コナン・ドイル卿の妖精観

粕川 章子

 故コナン・ドイル卿が晩年の著書「妖精来」(ゼ・カミング・オブ・フェアリース)に立証して居る、英国ヨークシャーでエルシイとフランシスと二少女によって撮影された妖精の姿について、事の真偽を調査のため、霊視能力者サーヂャント氏がの二少女に同行して問題のコテッングレーの渓谷で幾日か何夜かをの探索に費した。彼の見たままの報告は本誌の七八月号に掲載した通りで、この二少女の霊媒能力によって妖精と呼ばれる此等これらの自然霊がフィルムに感光した事はあやまりのないものと認められるに至った。

 ドイル卿は問題の写真を見る前既に自然霊生活に興味を感じて居たのでこの問題について筆をとって居た。その記事ならびに彼が此等これらの写真をストランド誌に発表して以来諸々方々から彼の手許に集まった各種の妖精に関する報告等が、又この書中に載っている。既に妖精はどんな格好をしたものかについて、知って居られる読者にはこの特殊な生物につきドイル卿の研究した結果を知っておく事も無益ではあるまいと考えられる。(以下訳文)

 水陸両棲動物の存在は既に衆知の事実だが、しも彼等が平常は深海の底に住み滅多に人目に触れぬとする。そしてれに砂岸で日光浴をしていた場合ある人に発見されたとする。うした場合には必ず議論が沸騰するに相違ない。すなわち目撃者はその存在を主張するし、懐疑論者はあらゆる理窟を以てこれに反対するであろう。――我々はただ陸上に住む動物しか知らぬ。水から出たり入ったりする動物があり得ようとは信じられぬ。若し現在それを目の前に出してくれるならば考えもしようが――とうのである。われて見ればその水陸両棲動物を現在その眼に見た人でも、再び自由自在にそれを水の中から誘い出して疑惑者の観察に供するという事が出来ぬ限り、強いて自己の所信を主張する事は不可能となる。そして懐疑者は反駁はんぱくを続ける。

 心霊現象というものにも同じ様な場合がある。ただ以上の例なら水際ともうべき処に心霊の方なら高度の振動という一線がかくされるのである。この振動説を根拠として仮定を進めて行くと生物がその振動数を高低する事によって物質界に顕現する境界線を自由に出入し得る事は丁度ちょうど亀が水から岸に上り再び波の内に姿を消すと同様だという結論に達し得る。勿論むろんこの議論は仮定だが既在の実例を根抵とする想像は科学者の先駆者であるから、その中から実際の解釈が生れ出でぬとはれにも明言する事は出来ない。私が今説こうとして居る事は再生問題ではない。勿論むろんの問題に関しても過去七十年間の綿密な研究によってあるうごかすべからざる法則が存する事は肯定されては居るが――私がこれから取扱おうとしている事柄は古代から実例のすくなからぬ不可思議な自然霊の現象についてで、彼等はこの物質時代においてでさえ全く期待せざる処に不意に出現して我々を驚かせる様にさえ見えるのである。

 現代の科学知識は世の中を丁度ちょうど月世界の景色の如く無味乾燥の赤裸せきらにしてしまった。しかこの科学なるものは実は暗闇中の一点の灯火に過ぎないもので、その光の放射には限りがありその圏外の事物には照明の及ばぬもの、其処そこには意外なそして偉大なものの影がだ闇の中に、我々の周囲に出没して看過する事は到底困難なほど不断に我々の注意をうながして居るではないか。

 この両界の境界線上に住む生物については種々異なった説明が与えられて居り、の中のるもの――いなむしろ多くは想像力によって出来て居るかも知れぬが、とにかく其中そのうちには如何なる方面から考えても実際事実だと考え得る出来事が時々見出される事は否めない。そしてこの不可思議とも思える諸現象の中、他岐に渡らぬためこの論文は便宜上妖精(フェアリー)の上に留める。これに閲する物語は古来の伝説中にも沢山あるが、此等これらには触れず、直ちに現代の妖精現象からあるものを摘出しよう。これを読んだ時人は世の中が想像以上に複雑なものである事を感じ、地上面には未知の不可思議なる隣人が居住し居るやも知れざる事実、しかして此等これらの生物は我等の子孫に対し多くの科学的研究材料を提供するに至るべき可能性を認むるべく、特に我々の友誼ゆうぎ心によりあるいは他の方法により事態を容易ならしむる時は此等これらの生物はの境界線を越えて未知の世界から我々の住む物質界に容易たやすあらわれ得るものであるという事実を悟り得る事であろう。

