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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

五 憑霊と犯罪

 が、いつまでこんなことばかりもしてられないので、とうとう最後さいご荒療治あらりょうじほどこすことになった。──ほかでもない、吾輩わがはいがそのおとこからだをつかって宝石商ほうせきしょうみせはいって幾粒いくりゅうかの宝石ほうせきぬすんだうえにその主人しゅじん殺害さつがいし、そして首尾克しゅびよく発覚はっかくして官憲かんけんにつかまるように仕向しむけたのである。吾輩わがはいかれ謀殺罪ぼうさつざいとして正規せいき手続てつづきもっ刑務所けいむしょ収容しゅうようされるまで体内たいないにとどまってたが、ここまでけばモー用事ようじはないので監房内かんぼうないからだからしてしまった。それまでゆびをくわえてブラブラ腰巾着こしぎんちゃくになってかれ霊魂れいこんはじめて自分じぶん体内たいないもどることがきたが、随分ずいぶんのきかないはなしで、そのさい吾輩わがはい散々さんざん先方むこう嘲笑ちょうしょうしてやったものだ。

 いよいよ裁判さいばん開始かいしされたときに吾輩わがはい人知ひとしれず傍聴席ぼうちょうせき出掛でかけてってた。当人とうにんはしきりに一切いっさい罪状ざいじょうきて何等なんら意識いしきがなかったことを主張しゅちょうした。無論むろんそれはそのとおりに相違そういないので、かれの霊魂れいこんとしては一さい承知しょうちしてはても、かれ物質的脳髄ぶっしつてきのうずいには何等なんら印象いんしょうのこってはいなかったのである弁護士べんごしまた被告ひこくが一時的じてき発狂はっきょうしたのであると熱心ねっしん弁論べんろんした。が、裁判官さいばんかんぎのごと論告ろんこくした。──

『ある一人士じんしは一さい犯罪はんざいもっ発狂はっきょう結果けっかなりと主張しゅちょうする。しかしながら本職ほんしょくこれ承認しょうにんすることができない。本件被告ほんけんひこく行動こうどうはそれを発狂はっきょう見做みなすにはあまりに工夫術策くふうじゅつさくがありぎる。本件関係ほんけんかんけい証人等しょうにんら供述きょうじゅつもとずきて推断すいだんくだせば、被告ひこく平生へいぜいからにくむべき行為こういかさね、最後さいごにこの謀殺罪ぼうさつざいおかしたものである……。』

 そしてかかる場合ばあいにいつも判決はんけつ──死刑しけい宣告せんこくくだしたのである。

 うなっては吾輩わがはい得意とくいもっおもうべしである。が、そのうち予想外よそうがい小故障しょうこしょうおこらないではなかった。依然いぜんとして無罪むざい主張しゅちょうする被告ひこく誓言せいげん──こいつはまでやくにもたなかったが、かれ女房にょうぼう良人おっとたいして同情どうじょうある陳述ちんじゅつをなし、かれ平生へいぜい行動こうどうから推定すいていしてかの犯罪はんざいはたしかに一時性じせい発狂はっきょう結果けっか相違そういないともうてたことはなかなか有力ゆうりょくなる弁護べんごであった。

 むろんそれがめに死刑しけい宣告せんこく破棄はきされはしなかったが、しかしこの同情どうじょうある陳述ちんじゅつが、いままでただ反抗心はんこうしんとヤケ糞気分くそきぶんちて良人おっと精神せいしん善心ぜんしんさせるのには充分じゅうぶんであった。監獄かんごく教誨師きょうかいしまたかれしんじて、百ぽう慰籍いしゃみちこうじたので、いよいよかれ本心ほんしんちかえり、生前せいぜんつみあらためてかみにおすがりする気分きぶんになった。結局けっきょくかれの肉体にくたいだけは予定通よていどおりにころたが、かれの霊魂れいこん此方こちら自由じゆうにならず、死刑しけい実施じっしされた瞬間しゅんかんに一だん天使達てんしたちがそれをき、われわれ悪霊あくれいらして何所どこともれずってしまった。わば九じんこうを一いたわけで、復讐ふくしゅう最終さいしゅう目的もくてきたっせられずにおわったのである。

 それだけならまだ我慢がまんができるが、今度こんどはあべこべに吾輩自身わがはいじしんがあぶなくなってた。丁度ちょうどその時分じぶんから吾輩わがはいからだ加減かげんきゅう変梃へんてこになり、なにやらおくほうからズルズルくずれるようながして仕方しかたがない。いかに気張きばっててもドーしてもそれをいとめることがきない。さすがの吾輩わがはいおどろいて自分じぶんまと悪霊あくれいいてた。──

近頃ちかごろドーもからだ異状いじょうがあるが、一たいうしたのだろう?』

『ナニ地獄じごくちるンだネ。』とかれ平然へいぜんとしてこたえた。『きさまもモーそろそろ年貢ねんぐおさどきたのだ。』

 吾輩わがはいびッくりしてさけんだ。──

『それでは約束やくそくちがうじゃないか! んなことをしないと幽体ゆうたいやしなわれないというから吾輩わがはい精出せいだして人間にんげんからだ憑依とりついたのだ。』

『それをやればもちろん一やしなわれるさ。けれどもむろん永続ながつづきのするものじゃない。モーきさまもいよいよちかいうち幽体ゆうたいとおわかれじゃ。』

 吾輩わがはいはがっかりしてたずねた。──

『そうすると今度こんどんなからだもらうのかね?

今度こんど霊体れいたいというシロモノだね。しん苦痛くつうはそれからはじまるのさ………。』

 われて吾輩わがはいはじめてこの悪霊あくれいがいかに悪意あくいもっ吾輩わがはいのろいつめてたかにがついた。そのとき忌々いまいましさ! にくらしさ! とても筆紙ひっしにはつくせません。それからいよいよ吾輩わがはい地獄じごくちとなるのですが、今晩こんばんはなしはこれでめてきます。

 諸君しょくん吾輩わがはい通信中つうしんちゅうにはいたところだいなる警告けいこくこもってるつもりであります。それゆえ何卒どうぞこれを厄介物視やっかいものしせず、充分じゅうぶん注意ちゅういもっ研究けんきゅうしていただきたいとぞんじます。今晩こんばんはこれでおわかれいたします……。


五 憑霊と犯罪 (上)

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