山の怪火

粕川章子著

 


 昭和十年七月三十日夜九時半頃私達は九千尺近い岩峰の一端、這松はいまつ蘇苔たいせんなんかで僅かに足下を和やかにしてくれる場所に立って居た。一行は僅か三人、場所は北アルプス、前穂高岳の肩、上高地向の谷川源の真上であった。

 これだけ云うと遭難でもしたように聞えるかも知れないが、そよとの風も無き夜は静かであるし、月こそ無いが美しい星は無数に薄光の天を彩って理想的の山の夜であった。もともと夜になるのは覚悟しては居たもののこんなに遅い時間に未だこれほどの高所に間誤まごついて居ようとは思わなかったのだが、その朝下の徳沢小屋をゆっくり出かけ、穂高小屋泊りの予定で午後一時を過ぎてから涸沢岳との鞍部にあるこの小屋へ来たのに、急に泊るのが厭になり、ままよとばかり奥穂高岳のけんを通って此処ここまで来たという訳で少しく軌道を逸したやり方であった。殊に近道を選んだため一層の難路で以外に手間取りこんな結果を生んでしまった。けれども持参の電灯はあり、方角も大体は解っては居る事、足下の悪いのが苦になるだけで、一行至極のどかに歩み続けて居た。

 だが、遂に一の断崖の上に立ってしまった時、四辺の見透しつかぬ夜の闇はとうとう私達を苦しめ出した。先へは行かれぬ、後退は今辿った道を逆行する事で全く意味がない。其処そこで朝を待つにはなお余りに時間が長すぎ、つ高きに過ぎた場所で、若し天候が急に一変した場合の危険を予想させるのに充分であった。流石さすが暢気のんきな一行も少しく焦慮の気味となって、『どうしよう』と遙か下方の上高地、梓川とも思われる辺を空しく臨んで立って居た。

 丁度その時である。眼下遙かに黒い影を見せて居る森林の間にチラチラと火影が見え出した。夜間に見る遠方の灯は案外近く見えるのが原則だから、この火影は定めし梓川辺のキャンパーが夜の散歩をして居るものか、あるいは夜釣の提灯では無いか知らなどと道の尽きたのも忘れて眺めて居た。

 可怪あやしい事にはの赤味を帯びた提灯のような丸い光りはだんだん山の方へ向って進んで来るようである。少し変である。岳川とは云えこの川はほとんど涸沢で上の方は主に地下水となって流れて居るのだから、魚釣りも来る筈がない。して夜も更けようと云うのに山へ向けて登る人は考え得られない。私達はやや神経的になった。

 始めはユルユル近づいて来るように思われた怪火がだんだん速度を増して進んで来るように見たのは、近くなった証拠かも知れない。何にしても種々と批評をして眺めて居る中に上へ上へとグングン登って来る。黙って居たら、の火の玉は私達の処まで直ぐに来そうにも思われた。

 人魂は蒼白くてフワリフワリ飛ぶものと聞いて居るから、それではあるまい。狐火じゃあるまいか等と議論百出したのも遠方の中の事、どうやらこちらを向いて来る様子に、三人は不気味な沈黙に落ちた。私の心中には心霊研究的な興味と怪異を怖れる気分とがしばらく戦ったが、とうとう大声を張り上げてしまった。

『もう沢山、どうも有難う!』

 随分変な文句だと思われるであろうがこれには種々と理由があるので、これにはの時私が何を考えたかを云わねばならない。

 例によって私はこの山行にも山神に祈願をし自然霊達にも援助を頼んであるので、の日も既にそれまでに度々たすけられたと云う感銘を持っていた。それ故の怪火が若し自然霊の所業であるとしても、あるいは自分達に関係のあるものが好意で示してくれたものかも知れぬ。若しそうとすれば『消えてしまえ』なんて云うような失言は出来ないし。又私達の存在に気附かぬもののする所であっても、こちらの危害とならぬ限り、あんまり粗暴な言を吐くのもどうかと考えたからである。又一面には、若しの火玉が傍へ来て大入道でも出て来られては、あんまりいい気持ちではあるまいと思った点もある。

 それまで私達は相応大声でガヤガヤ話をしていたのだが、火の玉の方では一向無関心にグングンと近づいて来るようであった。だがお腹の底から出た『もう沢山!』の一声でどうした事か、の火玉はフッと消えたものの如く、見えなくなってしまった。安堵したような、惜しかったような気がした。

 もしそれが人の手に携える灯火で丁度の時岩蔭か何かに隠れて見えなくなったものとすれば、後から又見える機会がありそうなものだが、の夜この怪火は遂にそれを限りとして、チラとも姿を見せなかった。今考えてもグングンと上へ登る速度が人の足にしてはあまりに速過ぎるようであった。

 この怪火についてはもうこれ限り探る事は出来なかったのだが、自然霊が発光現象をすると云う事が屡々しばしば伝えられている事実を裏書するものではないかと考えらるるままに以上を記した次第である。

 なおの後私達はそれから、少しく逆行して登った処で、岩の下へ下りる落し穴のような路を見附け、落ちるように下って見たら往事の記憶のある場所があった事が解り、大安心をする事が出来、遂にの後は岩峰の上で一夜を明す事となったが、翌朝下山の際前夜火の玉の進んで来た道が、私達の行くべき道筋であったようにも思われ、若しあの時怒鳴る事をしなかったら、もっと面白い事になるのではなかったか等と、白日の下では恐怖の念は全く忘れて、ただ残り惜しい気のみした。そしてそれは今日までなお続いている。


底本: 雑誌 「心霊と人生」

発行: 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、章毎にページを分け、箇条書きに改行を加え、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、強調表記に、置き換えました。

入力: いさお


雑誌「心霊と人生」より

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