 ず吾人の前に提供された各種の材料の中から、ほとんどいずれの場合にも共通した二つの条件を挙げて見ると、一は小児は大人に比し遥かに屡々しばしばこの生物を見て居る事である。これは小児の方が物に感じ易いという事から起るか、あるいは生物の方で小児を大人ほどはおそれぬという様な事でもあるのかも知れぬ。もう一つの共通点は彼等が主に非常に暑い日の静かな日光中に出現するのが一番多い事である。うなると、疑惑者は「矢張り暑さで頭が変になったのだ!」とうであろう。左様さようかともえるだろうが、同時に左様さようでは無いとも云える。し人間界ののろい振動数を速める事がこの生物を顕現せしめる方法であるとすれば静止的高温度は確かにこの変化に対する最適条件に相違あるまいと考えられる。砂漠に現われる蜃気楼しんきろうは一体何であろうか? 千里の行手はただ荒野、丘も湖水もそして又反影を生じ得べき雲も湿気もあり得ぬ場所に一隊の人々全部が等しくそうした景色を見ると云う事は何を意味しているか? この疑問に対し私は返言に躊躇ちゅうちょせざるを得ない。その理由はこの現象は雲や湿気の多い場所でよく見掛ける逆さや曲った影像とはあきらかに異種のものであるからである。

 小児が大人を全く信用して、少しも遠慮なく話すとしたら意外に多くの小児達がフェアリーというものを見た事があるとうのを発見するに相違ない。現に私の家にも二人の男児と一人の少女が居るが、めいめいたった一度けだが、うした生物を見た事があると云って、判然との場合とその生物の外見とについて物語る事が出来る。二人は庭で見たと云い一人は小児部屋の中で見たと云って居る。友人達に問合せて見た処が、成程小児達の中には見たものが沢山あるらしいが、こんな話をすると信じられぬは未だしもすぐに一笑に附せられるので黙してしまう場合が多い様である。絵本等で見たものとは大分格好が違うといって不思議がって居る小児もあった。『フェアリーは胡蝶か蛾の様に見えるものよ』とレディー・グレンコーナーの描いた小児は話して居る。私の小児達の見た妖精達はそれぞれ大さは違って居るが、服装は在来の思想と大差はなく思われた。これも矢張り本当かとも思われる。

 幼時に妖精を見たという記憶を持つ人は可成多い様であるがて後年これを物質的見地から解釈しようとしても適当な説明が見当らぬという事になる。エス・バーリンググルド師は伝説に関するれの優秀な著書に自らの体験を記して居るが、それは前述の諸点をよく説明して居るものである。彼はう『一八三八年丁度私が四歳の小児であった時、ある暑い夏の日の事私は両親と共にモントペリアを指して小石やゴロ石の多い平原を通ずる長い真直な道を馬車に乗って走った事があった。その石道の路傍にはわずかに少しの香のある薬草が生えて居るのみであった。私は父と一緒に馭車ぎょしゃ台に乗って居たが、ふと気附くと驚いた事には二尺程の小人が大勢馬の周囲に群がって馳けて居る。梶棒かじぼうの上に乗って笑って居るものがあるかと思うと、馬の背に上ろうと馬具をしきりに掻いて居るのもある。叱驚びっくりした私は見たままを父に話した処が、彼は直様馬車を停め、私を抱いて箱の中に居る母の傍に移した。其処そこは日蔭であった。すると漸次に小人群の数が減って遂には全部姿を消してしまった。』

 同じくバーリンググルド氏の記録から挙げる次の例も日射の結果として片附け得るかどうか?

