コナン・ドイル卿の妖精観(承前)

粕川 章子

(本篇はドイル卿晩年著書の一「妖精書」(ゼ・カミング・オブ・フェアリース)の一部を訳出したもので、著者が各種の写真や実験記録を示して、妖精とか自然霊という一種の生物が幽冥界に棲息するものであり、それ等は人生に関係を有するものである事を述べた後、知人のれがこのしゅの生物を見たという、その経験を提供している。)

 私の知人に学者的な職業に従事して居る人、実は軍医なのだが矢張り妖精(フェアリー)を見たという人がある。フェアリーに関する学問は皆無な職業柄極めて実際的な快男子という肌合の人だったが、どうした訳かこの特種能力――即ち高い振動に感じるという――によって異常な体験をなし得る人なのであった。彼は幼時から他の人の眼には映らぬ物象を見るという一種の視力に恵まれて居た。彼の話によるとる時(軍医になってからの事)畑の中を歩いていた際、不意に眼前に小さな生物が現われ、しきりに後に従いて来いという合図をするので、その通りにした処がある場所へ来るとハタッと立止って、如何いかにも事ありげな様子で彼の顔をマヂマヂと見守りながらしきりに地上を指さして注意を喚起する。見ると成程なるほどあぜの間に何やら落ちて居るものがある、取上げてよく見た処、それは燧石ひうちいしやじりであった。この太古の遺物は今日でも彼の手許に記念物として保存されている。

 これも私の友人、トム・ティレル氏もフェアリーを見た事があると断言して居る。彼は有名な霊媒で霊視力のみならず他の一般霊媒能力においても非常に力強い。今でもマザマザと覚えている事だが、ある夕の人とヨーク州のあるホテルでどう席した折、急にどう氏の頭の廻り彼方あちら此方こちら丁度ちょうど指でも鳴らして居る様な音が雑然と起って来た。彼は右手にコーヒー茶碗を持って居たが空いていた左手で不時の訪問者をしきりに払い除けていた。この人に私はフェアリーについて尋ねた事がある。彼は答えて。――

『見た事がありますとも、小さいピクシーとかフェアリーというものは何度となく見ました。しかし見る時は定まっていました。大てい私が森の中で、断食修業とまでは行かずとも、多少それに似通った生活をしている時でした。私にとって彼等が居るか居ないかは問題ではありません。チャンと見えるのですから……。しかし彼等は一体何者であろうかという事については何ともう事は出来ません。妖精共は私をおそれるのか二三間より近くよって来た事はなく、それとも近く来たかと思うと直ぐに手近のこずえ栗鼠りすの如く飛び去ってしまいます。私がもっと屡々しばしば森に行ったなら、あるいは彼等ともっと親しめるかも知れないと思います。形は実によく人間に似て居ますが、ただ非常に小さい、ず身丈が一寸から二寸の間でしょうか。色は褐色で、からだに釣合わぬ大きな頭には突き出た耳が目立って居ました。それともう一つ気になるのはその曲った足です。これはみな私が見たありのままの話であると思って下さい。私は未だ妖精を見たという人に出合いませんが、私の他にも彼等を見た人が大勢ある事を書物で知りました。恐らく妖精という生物は自然行程の一現象ではないでしょうか。男性には極く短かい毛髪があり、女性の毛髪は長い癖のないものであった事等にも気が附きました。』

 この小さい生物が意識的に大自然の目的を助成しつつあるという事――即ち蜂が花粉を運ぶが如くに――は碩学せきがくヴァンストーン博士の所説だが、どう博士は人も知る通りその深奥な学理を裏附ける幾多の貴重な体験を有する人である。スウェデンボルグの例は格別として、通例すぐれた智的要素はややもすれば心霊的現象の肯定を妨害するものだが、どう博士ばかりは例外である。博士の説によると、我々は希臘ギリシャ羅馬ローマいにしえに立戻ってナイアッド(河泉の女御にょうご)やフォーン(半人半羊の農牧の神)あるいは樹や林の精の信仰に似通った観念を持たねばならぬかとさえ思われる。

 妖精が住むという現幽二界の中間境においてパ博士は彼等を客観的に認識し、あるいは主観的にの存在を感受し得た人である。彼は私に寄せた。――

『この細小な怜悧れいりな生物が植物の発達に関係があるという事、特にある地方においてそれがはなはだしい事を私は明らかに認めて居る。例えばエクレス・ボーン谷にある池中に於ける植物の生活等はむしろ大規模な妖精生活の好典型とった方がよい。あるいは私が主観を単に想像の産物に過ぎぬ客観的妄想で修飾して喜んで居るのかも知れぬが、とにかく私にとって妖精は明確な存在である。彼等が知覚も意識もある一個の生物である事は、種々と異なった方法で自分等と交渉し得る点から見ても解る。くした自然霊は丁度ちょうど工場に働く人々の如くに、大自然の法則の運用を容易ならしむる活動をして居るのではないかと思われる。』

