浅野和三郎霊と語る

浅野正恭 


 昭和廿五年十一月十一日、新宿区内藤町の石塚氏邸で、私は小林壽子女史をかいして、亡弟和三郎の霊を招き、一場の会話を試みた。実は去る八月十六日にも招霊したのであるが、私は耳が遠く聴き取れぬ点もあり、記録し得なかった事などがあったため、本日更に招霊することにした次第である。

 の前にも述ぶるところがあった通り、彼霊はしっかりした立会人なしには、いかなる招霊にも無下には応じないというので、私がその立会人となることを約束したのであった。彼霊は又常に適当な霊媒がないのを歎じていたのであったが、小林女史に媒介の意思あることを私が告げたので、同女史にかかって放送することを快諾したのであった。こんな次第で八月十六日、及び本日の招霊となった訳である。今後も機会を得る毎に、招霊することになるであろうことを期待しつつある。

 本日は私の他に、

      土井晩翠氏  武藤稲太郎氏

の両君が列席された。土井氏は文化勲章拝受のために上京中であった好機会に、偶然列席さるることになり、又武藤氏は私が耳遠く、従って放送を漏れなく記録し得ないかんがあったため、列席をお願いしたのであった。

 私は彼霊に対し、漠然ばくぜん放送を請求するよりも、問答体にする方がよいだろうと考え、の方法を採ることにした。以下は問答の概略である。

問。 心霊研究の結果、神霊主義となり、世界神霊大会にも出席され、又著書として「神霊主義」をも発行された。

 で、そちらの世界に於ても、その方面の研究を進めつつあるだろうと察せられる。あなたは神霊主義を四大項目に分って居られる。すなわち大自然主義、大生命主義、大家族主義、敬神崇祖主義で、それにつき、それぞれ説明を下して居り、そちらの世界でも研究されてその結果、訂正したいとか、補足したいとか思わるる点などはないか。し有りとすれば承知したい。これれはなり重要問題であるから、かくはお訊ねする次第です。

答。「神霊主義」――「心霊研究とその帰趨きすう」――に関しては、の後大分研究したが、幾分訂正したり、追加を要する点があります。しかしながら、今ここでお話しすることはなかなか困難です。ですから、原稿を読んで頂いて、それにつき、詳細説明することに致したいのです。(今日は私にの用意がなかったためそれが出来なかった。)

問。 霊界通信にはいろいろあるが、それにつき、例えばワアドの「死後の世界」「幽界行脚」などに対して、何か意見でもありはせぬかとも思われる。その他の通信につきても亦同様です。

答。「霊界通信」は、種々の霊による通信であって、それ等を比較すると、各異なった点があります。しかしながら、「死後の世界」「幽界行脚」などは、ワアドの見るところで、私の見るところと異なるからというて、それを私が訂正することなどは出来ません。例えば京都を見てた人の通信と、東京を見た人の通信とが異なっているのと同様です。だからまま認むべきものです。私はワアドにも会いました。但し戦時中は、外国人の霊に会わせませんでした。

(附言)。霊界通信の各々異なるものであるべきことは、私としても承知して居らぬ訳ではなかった。しかしながら、一般通念に相違する点でもありはせぬかとの懸念から、念のためにこんな問ともなった訳であった。

問。私は釈迦を天狗に憑依されたものとして、雑誌にも発表した。天狗であるというたところで、それをケナす所存などは毛頭ない。天狗も一のエーテル体の所有者で、その優れたものは、く宇宙の神秘にも通ずるものと思われ、アノ大哲理なども,そうしたところから出たものだと思う。

答。釈迦は栄耀栄華えいようえいがあきたらず、アノ境涯に入ったもので、すなわち天狗に誘惑されたともいえないが、しかし一概に天狗というても、之を軽蔑の意味でなく、大天狗という如き立派な意味においての憑依者といえぬこともありません。

 又釈迦が好んで山にすまったからというて、天狗に関係をつけることもどうかと思う。山にすまうは天狗に限らず、高山を崇敬するかんがえから来た、宗教的国民性をかんがえに入れて研究する必要があると思う。なおまた今の時代に即してこれを批判することなく、当時の時代に遡って考える必要があると思います。

 元来私は神道でなければならぬと信じて、大いに我田引水の説をなして来たが、こちらへ来て、大分かんがえが違った。すなわち仏にしろ、キリストにしろ、いずれもの国の風土、国民性といったものに適した宗教なのであって、一概に何宗教でなければならぬとはいえぬと思います。

 釈迦もキリストも大霊媒です。

 (附言) 私が釈迦を天狗なりとしたことにつき、立腹された方もあるそうであるが、前にもいう通り、ケナそうなどという所存からではなく、心霊学見地からそうした結論を得ることになったに過ぎない。もっとも平田篤胤などは、仏教が気に喰わぬらしく、幾分ケナさんとする風がないではなかった。その著書の中に、林羅山の「神社考」を引用したところがある。すなわち「沙門の慢心、怨怒ある者、多く天狗の中に入る。所謂いわゆる伝教・弘法・慈覚・智証等是也」とあるに対して、「僧等いたく右の説を憎みて、『神仏冥応論』『神社考私評論』『神社考弁疑』などいう書を著わして弁じたれども、いささかもし得たる説なし」というて居るので、釈迦とはいはぬが、僧侶に対して好感を有っていなかったこと明らかである。