『私の妻が十五歳の時であった。ある日ヨーク州の小路、両側に青垣のある道を歩いて居た時、水蝋いぼた樹の枝の間に座して居る緑色の侏儒こびとを見たのであった。彼は完全に人間の恰好かっこうをしていた、そして彼女を見て居る彼の眼はビーズの感じのする黒色であった。の男の背丈は一尺か一尺五寸位に見えた。変なものを見た彼女は叱驚びっくり仰天、家まで後をも見ずに駆け出したのであった。この出来事のあったのは夏の日だと記憶して居る。』

 少女も十五歳となれば充分よい証人として信用する事が出来る。殊に逃げ出した事やらその姿を判然記憶して居る点等から、実際の経験である事を疑う余地はない。此処ここでも矢張り暑い日という条件が出て来る。

 バーリンダ・グルド氏はこの他にも実例を挙げている。

『或日せがれがコックの調理用のため裏の畑にさやのままの豆を取りに行った事があった。出掛けると間もなく彼は血の気を失った顔色をして家の中に飛び込んで来た。彼の話によると、豆を取っていると列になって並んでいる豆の茎の間に変なものが居る。赤い帽子に緑色の短かい上衣と茶褐色のズボンを穿いた侏儒こびとであったが顔は皺のよった老人であり、黄色の髯を生やしていた、そして真黒な小杏の様な眼が冷たく光っていたと云う。そしての怪物はジッとせがれの方を凝視して動かなかったとの事。驚いて一目散に逃げたのも道理かもしれぬ』

 此処ここでも豆が実った点を考えると矢張り夏だと思われる。そして多分日中の暑い時であった事であろう。その説明も正確であるのみならず、これから挙げ様としている他の例と共通点を持った処等注目にあたいする。

 以上の話とヴイオレット・トウィードル夫人の手近な体験と比較して見様と思うが、夫人の如く現存の人々がうした貴重な経験を発表される事は子孫にとってどれ丈の便宜を与える事か。彼等はうした物語を読む時もう「出鱈目」とか「捏造」とかの疑問も持たずに済むのであるから――すなわ其時そのときにはもう出所の解らぬ口碑伝説によらぬ、著者を記録も明確な材料で研究する事が可能なのである。

 トウィードル夫人は云う――

 丁度ちょうど五年程前の事、フェアリーというものの存在を説明し得る面白い経験を得ました。ある夏の日の午後デヴォンシアィアのラプトン・ハウスに近い小路を独りで散歩した事がありました。一葉も動かぬほど全く風の無い穏かな日で天地は暑い日光に溶かされて寝込んでしまったかの感がある日でありました。ふと気が附くと目の前五六尺も離れた処で野生の菖蒲の長く尖った葉が一本はげしく揺れているのです。ただユラユラと動く処ではなく、可成力強くおれそうになる程曲げられているのです。そして他の葉は全く静止状態なのでした。多分野鼠の悪戯位に考えて足音を殺してそばへよって見ました。処が全く思いがけない小さな緑色の人が居るのです。ほんとにいいものを見ました。身長は五六寸もありましょうか、この小人は葉に抱きついて揺って居るのでした。小さい緑色の足に矢張り緑の長靴を穿いて居ましたが、この足と頭の上に伸ばした両手で葉にからみ附いて居たのです。その愉快そうな小さい顔と頭の上にあった帽子の恰好かっこうをした赤いものは未だよく覚えています。ジツと見て居ると丁度ちょうど一秒間ほど同じ状態を続けていましたが、急に消えてしまいました。此後このあと私は何度となく特別に動く葉、即ち周囲が静かであるのにただ一本事々しく動く葉を見ましたが、何故なぜ動くかを見破り得た事はありませんでした。

 の記事にも緑色の着物と赤い帽子、暑い事と静かな事がバーリング・グルド氏の場合と同じである。このフェアリーの服装については、昔から作家が妖精はこの様な恰好かっこうであると伝えているから両方の場合共その先入の観念が混入したと見ても、菖蒲の葉が曲って居た事に関しては単に幻覚で片附ける事の出来ぬ、比較的客観的な観察を認めずに居られない。故に全体から推してこの出来事は実証的価値を有するものと考える。