 トム・チャーマン氏もまた氏特種な霊視に恵まれた人である。彼は丁度ちょうど昆虫学者が蝶を追う様に妖精を見出すためにニウ・フォレストに小屋を造って研究に没頭して居る位である。私はこの人にも妖精に関する質問を発したが、その返答によると、彼は幼時に霊視能力があったが、成長するに連れ、自然界に親しみの少ない時にはその力が消滅した折もあったとの事。この霊覚者の話によれば、の生物の形は種々で、二三寸のものから数尺のものまであり、男性も女性も小児までもあるとう。彼等の口から音の出たのを聞いた事はないが、多分人間には響かぬ性質の音があるのであろうと彼はう。夜でも昼でも見えるが丁度ちょうど螢光程の大きさに微光を発して居るとの事。服装は又種々いろいろで、一様ではない。

 物質界の振動丈しか感じられぬ人々が、此等これらの霊視者は皆自已瞞着まんちゃくをして居る迷想めいそうの犠牲者に過ぎぬと一笑に附する事は容易である。此等これらの特種能力の所有者がの攻撃に対して反駁はんぱくを加える事は難かしい。しかし一方におい此等これらの数知れぬ例証は皆社会的に成功しつつある極めて真面目な実際家じっさいかによって挙げられて居るとう事をも考慮に入れねばならぬ筈である。一人は有名な著述家であり、他の一人は眼科の大家であり、もう一人は成功した実業家であり、次の一人は公共の職務に従事する婦人という工合ぐあいに極めて信頼し得べき人達なのである。故に此等これらの人々の確証する事実を単に自分達が経験した事がないとの理由をもってて一概に放棄せんとする態度は識者の許さざる傲慢なる行為で、その精神状態もまたそのまま承認しがたきものである。

 現代の体験者から直接に聴取する事の出来る話、それも人によって種々と内容を異にする話を比較研究する事は一大興味でなくして何であろう。既に示した如く、高級振動が太陽熱に関係がある事は幾多の例を通じて窺われるが、そのほかの点に就いては諸例の内容には可成かなりの相違がある。とにかく丈が四五寸から二尺五六寸程までの生物があるという事は解る。の形状の相違について妖精通は妖精も人類の如くに出産成長するものだというから、丈の相違は彼等の成長の度の相違を示すものだというかもしれぬ。

 私の意見では、これは恐らく妖精国には種々と種類の異ったものが棲息し、彼等は各別の場所に住み、の一二を見本として見たのだと解釈する方が至当では無いかと思われる。例えばテイレル氏はノームやゴブリンに似た森の中に住むエルフを常に見たのかも見れぬ。友人が見た二尺位の猿に似た鳶色の着物を著ていたものは小さいバーリング・グルドが馬の上にぢ上るのを見たというのとよく似て居る。以上の二つの場合は共に高低の小さい平原様の土地であり、その妖精もシェークスピアに歌われた小さな女人の姿とは全く相違して居る。ターベー氏とローンスデール氏が仝時どうじに見た二種の妖精は各異った動作をしつつあった。一は輝かしい着飾ったダンサーであり他は鳶色服の番兵であった事は前述した。

 よく牧場や沼地等で見掛けるフェアリー・リング(仙人輪)は妖精の足踏みで出来た等という口碑は勿論むろん支持さるべきものではない。れは人も知る通りある一種の菌(原名アガリカス・ギヤムボサスあるいはマラスミアス・オリアデス)が中央から周囲へと環状に繁茂して牧草を枯らしたものである事は今日明白となって居るからである。このリングは極小のものから大きくなると直径一丈二三尺に及ぶものもある。森林中にもよく落葉が腐蝕して其処そこに生じた菌から地上に前述のリングと仝様どうようなものが出来上る事は稀らしくは無い。しかしそれを作るものは妖精で無いとしても、リングその物は確かに彼等の環状舞踏場として又とない好適地である事はいなみ得ない。昔からこの環状地が小人群の嬉戯きぎと関係がある様に云われているにも相当の根拠はあるのである。

