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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

六 地獄の大都市

 これは三がつ二十八にち午後ごご時半じはんからあらわれた陸軍士官りくぐんしかん霊界通信れいかいつうしんで、いよいよこの通信つうしん大眼目だいがんもくたる地獄じごくだい憎悪ぞうあく残忍ざんにん高慢こうまんつみおかしたものの当然とうぜんはいるべき境涯きょうがいだい印象いんしょうをば、れい端的たんてき筆法ひっぽう報告ほうこくしてあります。ある程度ていどまで時空じくう司配しはいくる幽界ゆうかい状況じょうきょうとはにわかに勝手かってちがいますからそのおつもりで翫味がんみさるることが必要ひつようであります。

 前回ぜんかい諸君しょくんにおわかれしたとき吾輩わがはいがとうとう地獄じごくちかけたことを申上もうしあげてきましたが、だいたい地獄じごくというところ地上界ちじょうかいとはおおくのてんおい相違そういしてります。──最初さいしょ吾輩わがはいからだくらい、つめたい、おそろしい無限むげん空間くうかんつうじてドンドン墜落ついらくしてく………。最後さいごなにやら地面じべたらしいものにゴツンとあたった。不図ふとがついてると其所そこには道路みちらしいものがある。かく吾輩わがはいはそれにあがって、コツコツすすんでったが、ツルツルすべって間断かんだんなくきたなどぶなかはまる。はまってはあがる。あがってはまたはまる。四辺あたり真暗闇まっくらやみなになにやらさっぱりわからない。が、吾輩わがはいからだ不思議ふしぎ引力いんりょくのようなものにきづられ、ある方向ほうこうをさして無茶苦茶むちゃくちゃ前進ぜんしんをつづける。──最後さいご吾輩わがはい荒涼こうりょうたるいしコロだらけの野原のはらた。

 依然いぜんとしてやみなかをばまえまえへとられる。そのあいだ何回なんかいつまずき、何回なんかいたおれたかはとてもかぞれない。んなときにはだれでもいいから道連みちづれ一人ひとりもあってくれればとしきりに人間にんげんいしくてしょうがなかった。そうするうち次第しだい次第しだいまなこやみれて視力しりょくすこしづつ回復かいふくしてた。行手ゆくてながめるとなにやら朦朧もうろうおおきな凝塊かたまりえる。しばらくするとそれはある巨大きょだいなる市街しがい城壁じょうへき見渡みわたかぎり……。とってあま遠方えんぽうまではえないが、かく何所どこまでもズーッと延長えんちょうした城壁じょうへきであることがわかった。さいわむこうに入口いりぐちらしいところがある。ちかづいてると、それはむかし羅馬ローマ城門じょうもんめいたものであるので、吾輩わがはいかまわずそのもんをくぐった。が、その瞬間しゅんかん気味きみのわるいさけごえおこり、同時どうじ二人ふたり醜悪しゅうあくなる面構つらがまえ門番もんばんらしいやつが、矢庭やにわ吾輩わがはいびかかってた。

 ドーせ地獄じごく邂逅でっくわやつなら、かたばしからかたきおもえば間違まちがいはあるまいとがついたので、吾輩わがはいほうでも遠慮えんりょはしない。たちまちそちらにいて、生命限いのちかぎり………。いや生命いのち最初さいしょからわせがないから、そううのも可笑おかしいが、かくしょう懸命けんめいになって、先方むこう格闘かくとうしようと決心けっしんした。ところがみょうなもので、吾輩わがはいがその決心けっしんかためると同時どうじ二人ふたり醜悪しゅうあく化物ばけもの俄然がぜんとしてした。これがそもそも吾輩わがはい地獄じごくきての最初さいしょ教訓きょうくんせっした端緒たんちょであります。地獄じごくには規則きそくなにもない。ただつよものよわものいじめる。そしてそのつよさは腕力わんりょくつよさではなくて意思いしつよさと智慧ちえつよさであるのです。

 吾輩わがはいはしばらくのあいだ何等なんら妨害ぼうがいにもせっせず、きへきへとすすみましたが、モーそのときには濃霧のうむとおして種々しゅじゅ建物たてものみとるようになりました。だんだんうちにこの市街しがいには何所どこやら見覚みおぼえがあることにがついた。──ほかでもない、この市街しがい古代こだい羅馬ローマなのであります。羅馬ローマではあるが、しかし羅馬ローマ以上いじょうである。かつ羅馬ローマ建設けんせつされていまほろびた建物たてもの出現しゅつげんしてるばかりでなく、都会とかい建物たてものまでがそこいらに出現しゅつげんしてる。むろんそれ建物たてものみな残忍ざんにん行為こうい関係かんけいのあるものばかりで、それ邪気じゃき凝集ぎょうしゅうしてこの地獄じごく大首府だいしゅふ建設けんせつされてるのであります。おなじく羅馬ローマ建物たてものでも残忍性ざんにんせいのない建物たてもの此所ここにはあらわれないで、それぞれべつ境涯きょうがい出現しゅつげんしてる。すべて地上ちじょう建設けんせつさるる一さい都市とし建物たてものみなうしたものなのであります。

 憎悪性ぞうあくせい残忍性ざんにんせいまさって都市としとしては羅馬ローマほかにヴェニスだのミランだのがかぞえられる。そしてのろわれた霊魂達れいこんたちみなるいもってそれぞれの都市とし吸引きゅういんされる。むろん地獄じごく都市としひと憎悪ぞうあく残忍ざんにん都市としのみにはかぎらない。邪淫じゃいん都市としだの物質慾ぶっしつよく都市としだのといろいろのところが存在そんざいしパリーやロンドンはおも邪淫じゃいん出現しゅつげんしてる。ただしこれはホンの太体論だいたいろんで、ロンドンのごときもそれぞれの時代じだい 、それぞれの性質せいしつおうじて、局部きょくぶ局部きょくぶ地獄じごく各方面かくほうめん散在さんざいしてることはうまでもない。


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