 「幽界行脚」の妖精譚にも見えて居るが、人間の霊魂でも、の妖精国に入るものがあるとのことである。妖精という中には、所謂いわゆる天狗があるというのは私の見解であるが、人間の霊魂で天狗の仲間入りをするものが、所謂いわゆる狗賓ぐひんというのであると思う。

 前にもいう通り、天狗も一のエーテル体の所有者で、その優れたものは、く宇宙の神秘にも通ずと考えられるのであって、釈迦に憑依せるものか天狗であるというたところで、その優れたものであろことを否定するものではない。釈迦は既に大霊媒であるから、何かが必ずかかったに相違ない。私はそれを天狗――無論優れた――というたのである。「神社考」にある如く、高僧などが天狗界に入ったとあることを肯定するならば、釈迦の流れを汲む高僧達が、天狗界の狗賓ぐひんとなることに不思議がないことにもなる。そして此等これら高僧達が狗賓ぐひんといったところで、無論その優れた人達であったことを否定するものではない。

 私が釈迦を天狗としたことに対し、立腹さるる方があるそうであるが、その立腹さるる前に、釈迦を大霊媒であるとして、それにかかれるものが何であるかを立証すべきではないか。唯仏だの如来だのと漠然たるものでは致し方がない。

問。 神と霊魂との相違如何いかんず私の考えを述べることにするが、神とは生物の生命として宿ることなきエーテル体で、それには宇宙の大霊から、固体を有せらるる神様迄あり、我が国でいう伊邪那岐いざなぎ神と申すのがそれである。又霊魂は生物の生命として宿ったことのあるエーテル体で、所謂いわゆる伊邪那美いざなみ神であると考えるが如何いかん

 神と霊魂とが、既に本質的に相違するとせば、霊魂が如何に浄化すればとて、神格具有者ともいうべきものにはなるであろうが、真正の神というべきものではないと思うが如何いかん

 の神と霊魂とを混同するところから、間違った結論となる恐れがあるようである。キリスト教では、イエスを神としたところに、過誤がありはせぬかと思うが如何いかん

 生物の生命として宿ることなく、そして神というべきでないところの存在として、妖精フェアリーなるものがあることを、「幽界行脚」などに記されて居る。その存在は各方面から立証されても居るから、真実と見て差支ない。しかるときは、エーテル体という中には、神と霊魂と妖精との三つがあるようであるが如何いかん

答。神と霊魂とを混同したるがために、我が国も外国人から誤まられることにもなった。又キりスト教では全智全能の神、一神としたるがためイエスを神としたので、これで差支ないでしょう。

 (附言) 神と霊魂とが同一でないとすれば、れはどうか。あるいは言葉が足らなかったのかも知れない。

 エーテル体という中には、言われる通り、神・霊魂・妖精の三つあることを認めます。

問。その他につき、何か通信されたきことがあれば、その一端でも語られたい。

答。地上の文明が進歩したというが、神から観れば、野蛮行為の進歩でしかないというのです。第二次世界戦争に於ける殺人・破壊兵器の進歩を見ただけでも分りましょう。大本教などで、「世界の人民三分になる。」などという予言をして居るが、原子爆弾・水素爆弾などを使用することになると、そういうことにもなる。但し三分になるというのは、人間肉体的に死滅するのみを意味するのではなく、精神的に破壊さるることをも意味すと考えなければなりません。

問。今日は如何なる服装をして来られましたか。

答。洋服を着し、眼鏡をかけて来ました。現界の人と会する時には、矢張りそれ等の人と同様の服装をするのが、気分的に宜しいようです。

 (附言) 八月十六日に招霊せる時、払はず和彦霊を招き、和三郎霊が如何なる状態で出て来られたかを問うた。そして招霊の終りに、多慶子(当日在席)に対して霊視せしめたるに、アリアリと亡夫の姿を視たとのことで、両方の言う所が全く一致していた。

 今回はそれ程の手段を取らなかったが、私の直感では、和三郎霊であることを、周囲の情況から判断し得たのであった。なお土井氏との問答振りから見ても、そう判断し得られるのである。科学的に立証されたという訳ではないが、今回はの程度であったこと諒とせられたい。

 問答は大体以上のようなものであった。その是非善悪は読者の判断に一任する。なお第三次世界大戦の有無、朝鮮動乱がその導火線となるようなことはないか等の問題に対し、それぞれ回答されたことであったが、これ等は思う所あって略することにする。

 なお土井晩翠氏と翻訳のこと、土井氏の健康等に対しても問答を交わされたようであるが、これ等も総て省略する。

(附記) 本稿は主として武藤氏の筆記を本としたもので、ここに同氏の好意的労に対し、多大の謝意を表します。

昭和廿五年、十一、十五)


浅野和三郎霊と語る

浅野正恭

底本「心霊と人生」第二十三巻 第十一・十二号 十二月号

心霊科学研究会 1950(昭和25)年12月1日 発行

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記を新字にあらためました。

入力:いさお      2002年11月18日公開


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