 H夫人というある立派な事業に従事している人、私とは手紙の上で交際のある婦人であるが、この人も亦ヴ夫人とよく似た体験をした事がある。彼女の云う所によると、『私はたった一度フェアリーというものを見た事がありますが、場所はウェスト・サセックスの森の中で、九年程前の夏の話です。その侏儒こびとは五六寸位しかありませんでした、木の葉の衣服を着ていました。一番私の心に止った事は眼が空ろな感じを与えた事で、其中そのうちに心というものの姿を見る事は出来ませんでした。彼は広々した場所で長い葉や花の間で遊んで居りました。』

 再び夏という条件が出て居る。この生物の色と大さはヴ夫人の見たのと同様である、そして眼に関する形容は前述パ氏が幼時に見たものと相通じて居る。

 バーンマウスの故ターベー氏は英国に於ける優秀な霊視能力者の一人で、この人の著書「予言の端著」は必読すべきものである。同じバーンマウスのロンスデール氏もまた優れた霊眼の所有者であるが、先年この二人が一緒に妖精群を見た事があるのを、私は後者から聞いた。――

 私は其時そのときブランクサム・パークで彼の家の庭に二人して休んでいた。私達は芝生に面した小亭の中に腰を下していたが両人ともいつもの癖で暫時しばしはジッと沈黙を守ってほとんど身動きもせずに居たのであった。不意に松林に続いた芝生の縁の方で動くものがある。よく見ると数名の茶褐色の服を着た小人が灌木の間から此方こちらを覗って居る。彼等は二三秒間はそうしていた後消えてしまった。更に二三秒の後、一ダース以上の小さい人間共が芝生の上に馳け出した。三尺程の身長、華美な服装に、輝かしい顔、彼等は躍り始めたのであった。

 ターベーも見て居るかと、その顔をチラツと見ながら『見て居るか?』と囁くと、彼は叩頭うなずいて見せた。この妖精連は遊びながらだんだん小亭の方に寄って来る。中で少し勇気のありそうなのが、直ぐ傍のクロケーの門のある処までやって来てそれにつかまり機械体操を始めたが、これには二人共驚かされてしまった。他の妖精中にそれを見物しているのも居た。矢張りダンスを続けているのも居た。勿論むろん踊に型等はないのでただ無茶に嬉戯して跳ね廻るといった調子なのである。

四五分もこんな真似をして居たろうか、其中そのうち芝生の縁で番兵の様に立って居たヂミな褐色服の妖精が合図をしたらしく急に全群森の中へ引上げてしまった。丁度其時そのとき下女が家の中からお茶の用意をして出て来たのであった。

 この時ほどお茶が癪に障った事はかつて無かった。確かに彼等珍客はそのために逃げてしまったのだからである。

 ロースデール氏は附け加えた。『私はニュー・フォレストで屡々しばしば妖精を見た事があるが、の時ほどハッキリと見た事は始めてであった』と。この出来事も夏の日中起ったので、妖精が二種類に区別されて居た事は一般の説明を裏附けるものである。

 ローンデール氏をよく知る自分はその頭脳及人格に対して絶対の信頼を置き得るが故に、同氏の右の体験を立派に実証的のものだと認めるに躊躇ちゅうちょしない。とにかくの場合少なくも大陽熱による眩惑げんわく説は成立しないのである。二人は涼しい屋根の下に居たのであるし、二人共揃って同じ現象を見たのであったからである。同時にこの二人はトウィーデル夫人の如く霊的能力においては普通以上であったから、若しこの場合下女がもう少し早くこの場に来合せたとしてもあるいこの妖精連を見なかったかも知れぬが、それには少しも不思議はないのである。(未完)


コナン・ドイル卿の妖精観     粕川章子

底本: 雑誌 「心霊と人生」   第8巻第10号10月号

発行: 心霊科学研究会 1931(昭和6)年10月1日

 

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入力: いさお


雑誌「心霊と人生」より

 

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