心霊図書館 ≫「死後の世界」≫ 上編

(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

七 地獄の芝居

 三がつ三十にちのはいつもの自動書記じどうしょきしき通信つうしんではなく、ワアドほうから霊界れいかい叔父おじさんをおとずれ、そのへや陸軍士官りくぐんしかん直接面会ちょくせつめんかいしてこの物語ものがたりをきかされたのでした。ワアドまえにも透視法とうしほう陸軍士官りくぐんしかんってるのですが、不相変あいかわらずこのもいかにも意思いしつよそうな、いかついかおをしてたそうで、ただ以前いぜんくらぶれば憎々にくにくしい邪気じゃきがよほどっていたということであります。

 陸軍士官りくぐんしかんはなしぶりはれいによってテキパキと、短刀直入的たんとうちょくにゅうてき前回ぜんかいつづきを物語ものがたってります。──

 さて御前試合ごぜんじあいもいよいよ千秋楽しゅうらくとなって、観客けんぶつがぞろぞろ退散たいさんするので、吾輩わがはい家来けらいれて演武場えんぶじょうたのであるが、わざと城門じょうもん附近ふきん陣取じんどっていわゆる皇帝こうてい退出たいしゅつするところを見物けんぶつすることにした。もなく皇帝こうてい馬車ばしゃあらわれたが、その周囲しゅういたいへんなひとだかりだ。そして意外いがいにも全裸体まるはだか男女だんじょ沢山たくさんそのなかまじってるのである!

 吾輩わがはい家来けらいいた。──

『イヤに素裸体すっぱだか霊魂れいこんるではないか! んだものはみな衣服きものはずだのに……。』

『これが皇帝こうてい陛下へいかのお道楽どうらくございます。うしておおくの家来達けらいたち無理むり裸体はだかにさせて、うれしがってられるのでございます。』

『しかしいく裸体はだかにされたところで、幽霊同志ゆうれいどうしではあま面白おもしろ関係かんけいきまいが………。』

御説ごせつとおりでございます。旦那様だんなさまもモーすッかりおぞんじでございましょうが、肉体にくたいいものには肉体にくたい快楽かいらくばかりはもとめられはしません。真似事まねごとならいくらでもきますが、それではまるきり影法師かげぼうし影法師かげぼうしとの相撲すもうのようなもので面白おもしろくも可笑おかしくもございません。情慾じょうよくだけは依然いぜんとしてえながら、それを満足まんぞくせしむるからだいのでございますからまったくやりれはいたしません。』

 そうってうちに、おおきな猟犬りょうけん幾疋いくひきとなくわきはしぎたので吾輩わがはいおどろいた。

地獄じごくにも動物どうぶつるのかね? みょうなものだナ………。』

『ナニこれはホンモノの動物どうぶつではございません。皇帝こうてい思召おぼしめしで、人間にんげん霊魂れいこんりに動物どうぶつ姿すがたらされましたので、裸体はだかにされたり、また小供こども姿すがたにされたりするのとなん相違そういございません。皇帝こうていじつ素晴すばらしい力量ちからのあるおかたで、われわれを御自分ごじぶんきな姿すがた変形へんけいさせ、はなはだしきは家具かぐ什器じゅうきかたちまでも勝手かってにかえて面白おもしろがってられます。』

 やがて皇帝こうてい行列ぎょうれつ自分達じぶんたち前面ぜんめん通過つうかしましたが、イヤその騒々そうぞうしさと、残酷ざんこくさと、また淫猥ふしだらさとにはまるきりおはなしにならない。そして行列ぎょうれつ前後左右ぜんごさゆうには間断かんだんなく悲鳴ひめいがきこえる。これは種々雑多しゅじゅざった刑罰法けいばつほうときとすれば扈従おともものくわえられたり、またときとすれば見物人けんぶつにんくわえられたりするからである。就中なかんずく人騒ひとさわがせの大将たいしょうれい猟犬りょうけんで、ひっきりなしに行列中ぎょうれつちゅう男女だんじょみついたり、また見物人けんぶつにん皇帝こうていまえくわえてたりする。

