霊界の人々と語る

浅野正恭

 一月八日、私はかねての約束に基づき、鶴見へ出かけて行った。此日このひは少なくも三人は招霊せなくてはならぬらしいので、朝のうちから取り懸った。三人のうち誰をきにすべきかにつき一寸迷ったが、ず新樹について一と通りの話しを聴くのが便宜であると考えて、第一に新樹に出て貰った。以下は新樹の語るところである。

の間から父から呼ばれたので行きました。目下戦争中の事であるから、現世ではそれにつき、何か霊界人からの消息を得たいと思っている事であろうから、父は海軍の○○さんに会って、その意見を聴いて伝えようとしたとの事でした。そして○○さんと会った時の事を僕に話されたのです。だから父から直接聴いて下さる方がよいと思いますが、僕からも雑とお話することに致しましょう。

 父はかねてから事変を憂えたので、せめて○○さんにでも会って、意見を聴きたい気分になり、一度訪問しようと思ったとのことです。が、突然行っても困るだろうと考え、神様を通じて、先方への旨を伝えて貰ったそうです。そうすると先方では、父がこちらの世界へ来て居ることを始めて知り、一度は吃驚びっくりしたそうですが、往訪することを大変喜ばれ、心霊に関する話しも聴きたいから、是非来て下さるようにとの返事があったので、父は出かけて行くことにしたというていました。

 父が訪ねて行くと、○○さんは、る一室に待ち受けてくれたそうです。○○さんは久しい前から、こちらの世界に自覚して居るので、なり明るい雰囲気の裡に居られたとの事です。そしてこんな所で父に再会しようとは、夢にも思わなかったと言いながら、不思議らしい容子ようすをしていたとの事でした。

 ○○さんは、父は心霊の事をあんなに研究した人であるのに、どうしてこんなに早くこちらの世界に来ることになったのか、理由が分らぬといいつつ、深く父に同情してくれ、以前会った時の話やら、心霊方面の事などお互いに語り合った後、○○さんは、もっと現世に生きて居って、国家のめに尽したかったとつくづく述懐されたとの事でした。これは父とても同じ思いであることでしょう。イヤ○○さんや父のみではありません。前途に望を有しながら逝かれた人々の、ひとしく懐抱かいほうするところの至情でありましょう。

 ○○さんは語を継いで、自分は軍人であるから、縦令たとえこちらの世界へ来て居っても、常に国家の事を考えつつある。そして一旦事あるに及べば、霊界から手柄を立てたいと思って居るといわるるので、父は、あなたは生前から霊視が利いていたから、こちらの世界から現界の事がよく分るでしょう、今度の日支事変も、よく見て居らるるでしょうから、せめてのお話しでもうけたまわりたいものだと申したところ、○○さんは、それはよく見て居る。但し自分が在世中とは事かわり、飛行機がいちじるしく発達して居るので、戦法も自然異なったものとなっている。れからはの飛行機の活動に待たねばならぬことが多いから、益々立派なものを製作する必要がある。それは兎に角として、支那そのものとは、戦は既に決して居るようなものであるが、支那は他国に操られて居るので、の方面の警戒を怠ってはなるまいといいながら、陸戦方面の見たところを委敷くわしく話してくれた。の中に特に嬉しく感じたことは、日本の将兵は全く機敏であるばかりでなく日露の時代には見られなかった、神の観念が盛んで、常に神の許で働くという気持ちに満ちて居るとの事であったそうです。

 ○○さんは更にう、自分は日露戦争中、神様から守護して戴いたことは、生前から気がついていたが、こちらへ来て、一層はっきりそれが分って来たので、日夜神様への感謝訴願を怠らず勤めて居る。今は差当り海軍の場面となって居らぬが、戦争が長引き、海軍が出動することにもなれば、誰かにかかり、日露戦争で自分がやったような事を、二度の御奉公として勤める覚悟だといって居られたそうです。

 尚○○さんは、こちらの世界の修業も少しは出来て居るから、れかに憑って話しをしたいものだと言っていられたそうですから、伯父さんどうですか、そうなさっては……。』

 以上は弟が○○さんを訪問した時の状況を、新樹を中継として聴取した大要である。次に弟の招霊を行ったが、○○を訪問せる時の状況は、新樹より大体聴取した旨を告げたので、彼の語るところのものは、それの補足といったようなものに過ぎぬものとなった。時に重複するところもあるが、次に彼の言葉にも耳を貸すことにしよう。

