心霊図書館 ≫「死後の世界」≫ 上編

(上編)叔父さんの住む霊界

二十二 音楽と戯曲

『さてこのぎは音楽学校おんがくがっこうれてくことにしようかナ。』

 叔父おじさんはそうってワアドをそちらの方面ほうめん案内あんないしてきました。

 其所そこには作曲さっきょくふけるもの、弾奏だんそうこころみるもの、唱歌しょうかまなぶもの……。みな熱心ねっしん音楽家おんがくかあつまってて、大音楽堂だいおんがくどうらしいものも出来できました。

 ワアド。音楽堂おんがくどうもうけてあるくらいなら、ほか演芸えんげい機関きかんももちろんもうけてあるでしょうナ?』

 叔父。『そりャあるとも! 霊界ここには劇場げきじょうでもなんでもある。──が、ここでは悪徳謳歌あくとくおうかきらいあるものはらないことにしてある。そんなものはみな地獄じごくほうへもってってしまう。霊界れいかい芝居しばい地上ちじょう出来できもっとすぐれ、もっと高尚こうしょう作品さくひんと、それからとくにこちらで出来でき傑作けっさくとをるだけで、すこくだらない作物さくもつであると、縦令たとえそれが品質たちわるいものでなくとも地獄じごくのどこかへってってしまう。──とって無論むろんわしたちのいる境涯きょうがいにも最上等さいじょうとう霊的れいてき神品じんぴんというほどのものはない。そんなのは高尚こうしょうすぎてわれわれにわからぬからじゃ。それわしたちよりもずッとうえ境涯きょうがいえんじられる。』

 ワアド。沙翁さおう戯曲ぎきょくなどはあれはうでございます? 随分ずいぶんすぐれて個所ところもありますが、ときとするとおもって野卑やひ不道徳ふどうとく個所ところもございますね。』

 叔父。『そんないやらしい部分ぶぶんみな改作かいさくしてあります。しかも沙翁さおう自身じしん霊界こちらふでって改作かいさくしたのじゃ。それゆえ霊界れいかい沙翁物さおうものにはくだらない部分ぶぶんがすっかりせ、そのかわりに詩趣ししゅ風韻ふういんゆたかなる文字もんじきかえられてある。それがしッくり原文げんぶんてはまっているばかりでなく、原作げんさく生硬せいこう難解なんかいであった個所ところが、しばしば意義いぎ深長しんちょうなる大文字おおもじしている。』

 ワアド。『すると沙翁さおう矢張やはりあの脚本きゃくほん作者さくしゃであって、一文芸ぶんげい批評家ひひょうかがいうようにベーコンではなかったのでございますか?』

 叔父。無論むろんベーコンではない。さりとてまた沙翁さおう自身じしんでもない。あれはみなぐん霊魂達れいこんたちのインスピレーションによってかれたのじゃ。沙翁さおう作物さくもつなかくだらない個所ところだけが当人とうにん自作じさくである。作者さくしゃ霊界れいかいからの高尚こうしょう思想しそうをとらえることがきないで、自身じしん勝手かってあなうずめてったのじゃね……。

先刻さっきわし霊界れいかい劇場げきじょうでは悪徳あくとく謳歌おうかきらいあるものはゆるされないとべたが、むろんそれは悪徳あくとくめに悪徳あくとくえがくのがわるいので、悪徳あくとくおそろしい結果けっかしめすがめに仕組しくまれたものはすこしも差支さしつかえない。で、沙翁さおうの「オセロ」などは始終しじゅう霊界ここられている。ただ野卑やひ文句もんくだけはみなけずってある。あの脚本きゃくほんはずいぶん惨酷ざんこく材料ざいりょう取扱とりあつかってはあるが、しかしたいへん有益ゆうえき教訓きょうくんふくんでいるので結構けっこうなのじゃ。──とってにも私達わしたちがあんな簡単かんたんきわまる教訓きょうくんがありがたいので芝居しばい見物けんぶつ出掛でかけるわけではすこしもない。ただ地上ちじょう出現しゅつげんした最大さいだい傑作けっさくひとつをまええんじてもらえるのが興味きょうみをひくからにぎない。ようするにわれわれの芝居しばい見物けんぶつ娯楽ごらく眼目がんもくじゃ。』

 ワアド。『ダンテの神曲しんきょくなども矢張やはりあれをたんなる空想くうそう産物さんぶつ見做みなすのは間違まちがいございましょうか?』

 叔父。間違まちがいじゃとも! あれはダンテが恍惚こうこつ状態じょうたいおいせっしたところの真実ほんとう啓示けいじ相違そういない。ただあれには本人ほんにん詩的してき空想くうそうだの、また先入的せんにゅうてき宗教思想しゅうきょうしそうだのが相当そうとう多量たりょう加味かみされてる。おそらくダンテはかれの恍惚こうこつ状態じょうたいから普通ふつう覚醒かくせい状態じょうたいもどった当座とうざははっきり真相しんそうつかんでたのであろうが、いよいよふでりて詩句しくってとき錯誤くるいが来《きたのじゃとおもう。』


二十一 霊界の美術と建築

目  次

二十二 音楽と戯曲 (下)


心霊図書館: 連絡先