心霊図書館 ≫「死後の世界」≫ 上編

(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

七 地獄の芝居

 やがてわれわれは一大劇場だいげきじょう正面しょうめんた。途中とちゅうなりの距離きょりあるいてたが、そのへんかけるどの建物たてものたいていみな近代式きんだいしきのものばかり、就中なかんずく劇場げきじょうなどときてはまるきり近頃ちかごろのものだった。そのくせよごってて、手入ていれれなどはさっぱり出来できてはしなかった。

 が、見物人けんぶつにんおおいこととったらまったくすさまじいほどで、すなすなの大盛況だいせいきょう。──われわれはしばらく群衆ぐんしゅうと一しょになって、もん内部なかまではいってたが、其所そこほとんど修羅しゅらちまたで、たいがいの観客けんぶつはおたがい喧嘩けんかをしてる。ヤレしたとか、されたとか。ヤレすべったとかころんだとか。めいめいなんとか勝手かって文句もんくならべてさわいでる。こと切符売場きっぷうりば騒動そうどうときては尚更なおさらひどいもので売手うりて買手かいてとがひッきりなしにののしっている。

 いつまでもんな騒動そうどう渦中かちゅうまれていたのではとてもやりれないので、吾輩わがはい満腔まんこう念力ねんりきをこめて、四辺あたり群衆ぐんしゅう抗議こうぎなどには一さい頓着とんちゃくなしに、家来けらい引張ひっぱりながら、グイと文字もんじ切符売場きっぷうりばへと突進とっしんした。家来けらいやつ吾輩わがはい保護ほごもと大威張おおいばりで、みちすがら幾人いくにんかをばし、こと一人ひとり婦人ふじん頭髪かみのけをひッつかんで地面じべたたおしたりした。しかしおにのような群衆ぐんしゅうべつにそのおんな可哀かわいそうともおもわず、たおれているからだうえをめいめいあし蹂躙ふみにじった。

 それから吾輩わがはい家来けらいともただちに観覧席かんらんせき突入とつにゅうしてったが、ここでもまた観客けんぶつ大部分だいぶぶんののしったり、たたったり、乱痴気騒らんちきさわぎ。──自分達じぶんたちのすぐ隣席りんせき男女だんじょなどもけっして御多分ごたぶんにもれず大立廻おおたちまわりの最中さいちゅうであった。これが裏店社会うらだなしゃかい出身しゅっしんというのならきこえているが、この二人ふたりもとはたしかに上流社会じょうりゅうしゃかいのものであったらしく、につけて衣服きものなどは、よごれてけてはいるもののなかなかかねのかかった贅沢品ぜいたくひんであった。それでおおびらに喧嘩けんかをやらかすのだからまったもっ世話せわはない。そのうちおとこほうおんなよりも強烈きょうれつ意思いし所有者しょゆうしゃであったらしく、とうとうおんな椅子いす椅子いすとの中間ちゅうかんたたせてしまった。そして自分じぶん椅子いすをわざわざってて、おんなからだあし蹈台ふみだいにして、どっかとそれにすわみ、おんなあがろうとすると、うえからドシンドシンとくつみつけた。

 やがてかれ自分達じぶんたちみとめると、手真似てまねまえとおれとらせ、くわえた。──

かまいませんから、うえんでってください。んな餓鬼がき敷物代用しきものだいようにしてやると、いくらか功徳くどくになります。』

 そうってゴツンとくつおんなあごへんつよたぐったのであった。

 われわれはわれるままにおんなからだうえんで、向側むこうがわ空席くうせきおもむいたが、そのからだ人間にんげん同様どうようもあればにくもありそうなふみ心地ごこちで、しかもおんなきてとき同様どうようもがきながらさけぶのであった。むろんおんなほうではきているときんなわされている場合ばあいまったおなじな苦痛くつうかんずることにかわりはないのであるが、ただあしまれるからいたいというよりも、あしもうとする意思いしめにいたいのであった。

 われわれのぎの坐席ざせきには二人ふたり婦人ふじんすわってた。むかしはこれでも綺麗きれいおんなであったのかもれないが、んせ、彼等かれら面上めんじょうみなぎ悪魔式あくましき残忍性ざんにんせいめにいまでは醜悪しゅうあくきわまる鬼女きじょしていた。吾輩わがはい感心かんしんして、二人ふたりかおをジロジロ見比みくらべてると、自分じぶんちかほうのが──あとできくとそれはローズというのであったが、吾輩わがはいむかってましてんなことをった。──

『ちょいとあんたはわたしのかおばかりていらっしゃるのじゃないの………。そんなにわたしがおして?』

『フン。』と吾輩わがはいあきかえってさけんだ。『おまえのようなものでもいつか綺麗きれいなことがあったのかもれないが、いまでは随分ずいぶんにくらしいつらつきをしているネ。──イヤしかし地獄じごくあま贅沢ぜいたくわれまい。まァ我慢がまんしてやるからおとなしくおれうことをきけ! ついでに其方そっちおんなも一しょないか。両方りょうほうともおれめかけにしてやる………。』

『まァ随分勝手ずいぶんかってだわネ、このひとは……。ひと相談そうだんもしないでさ! だれがあんたのようなものと一しょになってたまるものかね、莫迦ばか莫迦ばかしい……。』

 吾輩わがはいはイキナリ彼女かのじょ両手りょうて鷲掴わしづかみにした。

『これ、すべた! かお地面じべたにすりつけてあやまれ!』

 一しゅんあいだ彼女かのじょ抵抗ていこうしようとしたが、勿論もちろんそれはできない相談そうだんで、たちまうめきながら吾輩わがはい足下あしもとくずれ、かお地面じべたにすりつけたのであった。

『これでりたら、』と吾輩わがはいった。『もとせきもどってい。しかし今日きょうからおれ奴隷どれいになるのだぞ!』

 つづいて吾輩わがはい一人ひとりびかけた。──

『きさまの名前なまえなんというか?』

『ヴァイオレットでございます。』

おにたいなやつのくせに、イヤに可愛かわいらしい名前なまえをくッつけてやがるナ。かくおれほうおにとして一まい役者やくしゃうえだ。愚図ぐず愚図ぐずわずに、はや降参こうさんするほうがきさまの幸福しあわせだろう。ローズ同様どうよう地面じべたかおをすりつけてあやまれ!』

『はは……はい。』

 吾輩わがはい手並てなみわかったとえて此奴こいつ不平ふへい一つわずに吾輩わがはい命令めいれい尊奉じゅんぽうした。


七 地獄の芝居 (上)

目  次

七 地獄の芝居 (下)


心霊図書館: 連絡先