妙山さん

粕川 章子

 

   妙山龍神とは、東京、大阪、名古屋の心霊協会員は勿論むろん、日本国中はう迄もなく、海外でも本誌の愛読者ならば、誰にも馴染なじみの深い、四日市の中西りか子女史の守護神である事は、今要いまさらここに説明するまでもあるまい。しかし龍神と呼ぶにはあまりにその性格、この仕事に親しみを感じている上は、私は彼女をあるスピリットとしてよりも、むしろよき働き人として見たい。

 何年目のレコードとかいう零度下五度の酷寒を示した一月十一日、久し振りで妙山さんと話して見たさに、市ヶ谷のほりの水をも凍らす寒風を突破してブルブル震えながら、岡田家の門を潜ったのが午後一時を廻った頃であった。

 心霊熱は寒さに負けぬにしても、生身はコタえることあってか、この午後は珍らしく来会者が少なく待合室も閑散で、 周章者しゅうしょうものの自分は日を間違えたのか? とさえ思ったほどであった。しかしおかげで小一時間というもの、いつも多忙な妙山さんと物語る事の出来たのはとんだ儲け物であった。全く中西夫人の上京中は三日間であろうが、四日間であろうが、女史はいつも来会者との応答で寸暇なき状態、なかなか彼女を漫然と話相手にする等の贅沢は出来ないのだ。

 私は女史の前に座った。傍には岡田老、長崎氏、尾道氏等という東京心霊協会の一騎当千の面々が控えて居られるからすこぶる心強い。私が悲鳴をあげれば、必ず助太刀を期待出来るとの決心の下に、私は口を開いた。

 何にしても久し振りの対面なので、人間同志の様に一通りの挨拶がすんだ後、私はいろいろと要求を持出した。

『妙山さん、このごろ私は霊界通信を心霊の雑誌に書いていますが、話が皆な外国の事なので物足らないのです。貴方には皆がお親しくして居る事、一つ日常の御様子を発表して見たいと思いますが、何かお話し下さいませんか?』

 妙山さんは『はてな』という顔をして居られたので、私は重ねてむつかしい事をうかがうのではなく、ただ座談でよい事を申し上げ、『それならば』という事になった。

『私は籍が龍宮にあるので、毎夜一時から二時の間は、その方へ出向くので代人(中西夫人)を離れます。』

 妙山さんがう口を切られた時、私は成程と思い当った事があった。それは丁度一昨年の暮、四日市の宿で中西夫人と同室に寝た時、丁度真夜中の二時頃、夫人が蚤が喰って寝られぬ。私は妙山さんのおかげで痒い事を知らないのでこんな思いをした事はない。今夜妙山さんは何処どこへいってしまわれたのだろうかと怪しんでいられた事であった。今思うとその夜は心霊実験で宵張よいっぱりをしたため寝るのが遅かった。それで蚤騒動の前途を見届ける暇なく、妙山さんは龍宮へ出向かれてしまわれたのであろう。永くこんな事を考えてる間に妙山さんは話を続けて、『龍宮へ行きますとな、それは種々なものが集って来て、教えてくれという――つまり私の様な働きをしようというのです。龍宮に籍があってもまだ行けないものも沢山あります。』

『失礼ですが、あなたは今どういうお姿で居られますか?』

『私は今人の姿をして居ます。龍体はとうに棄てました。といつてこれも勝手には出来ないのです。実は私はあと一年も修業すれば今迄の世界を離れて、一段と上の世界、すなわち神ながらの道に入れるのですからね……そうすれば、今見えない処も立派に見える様になれます。』

『人の姿といわれると、お召物等は?』

『白い着物です。白といっても、未だ下の方には少し色がついています。これが真白になった時は神の道に入れるのです。』

『おぐしはどんなにして居られますか?』

『結ぶ事は許されないので、下にさげています。』

『お年配は幾歳位にお見えになりますか?』

 私があんまり無遠慮な質問をするので流石の龍神さんも僻易へきえきされたか、

『それは浅野先生の奥さんに見ていただいた方がよいでしょう、オホホホホホ。』と笑ってしまわれた。

『龍宮という観念はどうも我々にはばくとして掴みにくい。一体何処どこにあるんですか?』

 一座中の一人から、ういう質問が出た時、一寸ちょっと眉をひそめた。

何処どこというて――。』と一寸ちょっと説明に当惑されたも道理、実行家の妙山さんには龍宮は幽界の何処どこに在るか? 等の学術的研究は問題ではないので、私達には煙の様な龍宮界も彼女には儼然げんぜんたる実在! ただそれけでよいのである。

 これからしばらく龍だとか蛇だとかの話が出て、『蛇は寸にして気を吐く』という古語通り、小指程の生れ立ての小蛇でも偉大な働きの出来るものがあるかと思えば、松の大木の様な尨大なものにも無能者があるとの事、狐や狸の様な動物だって、霊力のあるもの、無いもの、種々ではありませんかとは妙山さんの話であった。