 皇帝こうていはとると、大威張おおいばりで戦車せんしゃおさまりかえってるが、その面上めんじょうには罪悪ざいあくしわふかふかきざまれて、本来ほんらい目鼻立めはなだちがとても見判みわけられぬくらいまさ残忍性ざんにんせい驕慢性きょうまんせいとの好標本こうひょうほんであった。が、生前せいぜんはこれで中々なかなか好男子こうだんしではなかったかとおもわれるふし何所どこやらにみとめられるのであった。

『一たいあれ何者なにものかナ? 羅馬ローマのネロではあるまいナ。』

『いいえ旦那様だんなさま』と吾輩わがはい家来けらいこたえた。『わたしはあのかた名前なまえわすれてしまいましたが、ネロでないことだけはよくぞんじてります。ネロはあのかた家来けらいございます。あのかたくらべるとネロなどはッぽこの弱虫よわむしです。幾度いくどとなく皇帝こうてい叛旗はんきひるがえしましたが、その都度つどいつも見事みごとにたたきつぶされてしまいます。けれどもネロもなかなか狡猾こうかつおとこで、いつも監視者かんししゃすきねらってしては一と騒動そうどうおこします。そしてつかまるごとに皇帝こうていから極度きょくどむごたらしい刑罰けいばつけます。イヤ、ネロいじめは皇帝こうていの一ばんおした娯楽たのしみの一つでございます。』

『そりャそうと貴様きさま皇帝こうてい生前せいぜんなんという名前なまえ人間にんげんであったか、きッとっているだろうが……。』

『イヤわたしまったわすれてしまいましたので………。』

『このうそつき野郎やろう! んでそれをわすれるはずがあるものか! まっすぐに白状はくじょうせい!』

白状はくじょうするにもせぬにもまったぞんじませんので………。』

『それならよし。おれがきっと白状はくじょうさせてせる。』

 吾輩わがはいれい地獄じごく筆法ひっぽうで、極度きょくどおそろしい刑罰法けいばつほう案出あんしゅつし、一しん不乱ふらんにそれをねんじたからたまらない。家来けらいやつは七てんとうくるしみ………。それこそ真実はんとう地獄じごくくるしみをはじめた。

 が、いくらいじめてもらないものは矢張やはらないので、最後しまいには吾輩わがはいもとうとうくたびれて、家来けらいいじめを中止ちゅうしし、それなら何所どこ面白おもしろ場所ばしょ案内あんないせいとめいじた。

『それでは旦那様だんなさま劇場げきじょう御案内ごあんないいたしましょう。』

っとなみだいてこたえた。

『ふむ劇場げきじょう……。それもかろうが、一たいここではんな芝居しばいをやっているかナ?』

『そりャ素的すてき面白おもしろいものでございます。地上ちじょう有名ゆうめい惨劇さんげきたいてい地獄じごくの舞台にかけられます。そしてるべく生前せいぜんその惨劇さんげき関係かんけいのある当人とうにん役者やくしゃ使つかって、地上ちじょうったとおりをらせます。』

人殺ひとごろしの芝居しばいばかりでなく、すこしは陽気ようき材料ざいりょうたとえばわか男女だんじょ愛慾あいよくったようなものはらんかナ?』

景物けいぶつにはそんな材料ざいりょうもございますが、御承知ごしょうちとお此所ここひとにくむこととひといじめることとが専門せんもん都市としございます。したがってここで脚本きゃくほん主題しゅだいとなるのはみなそのたぐいのもので、邪淫境じゃいんきょうへまいりませんと色情しきじょう主題しゅだいとなったものはありません。──もっと色情しきじょう残忍行為ざんにんこういとは親類筋しんるいすじございますから、ここの芝居しばい御覧ごらんになってもなかなかつやっぽいところもまくございます。』

地獄じごくにも新脚本しんきゃくほんるかナ?』

『あまり沢山たくさんはしません。しかもみな地上ちじょうえんぜられたもののなおしがおおいのであります。もっと地上ちじょうにはホンモノの惨劇さんげき毎日まいにちえんぜられますから、こちらで材料ざいりょう払底ふっていする心配しんぱいすこしもございません。』

『してるとしん創作そうさく地獄じごくからることはさそうだナ?』

『一つもいようにかんがえられます。地獄物じごくものことごと輸入ゆにゅうものかなおしものばかりでございます。』


六 地獄の大都市 (下)

目  次

七 地獄の芝居 (中)


心霊図書館: 連絡先