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(下編) 陸軍士官の地獄めぐり

二 酒亭

 これは陸軍士官りくぐんしかんからおくられただいかい通信つうしんで、死後幽界しごゆうかいける最初さいしょ経験けいけんれい露骨ろこつ筆法ひっぽう物語ものがたられてあります。心理学者しんりがくしゃ頭脳あたまをなやます憑霊現象ひょうれいげんしょう裏面りめん消息しょうそくがいかにも突込つきこんでえがされてりますので、何人なんびともこれにはすくなからずおどろかるると同時どうじまたふかかんがえさせられるところがあろうかとぞんじます。──

 吾輩わがはい案内あんないされるままに無我夢中むがむちゅうみぎ怪物かいぶつあといてったが、四辺あたりはイヤに真暗まっくらところであった。やがてがついてると無数むすう霊魂れいこんがそのへんにウジャウジャしてる。

『ここは一たい何所どこなのかい?』

吾輩わがはい案内者あんないしゃいてた。

『それよりか、おまえ何所どこきたい?』とかれった。『のぞみの場所ばしょへ、何所どこへなりとれてってあげる。』

吾輩わがはいなによりさけみたいナ。』

『それなら此方こっちるがい。さけきなやつ誂向あつらえむきのみせがある。』

 たちまちにして四周あたりののしりさわぐ群衆ぐんしゅうこえがきこえた。と、其所そこには一怪物かいぶつ多数たすう配下はいかひきいてひかえてたが、イヤその人相にんそうだけはとても形容けいようのかぎりでない。なかで一ばんそれにちかいものといえばへべれけの泥酔漢位よっぱらいぐらいのところであろう。下品げひんで、醜悪しゅうあくで、ふやけってて、そしてあくまできたならしい。

 詩聖しせいミルトンは堕落だらくした天使てんし頽廃的たいはいてき荘麗そうれいさを『失楽園しつらくえん』のなかえがいてるが、そんなおもむきはこの怪物かいぶつには味塵みじんもない。そいつが眼球めだまをぐりぐりさせるとほかやつどもがこえそろえて呶鳴どなてる。──

さけ! さけませてくれい!』

おれあといてい!』とみぎ怪物かいぶつった。『さけならいくらでもませてやるが、しかし、きさまたちはそのまえに一とはたらきしなければけねえ。』

 たちまちわれわれはおおきな、しかし下等かとうな一つの酒亭さかやはいっていた。その場所ばしょはたしかにロンドンの東端イースト・エンド何所どこかであるらしい。内部なかには下等社会かとうしゃかいおとこおんなも、また小供こどもさえもた。

 イヤそのへやみなぎるジンやウィスキイのなんともいえぬうれしいにおい! やすビールのにおいだけは感心かんしんもできなかったが、もちろんそんなことには頓着とんちゃくしてられはしなかった。

 吾輩わがはい早速さっそく酒場バアいてあるビールの大杯たいはいにしがみついた。が、いくらつかんでもつかんでもドーしてもコップがはいらない。そうなるとみたい念慮ねんりょは一そうつよまるばかり、躯中からだじゅうしそうにかんじられた。それにしても親分おやぶんは一たいうしてるのかとおもって背後うしろかえると、かれ大口開おおぐちあいて吾輩わがはいあざけわらってた。

 かれようやわらいおさえてった。──

仕事しごとをせんかい、このなまくら野郎やろうが……。』

仕事しごとをせいだって、一たいうすればいのだ?』

ほか奴等やつらのやってるところをい!』

 そうわれてはじめてをつけてると、ほか連中れんちゅうしきりにさけんでいるおとこおんなからだからみついている。どうしてそれをるのかは正確せいかくわからないが、かく何等なんらかの方法ほうほうで、彼等かれら肉体にくたいなかにねじんでるらしいのである。

 するとベロベロにぱらったおとこ首玉くびたまにしがみついて一人ひとり霊魂れいこんが、このときたちまちスーッとそのにくなかまれるようにった。オヤッ! とおももなくみぎ泥酔漢よいどれはよろよろとあがってさけんだ。──

『こらッ! はやくビールをってんか! ビールだビールだ!』

 仕方しかたがないとったふう一人ひとり給侍女メードがビールをってってやった。が、よくよくるとかの泥酔漢よいどれ両眼りょうがんから爛々らんらんひかってるのは本人ほんにんのではなくして、たしかに先刻さっきはいった霊魂れいこん眼光めつきであった。かれさかんにビールをあおるとともにますますたけくるった。とうとう酒場バア監督かんとくて、そのおとこかたをつかまえて戸外そとそうとすると、泥酔漢よいどれはイキナリ大壜おおびんりかざしてゴツンと一つ監督かんとくあたまくらわしたからたまらない監督かんとく脳天のうてん味塵みじんくだけた。


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