 以上は現代に見出さるる諸例であるが、これを読めば祖先がこの生物の存在を信じて居た幾多の伝説に対しても多少心をとめて読む事にもなれ様か。私が祖先という理由は、今日でもサウス・ダオン地方に行くと食事の度に小人共に分けてやるのだと云ってパンやチーズの小片を肩越しに後へ投げる事を習慣にして居る牧人を見出すからである。英国内殊にウェールスやアイルランドで自然に近い生活をして居る連中の間にはこの妖精の存在は今なほ信ぜられて居る。ず第一彼等は妖精は大地の中に住むと思って居る。これは今迄いままで眼に見えた妖精の姿が急に消滅する場合を考えると、地面の中へ入るのだと考えると無理ならぬ話と思われる、全体から見て、彼等の見る妖精もさして奇怪千万なものでもなく、ず前述の例と相伍して居るといえる。リウエス夫人著「ストレンヂャー・ザン・フィクション」(小説よりも不可思議)の中でこの道にくわしいあるウェールス人は語って居る。

『彼等は身丈が短かくわずかに二尺程しか無い。彼等の乗る馬は野兎位の大さである。衣服は概して白色だがる場合には緑色の服装のものが発見された。動作は活溌で、眼には熱心な親しみを表わして居る。彼等は相互に睦み合い、種々な遊戯に興じながら平和な生活を営んで居るもので、歩きつきや躍る有様は見る目に好感を与える。』

 右の話のうち馬に関する記述は如何いかがわしく思われるが、他は既述した処を裏書するものと見る事が出来る。

 昔の記録の中で価値を見認められるものの一つに、アール・コーク氏のものがある。氏はハイランドの辺境モンテイに教区を持って居た牧師だが、一六八〇年頃の事「ゼ・シクレット・コンモンウェルス」(秘密共和国)という小冊子を著した。どう氏のこの小生物に関する考察には非常に明確なそして断定的なものがある。が彼は決して幻想家ではなかったので、その証拠にはその才能と技倆を認められた結果聖書を蘇格蘭スコットランドの方言に訳すべく撰出された事実を挙げる事が出来る。妖精に関するの人の意見は今書いたウェールスの識者がう処と実によく符合している。ただあの燧石ひうちいしやどりを妖精の使う矢であろう等とった処は少し想像が加わり過ぎたかの感があるがどうかと思われるが、そのほかの点においては彼のう処は現代の観察と一致せる点が多い。このスコットランド僧侶の話によると妖精には種族があり、階級があるとの事、彼等は食し、彼等はひそかな口笛に似た響きを持つ言葉で会話をする。小児も生み、死ぬ事もし、葬式さえ出す。また嬉戯きぎ的に踊る事を好む。彼等の間には国もあり、政治もあり、支配者も居り、法律もあるので、訴訟から戦争さえ起るとう。彼等は責任観のすこぶる乏しい動物だが、人間に対して特に怒を感ずる理由なき場合には決して敵意を持たぬものである。いなむしろ好意を持って居るといつてよい。妖精の中でもブロウニイの如きは巧く御機嫌をとると、家内の仕事の手助けをするとさえい伝えられて居るではないか。

 アイルランドにおいても仝様どうような記録があるが、どう地方の妖精は矢張り土地の気を受けてか他のものよりは気が早いとか、変り易いとかいう様な傾きがある様である。妖精が人間からの侮辱に対し復讐してその力を示したという歴史が可成かなり沢山見出される。例えば一八六六年三月三十一日発行の『ラーン・レポーター』を見ると『トルー・アイリッシュ・ゴースト・ストーリーズ』(アイルランド幽霊実話)の中に下記の物語りがある。それは妖精が家として居たと称する一の石に絡まる怪話だが、其処そこに住んだ人々が夜となく昼となく投手なき飛石のために苦められたという事で、怪我人こそ出なかったが、人々は非常にこの悪戯のために苦しんだ。この投石事件はめずらしい事ではなく、世界の各地に於ける仝様どうようなそして出所の確実な例証を考え合せれば、妖精のする処かあるいは何か他の悪戯的怪力の原因によるか、とにかく異常現象としてその存在丈は認め得るものである。

 この雑誌の中にもう一つ注目すべき例が掲げられて居る。ある農夫が二つの妖精塚ともうべき場所の中間、丁度ちょうど妖精の通路に当る地点に家を建てた処が騒音そのほかの変事が簇出ぞくしゅつして、さんざん悩まされた揚句、とうとう其処そこに居たたまらず、元の棲家に立戻ったという話である。これはウェックス・フォードの通信員が話した事なのだが、この人は自身で騒動の起った家を見、その持主に会って噂を確めに来たもので、その近傍に妖精の住むと古趾こしを二つ発見したが、成程その空家は両方の塚をつなぐ一直線上に位していたとう。