『私が死んでからもう一年になんなんとするそうですが、早いといえば早くもあるし、又一年もそれ以上も経ったように長くも感じられる。の長くも感じられる間に、通信らしい通信をなし得なかったという事は、自分としては誠に遺憾である。れはせないのでなく、出来ないのである。で、通信の如何に困難であるかを、しみじみあじあわされました。

 新樹がき程通信したそうですから、委敷くわしい事は申しませんが、○○には久し振りに会いました。彼は生前心霊方面に興味を有ち、あちこち漁って歩き、おぼろ気ながら心霊の事も心得て居り、従って神の存在をも認めている。日露戦争中霊夢を見せられた事も、神様から知らされたので、その事も充分承知しているといっていた。

 私の死んだことを知って、新樹が話した通り、大いに驚いたそうです。そして会って見ると、大変な喜び方でした。それから私は死後の様子如何を訊ねたのですが、初めは死ぬ積りがなかったので、矢張り愚痴も出て、モ一度花を咲かせて見たい、普通の人のように霊界で唯過ごして居ることが、如何にもつまらぬよう思われてならない。今でも折があったら御奉公をしたいと思い、日々の修業にも斎戒沐浴し、祭壇を設けて日夜神様に訴願を籠め、天子様を拝し、△△さんも拝んで居るとの事で、その信念はなかなか強く、態度も立派なものでした。

 私は△△さんについて訊ねました。すると○○さんは、△△さんと自分とは、切っても切れぬ因縁があるので、△△さんが亡くなられた時は直ぐに分った。そして日支事変についてお訊ねすると、△△さんも、海軍が出動する時が来たなら、れかかかり易い人にかかて働く所思しょしだというて居られたなどと語られました。

 ○○さんは打見たところ、綾部時代より、余程老けて見えるが、生前からハッキリしていた頭脳は今も変りがなく、不相変あいかわらず機敏でした。で、再会を約して別れを告げましたが、此の次に会った時には、モッと委敷くわしい話を聴くことが出来ることでしょう。』

 霊界よりの通信は、今のところ、の程度のものと覚悟するよりほかはないようである。それでは私としても相済まぬことであるから、目下別方面の事をも通信し得るよう折角考慮しつつある。が、右から左へ、直ぐに実現し得るとは期待されぬやも測られないので、の点も併せて御承知をお願いして置く次第である。

 弟の招霊が終ると、先程から待ち構えていた××姫が直ぐに出て来られて、近頃久しくお目にかからぬが、何かお役に立つ事があるなら、何事でも申し附けてくれるようにとの事であった。私は差当り問題を持って居らなかったので、試みに弟の状況を客観したところを訊ねて見たのであった。姫はこれに対して次の如く語るのであった。

『主人――姫は弟に対して常にくいう。――も、こちらの世界へ来た当座は、現世の事に兎もすれば心が惹かれ勝ちとなることを免れませんでしたが、あなたが招霊さるる度に、現世にける事業の状態や、家庭の状況やを委敷くわしくお話し下され、決して心配するような事はないから、専心霊界方面の事に従わるるように申さるるので、れは大変主人の心を和める助けとなり、今日ではそんな容子ようすが見られぬようになりました。』

 私はこれに由って、略々ほぼ弟の現在に於ける状態を想像することが出来たような気がした。霊魂の幽界に於ける浄化にも、それぞれの階梯を踏まねばならぬから、一朝一夕の談ではないらしい。それには現界からも幇助してやるのがよいよう思われる。霊魂を供養するということには、ソンな意味も含まれ居ると見るべきであろう。

 以上通信は例により家庭的に行われたもので、科学的見地からは厳密なものとは謂われない。加之しかのみならずの内容も、大して価値あるものとはわれないであろうが、本月は弟の一週年にも当るので、記念という意味も多少あって、誌上に載せることにした次第である。而して文中○○や△△や××やの伏字を使用せるは、少しく考うるところがあっての事で、併せて読者の御諒解をお願いしての稿を終る。


霊界の人々と語る

浅野正恭

底本;「心霊と人生」 第15巻2号 P20-P24

発行日; 昭和13年2月1日

発行所; 心霊科学研究会

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記を新字にあらためました。

入力:いさお      2005年5月12日公開


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