦端せんたんひらくということには躊躇ちゅうちょせざるをなかった。にしろ吾輩わがはいはまだ地獄じごくたぼかりでさっぱりここの事情じじょうわからないから、うっかりした真似まねきないとかんがえたのであったが、同時どうじ戦端開始せんたんかいしはただ時期じき問題もんだいであることを痛感つうかんせずにはられなかった。ドーせ今日きょう劇場げきじょうおこったことがいつまでも皇帝こうていみみはいらずにいるはずがない。みみはいるが最後さいご、あんな抜目ぬけめのない人物じんぶつ自家防衛策じかぼうえいさくこうぜずにぼんやりしてはずがない。

 そこ吾輩わがはいさけんだ。──

『まァおちなさい。吾輩わがはいには地獄じごく主権者しゅけんしゃになろうという野心やしん毛頭無もうとうない。先方むこうから攻勢こうせいらないかぎり、吾輩わがはいあくまで陛下へいか忠良ちゅうりょうなる臣民しんみんである。』

 そううとあちこちからくすくすあざけわらこえきこえ、なかには無遠慮ぶえんりょささややつがあった。──

彼奴あいつ臆病おくびょうだ! こわがってやがる。』

だまれ! けだもの』と吾輩わがはいさけんだ。『モ一批評ひひょうがましいことをぬかすが最後さいご、きさまたち想像そうぞうないほどの拷問ごうもんにかけてやるぞ!』

莫迦ばかえ!』と観覧席けんぶつせき一人ひとりがわめいた。

俺達おれたちには皇帝こうていがついてらア。貴様達きさまたちえるかッ!』

 その瞬間しゅんかん吾輩わがはい其奴そいつ舞台ぶたい引張ひっぱして、獄卒ごくそつどもにめいじてきながらからだかわがせた。──イヤかわぐなどといえばいかにも物質ぶっしつくさいかんじがしましょうが、ほか適当てきとう文句もんくがないからこまるのです。観客けんぶつにはかわぐようにえ、当人とうにんかわがれるようにかんずるのです。むろん霊界れいかいのものに肉体にくたいいにきまっていますが、ってもくても結果けっかどう一なのです。

 おも存分ぞんぶんやるだけの仕事しごとをやったあと吾輩わがはい二人ふたり婦人ふじん家来けらいとを引具ひきぐして劇場げきじょうた。

何所どこかに手頃てごろ家屋かおくはあるまいかナ?』とやがて吾輩わがはい家来けらいたずねた。

『さァいこともございません。不取敢とりあえずそこの家屋かおくはいかがでございましょう? あれには有名ゆうめい伊太利イタリィ殺人犯人ひとごろしんでります。このほう古風こふう羅馬式ローマしき別荘べっそうよりもかえって便利べんりかもれません』

『ふむ、これでよかろう。』

 われわれは早速さっそく玄関げんかんたたくと、一人ひとり下僕しもべあらわれて吾輩わがはいってかかってたが、そんなものは地面じべたばした。

『こいつのかお蹂躙ふみにじってやれ!』

 吾輩わがはい号令ごうれいをかけるとローズは大歓おおよろこびでそのとおりをった。それから大理石だいりせきよごれた階段かいだんをかけあがって大広間おおひろまはいってると、そこには多数たすう婦女おんなどもにりまかれて主人あるじすわってた。吾輩わがはいはイキナリびかかって、其奴そいつまどからほうし、いえ什器じゅうき婦女おんな下僕しもべもそっくりそのままきあげて自分じぶん所有ものにしてやった。

 今晩こんばんはなしはこれくらいにしてきましょうかナ……。


七 地獄の芝居 (中)

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八 皇帝に謁見


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