『あなたは定めしお小さい時から、お偉かったでしょうな。』岡田老は流石さすが如才にょさいがない。妙山さんは勿論むろん頷いて居られた。そしてこんな述懐をされた。

『もうながいながい前の事ですがな――私が江州のある池の中に居た時、矢張り其処そこに住んでいた悪い龍神が人をとったのです。そのため里の人が怒って、それはそれは沢山のたばこのヤニを池の中へ投げ込みました。そのとき私の師匠……男性の龍神さんはその毒で片眼をつぶしましたが、私が身代りに立って逃しました。勿論むろん悪い龍神も死にました。私の体はその池一ぱいになりましたよ……。』

 これは彼女が肉体を棄てた当時の物語りで、師匠というのは彼女の夫だったのである。この龍神はその多度山龍神の客分として同山に留まって居たが、先年浅野さんを見送って欧州に渡り、しばらく彼地で修業をした後、昨年十一月遂にシベリアの野にその肉体を棄てたという勇士である。凍えて死んだのではない、解脱をすべき時期が到来したので、その時は小指程の小蛇となったという話。龍神は形体を自由自在に変化する事が出来るとは、妙山さんのプライドの一つであるのだ。

 夫のために死を求めた貞女妙山龍神はそのも酒を好むその龍神の身を気遣って常にその身辺を守護するために長の年月を費し、艱難かんなん辛苦しんくめたと云われた。彼女はそのあいだに善行を積んでより高き世界へ進もうという大望のためにあらゆる精進と努力を惜しまなかったのである。中西夫人を霊媒とし、人間社会に直接交渉を始めてから既に十年、この間に重ねた種々な功績は彼女の身に備わる徳となって、今日見る妙山さんが出現したのである。

 いくら目前に勢よく座って居られても死に関した述懐は寒さにふるえてる一座を一層氷化するおそれがあるので、私は話題を転じた。

『処で妙山さん、あなたはよく遠方を観察なさいますが、あれは此処ここからズーッとその場所を見透すといった工合ぐあいになさのでしょう?』

『ええ、矢張り景色を引張り寄せるのでしょうかね。見様みようと思うと見えるんですから――。』

 しかし実の処、この問答はこんなに簡単には片附かなかったので、妙山さんは遠隔地を霊視する事は人間に話しても解らぬと考えられたため、初めはその場所に行くのだと主張されるので話がすこぶるこんぐらかってしまった。私達の様に心霊をひねり廻している者は、もう既に半ばは墓の向うに住んで居る有様、なまじ人間扱いにされるより、亡者扱いにされた方が話が早い事を此処ここで明言して置く。

 妙山さんに遠隔診断を請う時病人の居所は何市何町の何番地、何某とうてきくが、いつでも本人の前へ出れば、そのひとだという事が判然とお解りになるかをうかがって見る。

わからんで困る事もありますよ。同じ番地に何軒と家のある場合等はことに探しにくい。いつだったか、下駄屋というので、その商売を目標にしたため、わきの下駄屋の人をおとなうて来て大間違をやりましたよ、なあ岡田さん……。』彼女はアハハハハと笑って居られた。

 霊視とか透視とかの話が出たついでに、妙山さんは失物や逃走人の詮鑿せんさくは大嫌いだと白状される。

 たのまれればいやともえずにやるけれども、かえっその結果のために折角一段上った位が逆戻りに元に下ってしまう事もあるので――とは妙山さんの不満であった。私はこれまで毎々失物事件で妙山さんを苦しめて居るので、この後は気を附けて嫌われぬようにする決心をした。

 仮の姿かも知れぬが女人の形を持たれる以上、居られる場所というものもあろうか。馬鹿らしい質問も話の端緒いとぐちには必要なのだ。

『あなたは毎日何処どこにおいでになるのですか?』

『この代人の家に居らぬ時は多度山に居る事もありますし、何にしても用事が多くて忙しい。あちこちと飛び廻って居ります。霊代たましろを出してある人の処は見舞わねばならず……。』

 神社仏閣から下げ渡される守札が妙山龍神の霊代の如く、絶えざる注意を霊側から払われて居るものであったら、世の中の悪事災難は余程減るに相違ない。

 それから話は妙山龍神の得意とする病気治療の上に移って行った。種々の会話を交したが、煎じ詰めると、彼女はず患者の守護霊あるいは憑霊を観察して、治療すべきかいなやを定められるらしい。

『霊の中には性が合わんものもあるので、そういう人は私にはどうも出来ません。長崎さんを御守護の龍神さんと私は気がよく合うので、あんまり二人して働き過ぎて失敗する位です。』

 成程ただの一度で長年の難病が軽快する人もあり、何度通っても効の少ない人もある。しかし何回か会ううちには、霊同志だとて自然馴染みも出来、協力も仕易しやすくなる訳だから、れしも心配するには及ばぬ。