 私はウェスト・サセックスに起った、右の話とよく似た事件を握っている。当事者の婦人から聞いたのだが、その人が岩石を配置した庭を造る目的で近傍の野から数個の大きなごろた石を取寄とりよせた事があった。この石はピクシイ(妖精の一種)石という名が附いて居る石だったのだが、そんな事には委細構わず庭の中に運び込んだものである。処がある夏の夕、その石の一つに鼠色の服装をした小さい女が乗っている。見られたのに気がつくと直ぐにこの女の姿は消失したが、の奇怪な小女はその屡々出現した。その村民達が『ピクシー石を動かすとその村には悪い事が起る』という伝説を気に病み、この婦人に請うてその石を元の位置に戻したとの事である。

 しかし妖精なるものは実際に存在するものとすれば、彼等ははたして如何なるものであろうか? もう少し合理的な解釈を加えてこの問題を説明する必要がある。ライト誌の主筆で心霊界の大立者であるデヴィド・ガウ氏は、前には妖精も普通人の霊と変りはないのだが、霊視者が、望遠鏡の間違った端から見る様に、度外に彼等を小さく見て居るのだとの意見であったが、妖精につき種々と異なった方面を多くの人々の体験から研究するに連れ、氏のこの説は変化して、遂に彼等は実際に見た通り小さい生物なので、進化の上で人間とは異なった道程上にあるもの、形態学的何等かの理由によって、丁度ちょうど大自然が窓ガラスに霜の羊歯しだを生ぜしめたり、まんだらげの根に異象を見せる不可思議現象と等しく、人間の姿をなすものとの断定を下すに至った。

 一八九六年に出版されたファーネス氏著の『ア・ウォンダラー・イン・ザ・スピリット・ランド』 (霊界の流浪者)において著者はインスピレーションによって諸種の神秘な物語を伝える中に妖精に関する話もある。彼の話は単に前述の事実を肯定するのみに止らず、それ以上に及んで居る。自然霊に関して彼はう。――

『ある者は外見山の洞穴に住むと云い伝えられているノームとかエルフというが如きものだが、淋しい隠れた場所で人の眼に触れる事のあるうした生物は矢張り妖精の仲間である。

 彼等の中発達程度の非常に低いものは、ただ個々単独の運動を営むという点を除く他はほとんど高級の植物と相異あいかわらぬ生活を営んで居るものもあると云ってよい。又一方非常に活溌で、無意味な悪巫山戯わるぐざけばかりするのもある。……人類がもっと進歩し精神的なものになるに連れ、うした生の低い形態は地球面の幽界から姿を消すので、次に来る子孫連はかかる生物が存在せしかをうたぐり、続いて全くそれを否定するに至るものである。』

 これはフォーンや、ドライアド及ナイアッド、そのほか希臘ギリシャ羅馬ローマの神話に親しみの深い種々な生物が今に地上から姿を消すに至った消息を巧妙に説明したものである。

 妖精に関する学問が心霊哲学とどんな関係を持つか? その関係は極めてわずかで間接なものであるが、ただこれによって我々の観察があり得べきものに対して及ぼす様になり、頭の中から老朽した部分を除去して、思考力の伸縮力を取戻し、新しい哲学に耳を傾け得る様にする処にあるのである。この妖精問題というものは我々自己の運命及人類全体の問題と比較すれば、限りなく微小でありつ重要ならざるものに相違ない。その例証もそのまま投棄は出来ぬと信ずるが、今の処まだ他に比べてはなはだ貧弱である事を免れ難い。とにかくこの生物は我々の日常生活とは大した関係はなく、ただ話に聴く不可思議な動物や植物に少しの相異もないとも云える。しかしながら一方我々が考えねばならぬ事は如何いかにして『人知れぬ土地に花は咲くか』である。何故なぜ大自然は人類の使用しあたがわぬ天恵に寛大であるかの永代の神秘は、若し我々がおなじ地上に棲息し、おなじくその祝福を受けつつある他の種類の生物あるを考え得ずば到底解け難い謎であらねばならぬ。すくなくも妖精研究は森林の沈黙と沼沢の荒涼たる間に一掬ひとすくいの情味を与えるものでなくして何であろう。

 


コナン・ドイル卿の妖精観 (承前)    粕川章子

底本: 雑誌 「心霊と人生」   第8巻第11号11月号

発行: 心霊科学研究会 1931(昭和6)年11月1日

 

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入力: いさお


雑誌「心霊と人生」より

 

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