 妙山さんの希望する処は病人の中でも最も霊的原因の顕著な精神病患者を救う事で、これは物理的療法の援助によってより大なる効果を生ずる旨を述べて居られた。

 心霊療法の価値が今一層認められ、社会から霊的病因が片端から除かれる日は何時来るだろう。

 妙山龍神が患者の守護霊を指導するのか、それとも協力するのか、とにかく内面的にうした手段をもとられて居る事は『汝の信よく汝の病を癒す』をよく説明するものだ。守護霊さんを友人扱いにして居る図々ずうずうしい私なんかは、お腹が痛いとすぐに『早く治して下さい!』とその注意を喚起する。気のせいかもしれぬが自分の精神で病気に打克うちかとうとりきみ返るよりは、此方こちらが確かに手取り早い様だ。

 妙山さんとの雑話は未だ種々あったがお叱りをこうむらぬようにの位でやめて置こう。この日は幸いに彼女をそれ以上に濫用らんようし得る機会を与えられたので、私は自分の守護霊を久し振りで彼女に会わせる事にした。

 の時私は妙山龍神と二人限りであった。彼女が『このごろ御守護神さんは如何いかがですか?』と尋ねられたので、れ幸いと『それでは出しますから逢って下さい』とばかりに座ってしまった。

 とにかく守護神がかかって来る事丈は信じて居る私は、瞑目して呼ぶと、前に座って居られる妙山さんが、『あら来られました。』と云われる。

 それから霊同志の挨拶、叱られるかもしれないが、相変らず馬鹿らしい様な気がして耳を澄して居ると、妙山さんが姉さん気取りで、私の守護神にシッカリ心霊の事を私に聞かしてくれ、手下の者など四日市へ訪問さして其処そこの模様等も報告せぬか等の御注文があった後。『どうも私には英語が解らぬので、外国の模様を見る時に困る』等の御述懐があった。其時そのとき私の口は如才なく動いて『御修行が積み、御位が上れば自然言語を超越した立場から此等これらの御不自由は除かれよう。』と返事へんじをして居た。

 其中そのうちこの霊を中西さんの躯にけて見たいという私の希望が通じて、妙山さんは私にかかっている霊に『眼の処へよって下さい』と注文される。

 何だか、気のせいか、眼の廻りがクルクルとした感じがあると、鼻の先でウーンとうなり声がする。『もう移ったか?』と思った途端、私の眼が自然にいた。

 眼の前で中西女史は慣れぬ霊に司配しはいされて、少しく窮屈らしい。それでも以前と比べてすこぶる上出来と見えた。

『他のからだうして一寸ちょっと移るのも面白いのう。』中西さんのからだを拝借する事もこれで再三回にもなろうか。

 それから二三の談話を交して後、自分がこの頃ある人の守護霊と称するものを二三回自体に招霊した事があるので、その真偽を訊ねた処、事実であるが、確めたければ其処そこへ呼ぼうという。段々事が面倒になり、よしない質問を出したものと困って居ると、霊の方から訳はない事お前が其処そこで鎮魂すれば、の婦人(中西夫人)のからだかるからという。妙山龍神ヌキでそんな芸当は出来まいと思いながら今更あとへも退かれず、ままよとばかり、端座したまま両の食指を揃えて型の如くエエッとやって見る。

 不思議不思議、中西夫人の非凡な霊媒力によってか、あるいは多少とも自分の意力の働く処があったか、夫人に現われた人格は一変して、態度、口音までが別人となったので、私はいささか空恐ろしい感がなくもなかったのである。

 この霊が去った時、夫人は覚醒されてしまったが、後から妙山さんにこの時の事を質問して見た処、『それはあなたの守護神の働きで、私は不在るすしていましたから知りませんよ。代人の守護はしていますが、ただそれ丈であとの事は他の人のやった事』とわれていた。私はこの一事で中西夫人が霊媒としての自由自在の能力を今更ながら新たに感ぜざるを得ないのであった。

 最後に一言附け加えたい事は、霊の働きには疲労というものは無いものと見えうした不断の奮闘ふんとうをされつつある妙山龍神は働けば働くほど気分がよくなるとわれた。中西女史の元気もまた驚くべきもので、四日市から夜を徹して上京されるのに、翌日深夜に至るまでの応接に、いささかも、御疲労の色が無い。かつて中尾教授に『お疲れになりませぬか?』とうかがった時にも『イヤ少しも……。仕事をする程気持ちはよいですな』との御返言があった。そう云えば平常は三十分も睡眠が不足すると頭が重くなる自分が、二三年前関西へ心霊旅行をした時には三晩というものほとんど徹夜をしたにも拘らず、元気に格別の変りがなかった事も思い出される。かれこれ思いめぐらすと人間の能率を増進するためには未だ研究を要すべき重大方面が残されて居るのではないかと考えられて来る。


底本: 雑誌 「心霊と人生」   第8巻第4号

発行: 心霊科学研究会 1931(昭和6)年4月1日

 

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入力: いさお


雑誌「心霊と人生」より

 

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